29 密告書と猫
伯爵家のもてなしはそれは豪勢な物だった。
確かに、王族を招いている限り多少の豪華さを求められるがリアン本人が質素そのものを好むため、あまり大げさな歓迎を受ける事は少ない。
それを踏まえながらも、出てくる夕食の品々の美しさ、優美さ、そして味はいささか豪華『すぎる』と言えた。
食事だけではない。食卓に飾られている花はこの地域では滅多に咲かない花で手間をかけて飾り付けがされていた。
リアンもどこか思うところがあったのかもしれない。
しかし、その場ではあえて何も言わず気づかぬふりをして盛大な歓迎を受け食事を済ませた。
あてられた客室の扉をパタンと閉めた途端、リアンがソファへ勢いよく腰を下ろした。
彼女にしては珍しく無作法に横になりかけている。
「…あそこまで気を遣う晩餐は舞踏会以外に久々だぞ」
「お疲れ様でした。本日はもうおやすみになられますか」
「…ああ、そうする。お前はもう下がっていい」
「…お一人でよろしいのですか」
そう言うとリアンはむっと不機嫌な顔をした。
「マリアがいなくとも、自分の事くらい出来る」
そう、今回はマリアの同行がないのだ。
王子専属の侍女とはいえ、今回マリアには侍女長からの別件がある。リアンはそちらの方を優先するようにと、マリアを城においてきたのだ。
「失礼いたしました。なにか御用があればお呼び下さい」
「ああ、わかった」
そう言ってギルヴェールが後ろを晒した時、背後からしゅるりとリボンを引き抜く音が聞こえ不覚にも、どきりと一度心臓が脈打った。
それは着替えるのは当然なのだが、できれば退出したあとにして欲しかった。
心臓が跳ねたのは、その事に対して驚いただけだと自分に言い聞かせ再度退室しようとしたギルヴェールは、またも引き止められる。
「……これは…」
「いかがなさいましたか」
「ギルヴェール、これを見てくれ」
振り返ると、髪を束ねたリボンを解き肩まで髪を下ろしていたリアンがいて、再びギルヴェールの心臓が僅かに跳ねた。
そんな事を表情のひとかけらも動かさずやりすごし、リアンの手元へ視線を向ける。
それは真っ白な封筒だった。
「それは…」
「枕から少しはみ出ていた。宛名はない」
リアンの手からそれを受け取り、中を改める。
出てきたのは、真っ白の小さな紙。
紙には、真っ黒なインクでこう書かれていた。
〈眠る林檎の下には 嘘がある
嘘を暴けは 民は救われ あなたが去れば 民の命も去っていく
若き君主よ どうかその手に真実を〉
「これは…」
「一見すると怪文書ですが…」
「いや、おそらくこれは密告書か。林檎はこの領地の名産だ、この領地には何か秘密がある」
リアンは、疲れなど晴れたというように怪文書、もとい密告書を見つめる。
彼女にしては性急な判断に、驚いた。
「ギルヴェール、出るぞ」
「お待ちください殿下。今からその真偽を確かめるおつもりですか」
「ああ。早くしなければ。ここにはさほど長くはいられない」
「今夜は待ちましょう。さすがに判断するのが早すぎる」
「しかし、それでは…」
熱のこもったリアンの発言に、止めをかける。
なお焦れたようにするリアンも、ギルヴェールの顔を見て冷静さを少しずつ取り戻していった。
そして、言葉にこもった熱をため息で発散させる。
「そうだな。今ここで感づかれてはこのあとの調査がしようにもできなくなってくる。村の視察は明日だし、まだなにもわからない」
そう言うと、自然に苦笑が漏れた。
彼女なりに、恥ずべき事だったと反省しているらしい。
「すまない、ギルヴェール。先走りすぎた。もっと冷静にいなければいけないのに」
「民の大事となれば、真っ先に行動できるのは殿下の美徳です。それだけはどうか恥じる事をしないでください」
「美徳、ね。そう言ってもらえると嬉しいよ」
ひとまず今日のところは休む、そう言ってリアンはギルヴェールに背を向けた。
ギルヴェールも退室し、明日からの事を考える事にした。
そうする事で、一度だけ早くなった心拍数を忘れようとした。




