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翌日、リアンは朝食を摂ると領地の街へ向かった。
プリペンド領は、工芸より農業が発展している穏やかな領地だ。この土地で取れた麦は質がいいとして国外からも輸出を求める声が上がる。
麦の他にも多くの農作物の生産、加工を行っているため国の重要領地でもある。
プリペンド領が緑豊かである理由もこれだった。
これから向かう街はそれ等の農作物の管理、加工、輸出を一手に担っているプリペンド領最大の街だ。
野原に囲まれた街道を馬車と護衛の馬が進んでいく。
馬車の中、二人は無言だった。
屋敷を出て、馬車に乗ってからというもの、どちらも言葉を発していない。
その沈黙に耐え兼ねたマリアがついに口を開いた。
「…ねえ、リアン。一つ聞いていい?」
「どうした、マリア」
「ギルヴェールに、王妃様の事話したのよね」
「…ギルヴェールに聞いたか」
仕方ないなとでも言うように苦笑したリアンを、マリアは真剣に見つめる。
彼女が今まで、自分とルドルフ以外に両親の事を話した事はない。いや、自分達でさえ、年を重ねるにつれ彼女の口は重くなっていく。
「話、と言える程ではないよ。ただ少し呟き程度に漏らしてしまっただけだ」
「そう…リアンから見て彼はどんな感じなの?」
「はっ!?」
そのまま話が終わると思いきや、マリアから投げられた変化球に珍しくリアンは声を上げた。
慌てて外に響いてないかとそっと窓の向こう側を覗けば、話題に出た男は何も気付かず馬を操っていた。
ほっとして、改めてマリアに向き直る。
マリアはまだ、真剣な顔をしていた。
「どうしてそんな問になるんだ、マリア」
「大事な事よ、リアン。正直に答えてみて」
「正直に…か」
思考でいくら考えても言葉にするにはいささか恥ずかしいような気もする。
それを抑えて、リアンは思いつつままに言った。
「真面目な人だと…思う」
「それだけ?」
「えっダメなのかこれじゃあ」
「もうちょっと詳しく」
いつまでも真面目に話を進めていくマリアにどんどん押されていく。
「真面目で…剣が強くてそれでも強さをひけらかさないで…」
「…」
「私の…私の意志を尊重してくれる、それでも私が間違っていたら叱ってくれる…優しい、不思議な人」
「不思議な人?」
「不思議というか、安心するんだ。まだ出会ってそれほど時間が経ってないのにな」
言い終えると、自分が表に出した事を思い出して顔が熱くなるのがわかる。それをマリアに知られたくなくて顔を伏せた。
「…そう。そういう事なのね」
「マリア?」
雰囲気がゆっくりと変わっていく事に、リアンは顔を上げた。
見ると、今まで硬かったマリアの表情が綻んでいた。
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでもないわ」
微笑む姉を謎に思いながらも、リアンはこの話はもう終わりにした方がいいと感じ外に目を向けた。
外では相変わらず、前を向くギルヴェールが護衛をしていた。
それを見て、リアンはまた顔に熱が集まっている事を感じた。




