27
フェレスが滞在中、なにかと横槍を入れてくるのではと警戒していたギルヴェールだが予想に反してフェレスは、連れてきた使用人達と部屋にこもっているか出かけているかのどちらかでリアンはいつも通りの日々を過ごす事ができた。
事が起きたのは、フェレス来城から三日後の夕方だった。
そろそろ仕事も切り上げて食事の時間の前に、一息入れる時間だった。
最近ではもっぱらリアンの休憩の一杯を入れる役割が板についてきたギルヴェールが、その日も部屋に備え付けてある王子専用のティーカップを手にとった時だった。
「これは…」
空のカップから匂う、僅かな甘い香り。
鼻につく甘ったるい香りにギルヴェールは顔をしかめた。
「どうかしたのか」
「いえ…」
ギルヴェールは茶葉を入れずにそのままカップにお湯を注いだ。
よく注意して水面を見れば、かすかにだが確かに透明な筋が浮かびあがってきた。
「見せてみろ」
「ですが」
「いい、なにがあったかは察しがついている」
そう言われれば見せないわけにもいかない。
ギルヴェールは静かにカップをリアンに渡した。
リアンもカップの筋に気づいたのか、そっと顔をしかめた。
「いつの間に…」
「私がついていながら…申し訳ございません」
「いや、いい。むしろ気づいてくれて助かった。ルドルフを呼んでくれ」
「はい」
ほどなくして、ルドルフがいつもの表情は崩さぬままそれでも早足になって現れた。
リアンから事の顛末を聞いたルドルフは顔を引き締め、この件はこちらで、と言って件の物を持って行ってしまった。
「この件は宰相にお任せしてよろしいのでしょうか」
「いい、というかルドルフ以外には頼める相手もいない。コンスタンスも手は貸してくれるだろうが、まあ犯人はもはやわかっているに等しいからな」
つまり、犯人はフェレスだという事か。
リアンは特に取り乱した雰囲気もなく、冷静に対処している。
もはや慣れきってしまっているのだろう、このような形で命を狙われる事に。
「随分、大胆な事をなさるのですね」
「むしろ、私の生活の間近にいるんだ。これ以上のない機会だろう」
その会話を最後にこの話題がその日上がってくる事はなかった。
その後、カップに塗られていたのはやはり毒だという事がわかった。
実行犯はついに見つからなかった。というか、リアンが毒である事の報告を受けて、捜査を打ち切りにしたのだ。
使われていたのは、城下でも売られている普段は薬として使われていた物だし即座に死に至る猛毒でもなかった。
誰かに言われて実行に移しただけだろう、というのがリアンとルドルフの共通の見解だった。
ギルヴェールはそれに従ったが、胸に納得しない気持ちは残っていた。
それを追求する暇もなく、リアンの次の視察ゴルワード領の視察が迫っていた。
いつも通り、留守をルドルフに任せ出発した。
ゴルワード領はシルヴァーレの北部の大半を治めている大きな領地だ。
大国との国境がすぐそこにあるため、貿易の街もある。貴族の別荘も多く建てられている事もあり財政はそれなりに潤っているが、それでも今年の不作の荒波を直で受けているため貧しい民はひもじい生活を強いられている。
今回は、平民達への支援物資として多くの食料等を一緒に運ぶ事となり、警護もいつもより厳戒態勢となった。




