22 厄介な来客
プリペンド領から帰還し、数日が経ち予定通りフェレスが来城する前日となった。
例えいとこだとしても王族の、しかも王位継承権第二位を持つフェレスに粗相があってはいけないと城内は朝から騒がしかった。
それと同じくして、リアンも明日に回す仕事はなるべく少なくするよういつもの倍速で仕事に励んでいた。
書類整理くらいは、と手伝いに入っていたギルヴェールが幾度も眉をひそめたが、何故彼女が忙しくしているか理由を知っているだけあって今回だけは止めに入りづらかった。
それでも正午を回っても、明ける事のない忙しさに埋まっていくリアンを無理矢理休憩と称して執務室から退場させる事には成功した。
「…はあ」
「やはりお疲れのようですね。いくらなんでも、やりすぎの気がするのですが殿下?」
「い、いやまあ…自分でもそうだとは思っているんだが…明日の事を考えるとなあ…」
いつもならハキハキと答える声も今日に限っては、その色がない。輝く金髪も心なしか、少し曇っている。
「…確かに、明日一日の殿下のお役目を考えれば心中お察しいたします」
「そうだろう…いとことはいえ、評議会を相手にする以上に面倒な事になりかねない」
「私は直接お会いした事はありませんが…殿下がそれほど消沈する方であるという事は理解いたしました」
「別に消沈してるわけじゃない…ただまあ、彼の場合は、人間的に疲れるというか」
そこまで言うとリアンは深いため息をつき、散々だと首を振った。
表面的にでも人付き合いがいいリアンがここまで気乗りしない事も珍しい。
部屋の前へつくといつものように中を確認し、外で待機しようとしたのだが。今日に限ってリアンは中で一緒に茶を飲んでくれとギルヴェールに言ってきた。
「よろしいのですか」
「いい。というか頼む。このままマリアのところに行ったら二度と私は執務室に行きたがらないだろうから」
そう言って疲れた様子で、私室に入るリアンのあとを戸惑いながらも続いて扉をくぐった。
マリアはギルヴェールがいる事に驚いたが、ギルヴェールの顔を見て何か察したらしい。そのまま何も言わず三人分のティーカップとお茶請けを戸棚から用意した。
「さあ、王子付き侍女が直々に入れた紅茶、とくと味わいなさい」
「…ああ、いただく」
マリアもお茶の腕が振る舞えるのは嬉しいのだろう。なんだかんだいいつつもギルヴェールのカップに丁寧に紅茶を注いだ。
流石、自ら言うだけあって紅茶は美味しかった。
ギルヴェールもリアンに出せる程度にはお茶の腕前はあったと思ったが、これには完敗だった。…まあ初めからその教育を受けているかいないかの違いでもあるが。
「うまいな」
「そうでしょう。なくなったら自分で注ぎなさいよ」
そう言いながら、マリアも自分の席につき一息つく。
マリアが普段何をしているかは知らないが、それなりに忙しい身なのだろうとは推測出来た。
「まさか三人でお茶をする事になるとはね」
「私もそう思っている。だが、これからしばらくはそんな癒しもお預けなわけだからいいだろう?」
「まあ、リアンに免じて許してあげるわ」
「…それは光栄だな」
男一人に女二人(一人は男装だが)のこの風変わりのお茶会は、ギルヴェールにとってはどうしてこうなったという状況だが肝心の二人の女性がなにも拒絶していないのならそれでいいかと、話の聞き手に大人しく回った。
お茶会といえば女性のおしゃべりはつきものである。それはここでも変わらず仕事の愚痴から、マリアの聞かせる街の流行、使用人達の面白い話等話題に尽きない。
「この焼き菓子、美味しいな。マリアは何を作っても美味しいな」
「リアンにそう言ってもらえてよかった。甘い物だって必要でしょ」
和やかに談笑するリアンは、男装はしていても確かに年頃の少女である笑みを浮かべた。
それを見てギルヴェールは、普段とは違う含みがあるため息を吐いてカップに口をつけた。




