02
改めて城下町の広場へ向かうと、明らかに人が増えている。
演説を聞き終わった人々が祭りを楽しもうと出店が集中している広場へ移ってきたのだろう。
人の間を縫うように歩きながらも警戒を怠らず時々後輩達が声をかけてくる事もあったが適当に答えながらギルヴェールは徐々に広場から酒場等が多い通りに移動していった。
こういった祭り事には酒乱騒ぎはつきものだ。まだ陽は高いとはいえ、既に酒場で一杯やっているというのも少なくはないだろう。
スリが多い広場には警備が集中しているが実は騒ぎが起きやすい裏通りは警備が手薄になりがちだ。
新人の頃に教えられて以来、ギルヴェールは巡回の時必ず裏通りを回る事にしている。
しかし、やはりというべきかお祭りムードは街中に広がっているのでいつもは穏やかな住宅地や酒場通りでも子供達の笑い声が響く。
道の隅で少女達がおままごとをして笑い合い、その脇をおそらく鬼ごっこでもしているのだろう、少年達が駆け抜けていった。
「あ、ギル兄ちゃんだ!」
道行く子供達は此処を通る騎士は大抵がギルヴェールだと覚えているので、ギルヴェールを発見するなり仲間を呼んで群がってくる。
子供は嫌いではないのである程度相手をしながら巡回を進め、さあそろそろ帰るか、と城へと足を向けた。
そろそろ裏通りを抜けるだろうという時、ギルヴェールの耳に何やら不穏な物音が届く。
人の怒鳴り声がわずかに耳を掠めた。
何かもめているのか、と確認ついでにそちらに進路変更をする。
昼間でも薄暗い路地を進むと少しづつ音が大きくなっていった。
どうやら男女が言い争いをしているらしい。
痴情のもつれかとギルヴェールは物陰でしばし見守る事にした。
「…から、やめてください!」
「貴族様がこんな所うろついているのが悪いんだろうが」
「そんなのどこへ行こうが自由じゃないですか!」
「あーあー、うるせーな。いいから早く金目のもんだせよ」
「持ってるわけないじゃない!」
どうやら酔った男が女に絡んでいるらしい。しかも女の方は貴族か。
こういった祭りに貴族の子息令嬢が興味を出して遊びに出てくる事はたまにある。
しかし、そういった場合は大抵お供の人間がいるし、あまり庶民の生活の場にはやってこないのだがごく稀にこういったお転婆貴族もいるのだ。
しょうがないとそっと物陰から滑り出て気配を殺しながら背を向けている男へ向かう。
「早くださねーと痛い目みるぞ!」
「…何をしている」
ふと響いた低い声に男は大層驚いたらしい。飛び上がらんばかりに肩を跳ねてゆっくりと後ろを向いた。
後ろを見れば長身の男。しかも騎士の鎧を纏っているのだから男は今まで真っ赤だった顔を真っ青に変えそのまま何も言わず路地から走り去っていった。
はあ…とつい、ついため息を漏らす。
騎士に見つかって即座に逃げるくらいなら最初からやらなければ良かったのにと感じながら男で見えなかった女の存在を確認する。
上質な布で作られたワンピースとこれまたひと目で高級品だとわかる革靴。手に持つ大きなつば帽子は控えめに装飾されていて上品に見える。
なるほど、金持ちのお嬢様が好奇心を刺激され裏通りに来たところ先ほどの酔っ払いに絡まれたという事か。
しかもお付きの人間もあたりには見当たらない。大方、好奇心に押されてまいてきたのだろうか。
「大丈夫ですか」
いつまでも縮こまって帽子を盾にしている少女に声をかける。
先ほどの男とは打って変わって穏やかなギルヴェールの声に安心したのか僅かに顔上げた。
さらりと流れたのは光を凝縮させたような見事な金髪、それに相対して瞳はグレーで…
「あっ…」
「…あなたは…」
髪をおろし、少女の装いをしていた事で気づかなかった。
まさか、と思いつつ無駄に記憶力のいい脳が即座にある人物をはじき出した。
「…リアン…王子、ですか…?」
「っ!!」
この時ギルヴェールは己の記憶力の良さを恨み、そしてリアンは数年ぶりに思考が真っ白になるという事を体験した。