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「いやはや、王子の近衛騎士に案内してもらえるとは、中々ない機会だな」
食堂を出た瞬間、フェレスの口からでできた言葉は僅かな棘を含んでいた。
庭での事を気にしているのだろう。少しでも自分を優位にたたせようとしている事が丸わかりだった。
夜が更け、窓辺から月光が廊下を青白く照らした。
灯りがほぼ落とされている廊下はただ、足音だけが響くだけだ。
「聞くところによると、お前は騎士団長の息子なのだな」
「…ええ。ご存知でしたか」
「フンッ。コンスタンス家は、初期の我が国では貴族同列の力を有していた。知っているに決まっているだろう」
それもそうか、と首をすくめそれには答えずギルヴェールは前を向いた。
ギルヴェールが会話を少なくしようと心ばかりの拒否を試していても、この男には一切通じないらしい。
「あれほど長い期間、近衛騎士を持たなかった王子が急に、どういった風の吹き回しだ?」
「…さあ。殿下の御意向は、私でも掬いかねますから」
本当は、話せないだけなのだとは決して言おうとはしなかった。表情に動揺をだすまでもない。
しかし、そのギルヴェールの一言に何を勘違いしたのか、フェレスはさらに言葉を重ねてきた。
「本当に王子は思慮深い。聡明すぎて、私には到底理解できない点がいくつかある。子供は、持てる知識を使い切る事しか脳がないのだから、逆に羨ましいな」
「……はあ」
「一般市民を政治へ参加などと。奇抜すぎて私は声も出なかったよ。まったく―バカバカしい」
笑いで隠せると思ったのだろうか。
しかし、最後の一言はしっかりとギルヴェールの耳にも届いていた。
「…フェレス様、今夜は随分飲まれておりますしお早めにご就寝なされた方がよろしいですよ」
「はっはは、おい貴様。ギルヴェール、とか言ったか」
「はい?」
突然止まった足音に後ろを振り向く。
気が付けば、既にそこは中庭に接する回廊だった。月明かりが照らす柱が濃く、影を作る。
黒と青。それがやけに目についた。
さあっと風が通り、フェレスの金髪が遊ばれた。
「…どんな手を使った?」
「………と、いいますと」
「あの王子の近衛騎士になるために一体どんな手を使ったのだ、と聞いたのだ。今まで、何度老害に言われようとも断固として首を縦に振らなかった奴が突然、なんの前触れもなく。評議会では様々な推論が流れている」
なるほど、と一人ごちる。
老害とは、つまりルドルフの事だろう。評議会はリアンの肩を持つ絶対的な壁のルドルフをひどく警戒をしている。
(この男は…哀れだ)
きっと、自分が評議会のいい駒となっている事も気がつかないのだろう。
あまりにも哀れで滑稽だ。
「取引をしないか」
「…」
「王子に取り入る程の野心があるのか。はたまた別の思いがあるのかは知らないが、私の下にくれば今以上の地位も近衛騎士としての最高名誉もくれてやる」
「…何を」
「権力とは、正しき血筋の者が持つ物だ。あんな子供にへりくだるより、お前もよっぽどいいだろう」
(…何を言っているんだこいつは)
ギルヴェールはいっそのこと、哀れみを通り越して呆れとなった。
自分が野心のためにリアンに取り入って近衛騎士になったと思っているのか。しかもその主を裏切れとまで。
もはや、怒りも湧かない。
(俺が、殿下を彼女を裏切るわけがないのに)
それが誓いであり、契約だ。
「フェレス様」
「どうだ、私の提案に―」
「もう夜も更けております。私は通常の業務がありますのでここで失礼させていただきます、暗闇には何卒お気をつけて」
「なっ!?貴様っ!」
そのまま、フェレスの脇を通り抜けギルヴェールはリアンの待つ執務室へ向かった。
すれ違う時、ギルヴェールの表情をみたフェレスがどんな表情していたかも知らずに。
「随分、遅かったな。なにかあったか?」
「いえ、少し道に迷いまして」
「……?何を不思議なことを言っているんだ」
クスリと笑みを漏らしたリアンに釣られてこっそり笑いを漏らす。
自分が守りたいのはこの笑顔こそ。それ以外に守るものなど必要ない。




