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一日の視察も終わり、プリペンド領館に戻ってきたリアンは夕食を終えると、再びギルヴェールを連れて庭へ出た。
「どうだ、ギルヴェール。自分の住む国を回す一つの歯車を見た感想は」
「恥ずかしながら、今まで自分が理解していなかった一部を見る事が出来、私にとってもとても有意義でした」
そう答えると、リアンは満足気に何度しきりに頷いた。
「そうだろう。国というのは、民の営みがあってこそだ。彼等が働いてくれるおかげで貿易は進み、食卓が潤う」
彼女は、自分の事を褒められるより国について褒められた方が何倍も嬉しいらしい。やや興奮が冷めないのか、普段より速い口調で語る。
その表情は、いつも書類に向かう難しいものではなく年相応の子供の表情だった。
「プリペンドにもあの街にも何度か来てはいるが、その度に領民達が自分達の技術を上へ上へと変化しているのがわかるよ。この領地が長い間美しいままでいるのも、彼等の努力の賜物だ」
「殿下は、領民達に深く尊敬されているのですね」
「そんな、私はそれほどの者ではないよ」
照れたように下を向くと、やっと自分が今までどういった態度だったか気づいたのか、顔の見えないギルヴェールでもわかるほどに赤くなった。
ごまかす咳をした事で、この事は触れないようにした。
「いえ、領民達は皆心から殿下を歓迎していました。人というのは、よくも悪くも素直です。どれほど地位が高くても好感が持てない人物に、人は心から温かい言葉は出せないというものです」
「そうならば、そうであってほしいな。彼等が私を統治者をとして認めてくれるなら」
薔薇を見つめる瞳に、先日のような暗さは見当たらない。
その事にギルヴェールは、どこかで安堵のため息を漏らした。
「そういえば、お前も今日聞いていただろう。あの小さな女の子の言っていた事を」
「はい」
「この国には、学びたいと自分のやりたい事をやりたいと思っている人が多くいる。それにも関わらず、彼等を縛りつけているのは身分や生まれついた能力だ」
「…殿下の目指すものは、それを打開するものなのですね」
リアンの傍に控えてから、もう月日は経っている。彼女が考えている事は、言葉の端からでもギルヴェールには推測出来た。
「ああ。学舎を、多くの人が学べる学校を作りたい。それが私の目指すものだ」
決意を固めた、スッキリとした顔でリアンは夜空を見上げた。
彼女が決めた事ならば、自分がそれに反する意味はない。
それに―
「…私も、微力ながらお手伝いさせていただきます」
「ああ、お前がいれば心強い。頼りにしているぞギルヴェール」
彼女の力になれる事が、自分にとって喜ばしいものだと最近になって気づいたから。
「ですが、あまり無理はなさらぬように。もしもの時は…」
「い、いや。お前の手をそんなところで煩わせる訳には行かないからな。そのあたりは心配ない」
慌てたようにまくし立てる彼女に、苦笑しながらそのまま二人は庭をあとにした。




