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「この度は我が領地への支援物資、感謝いたします殿下」
「自国の民を思うのは当然の事だ。一人でも多くの領民に行き渡るように手配してくれ」
「かしこまりました」
ゴルワード伯爵は、恰幅のいい身体をゆさりと揺らしリアン達一行を迎えた。
シルヴァーレ自体は南部地域に存在するため、国全体の気候は一年を通して穏やかだがそれでも厳しい冬はある。特にシルヴァーレ北部に位置するこの領は、農作物よりも大国との貿易の方が盛んだ。
「大国側からの貿易になにか変化はあるか」
「やはり、これからの冬に向けて全体の物価が高騰しております。あちらもわずかではありますが、不作の影響を受けている事もありこちらの品とほぼ同等でありますが…」
「シルヴァーレの今回の不作の打撃は大きすぎる。大国の思惑もあるだろうが、出す物は出してもらわなければな」
「承知致しました」
真面目そうな男だ、と感じた。
仕事に対する姿勢は誠実で、大国の事情も把握している。ゴルワード領の初代領主は元商人だったと聞いたが、その血筋はしっかりと受け継がれている。
だが、何か一つ、ギルヴェールの心を微かに揺らしている。
何かを見逃している。見逃してはならない。
ギルヴェールは、自分のこういう野性的な動物的本能を頼る場面が多々ある。
仕事上、場合によっては考える前に剣を抜かなければいけない時が来る。そういう時に、考える前に身体が動くというのは頼りになるものだ。
「失礼いたします、殿下。お飲み物をお持ちいたしました」
「すまないな、夫人―ああ、カップはそのままでいい」
ある程度、商談やら近況やらに一区切りついた時ゴルワード伯爵の妻が銀のトレーを持って入室してきた。
色白でほっそりとした儚い女性は、ゴルワード伯爵の妻アイリス夫人。
アイリス夫人は紅茶を注ごうとした手を止め、そのまま穏やかな笑みを浮かべて主人の脇にそっと立った。
先日の毒カップ事件以来、ギルヴェールが直接毒見を担当するようになった。
毒見用の小瓶を取り出し、琥珀色の液体で満たす。それを一気に飲み干して、危険がない事を確認しカップを拭いて、注ぐ。ここ数日でギルヴェールに追加された業務だ。
「夫人の方は変わり無いか。顔色が悪いようだが」
「お陰様で、変わりなく過ごせております殿下。体調の方も、子供達のやんちゃ相手をして疲労があるだけが困りものです」
「そう、か。子供は元気だな。今いくつになる」
「長男が今年で14になります。二番目が10、娘が来月で3歳になります。毎日毎日、元気に屋敷中を駆け回っていますよ。もしかしたら殿下にご迷惑をお掛けするかもしれません」
家族の話をする伯爵と婦人はごく普通の夫婦に見える。子供達が可愛いのだろう、伯爵はしばらく子供の話を続けた。
リアンも気分を害した風もなく、ただ間に一言二言挟んでは、嬉しそうに頷くだけだ。
なにも異変等ない。ましてや違和感等―
2017 4/17 婦人→夫人に訂正しました。




