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林檎酒の貯蔵庫は、林檎園からほど近い場所にあった。
ひんやりとしていて、この時期の外の気温からだとさほど温もりを感じる事はできない。
「随分大きな造りだな。今まで正式に視察した事がなかったから驚いた」
「我が国の酒蔵の中でも指折りの規模です。特に我が領の貯蔵庫は建国とほぼ同時期に設計されたとされる古くからの趣がございます」
「それほどの歴史を持つ施設か。それならば、もっと早くに視察したかったな」
人一人は入れそうな樽が棚の上に積まれずらりと列をなすところの合間を縫っていく。
これでは視野が悪く見通しが悪い。
万が一、という事もここでは起きることもないだろうがそれでも油断ならないとリアンを一歩下がらせた。
「…できるだけ、私が先行いたしますのでご無礼かとは思いますが」
「気にするな、お前も先頭の方が見やすいだろう。頼んだぞ」
怪文書が届いたばかりで、リアン本人に身の危険がないとも言い切れない。それがギルヴェールにとって最も心配する問題だった。
もし、リアンが正しく真実を掴むことができなければ。
怪文書をわざわざ王子の寝室の枕に仕込ませる程の行動力だ。激高して、リアンに手を出す可能性だってあるかもしれない。
そこまでは、本人は飛躍しすぎだと言ったが今この国にとって失ってはいけない人物だ。余計すぎるくらいがちょうどいい。
「ここで、果汁を精製し酒として育っていくのです。今年のものはつい先日、世に出回ったばかりで」
「その事は耳にしている。なんでも今年はかなりの上物ができたらしいな」
「ええ、光栄な事に多くの方からそう評価していただいております。農民達も寒さの中、働いたかいがあったと喜んでいました」
「…ここに置かれているのは、今年のだけではないだろう?」
まさか、この大きな倉庫全てが今年の酒という事はないだろう。
そう思って問いかければ、そのとおりで農園の主は少し緊張しながらも答えた。
「そ、その通りでございます。今までの農園経営者達がコツコツと精魂込めて作り上げた秘蔵の酒が、代々この蔵に眠っております」
「王族がお生まれになられた年の果実酒は、こちらの農園から献上されているのですよ、殿下」
「えぇ、ええ。大変、名誉な事でございます。王子殿下がお生まれになられた年の林檎は、特に良い物が多くて…」
そのまま、しばし蔵に置かれている酒の談義に入った事を確認しギルヴェールは周囲に視線を回した。捜査をするなら、今が最も良い機会だろう。
周囲を警戒するように見せかけて、リアンの傍を離れる。
とは言っても、見通しのよくない酒蔵の中だ。少し離れただけで、蔵全体を見渡す事は出来ないし、かといって動きすぎてしまっては不自然だ。
(…?あれは…)
そこで、一つギルヴェールに気にかかる事があった。
酒蔵から、もっとも死角になりやすい奥の棚の隅に大きな樽が三つ立てて置かれていた。
棚に入りきらなかっただけかもしれないが、これだけの大きな施設でその可能性は低い。しかも、よく見てみれば樽の下には布が敷かれている事がわかる。
どう見ても不自然なそれに、好奇心が疼いて今すぐ確かめたくなってしまうがぐっとこらえる。
ひとまず、収穫はあった。
その事を知らせるため、ギルヴェールは今もまだ伯爵と話し込む主君の元へ足を向けた。




