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お待たせしました
その後、リアンは一度普段の仕事に戻るという名目でフェレスの傍を離れた。もちろん終わらせなければいけない仕事は昨日に大方終わらせているため、要はお互いの休戦時間という事だ。
その束の間の休息の間に、リアンはギルヴェールにフェレスの事をおおよそ伝えた。
フェレスの父ネルファ・ヴィレット公爵は、前王の兄にあたる。他の国では大抵、先に生まれた者が王位を継ぐ事が常で下の者が上に立つには血なまぐさい争いが必ず起きるものだ。しかし、何故この国では兄であるヴィレット公爵を差し置いて、弟である前王シルヴァレスが王位を継いだのか。
それは単純に、ヴィレット公爵の身体が生まれつき病弱であったからだ。
弟に負けず劣らずの才をもってしても、剣の腕や王としてのしかかる心労にこの身体がついていけるはずもない、と彼自ら弟に王位継承権を譲渡し彼は公爵の地位を手に入れた。
その行為にシルヴァレスは、我が兄ながら情なし、と王位継承前は絶縁状態になりかけるも大人になり兄の心情を理解し、良好な仲で過ごしていたという。
「…しかし、フェレスにとってはそれが大きな障害となったんだろう。父が頑健に生まれていれば、父が王になっていたのにと。周囲の人間にただ状況だけを教え込まれ育てられた彼には、なんとしても王位を自分の家に戻したいのだろう。それがあるべき姿だと思っている」
リアンがそう淡々と述べたところで、使用人が晩餐の支度が整ったと言伝を持ってきて話は中断となった。
もし、公爵が王となっていたらどうなっていただろう。
リアンは男だと偽らなくてよかったのだろうか、フェレスは傲慢には育たなかったかもしれない、そして自分は…?
「ギルヴェール?どうかしたのか?」
「…いえ、大丈夫です」
夕食の席では、いつもより幾分か豪勢な料理がテーブルを彩っている。
フェレスは高級な果実酒を度々含みながら、料理を楽しんでいるようだ。
「王子は、まだ酒を試した事がなかったのだったか」
「はい、残念ながら。それもあと僅かな辛抱ですがね」
「それはそれは。しかし、一度も?祝いの席等で用意されている事もあるだろうに」
「確かに渡された事もありますが、ルドルフにきつく止められていまして」
「ハハッ、若き君主も年の功には勝てないか」
酒が入ってご機嫌となっているフェレスは、そのまま酒がどのような物かとくとくと語った。普段から、よく飲む方なのだろう。
「聞くところによれば、王子は生誕祭その前々日まで公務に追われるのだとか」
「…ええ。もう次期辛い季節がやってきますのでその前に各地を見ておきたいので」
「おお、それではぜひともゴルワード伯爵の領地に出向いたならそこの林檎酒を持ち帰るといい。祝いの酒にはぴったりの物だ。成人したら開けてみてはいかがかな」
「考えておきますよ」
その後もひとしきり、酒のよさを語りリアンがそれに適当な相槌を打つことで平和な食事の時間が流れた。
食後の甘味として、用意された焼き菓子をリアンが丁寧に切り分け口に運ぶ。やはり、王族として育った身として礼儀作法、所作はその一つ一つが洗礼されているようにも見える。
今でこそ、由緒正しい騎士の家の出として身につけているものも、元々はギルヴェールには縁遠いものだったのだ。彼にとっては、未だ慣れない事でもある。
「…夜も更けてきた。私は先に失礼するとしよう」
「それでは、部屋へご案内します…ギルヴェール、頼んだ」
「…はい、殿下。ご案内いたします、フェレス様」
リアンの目を読み取ったギルヴェールは、そのままフェレスを伴い、食堂をあとにした。
2017年1月9日 文章の一部「程遠い」→「縁遠い」に変更いたしました。




