01 若き王と騎士
華やかに踊る人の波。弦楽器の低音と鈴の高い音色が編み出す曲に合わせて石畳を打つ。
行き交う人々の笑い声と客を呼び込む出店の喧騒。香ばしい香りと色とりどりの品が視界を明るく染め上げる。
住宅の窓には至るところに国旗が掲げられ、どこからか花吹雪まで空を彩っている。
いつにもまして騒がしい広場で、頭上から落ちてきた花びらを器用にギルヴェールは摘みとった。
今日はこの国シルヴァーレ王国の建国記念日だ。
長き時を経て平和を勝ち取ったこの王国は、大国に挟まれながらも力強く繁栄してきた。この国を愛し、君主を敬う国民のおかげで毎年毎年建国記念日はお祭り騒ぎもいいとこだ。
しかし、今年は例年にも増して人が多い。
毎年多くの人がそれぞれの目的を持ってこの王都に集まってくるが、やはり彼らのほとんどの目的はこの国の若き統治者の声を聞くためだろう。
現に既に王城の前には結構な人だかりができている。もう少し過ぎれば、彼があのバルコニーから姿を現すはずだ。
自分よりも遥か上にあるそこを見上げていると、横からこめかみを突かれる。
「ほら、ぼーっとしてる暇があんなら戻るぞ」
一緒に行動していた同期で入った同僚に返事を返し、城の裏口を目指す。
それすらも人ごみを掻き分けてといった具合でなかなか思うように進まなかった。
「しかし、毎年毎年すごい人数だな」
「皆、少しでもこの国の未来を知りたいんだろう。特にここ最近は不作が続いているし不安を紛らわしたいんだろうな」
同僚の呆れたような声に似た声色で返す。
おかげでこちらは町の見回り警備に人手が不足している。現にこうして城までの道を辿っていても検問や通り、広場に警備が集中していてそれ以外に見える騎士は少ない。
裏口にたどり着き、見張りに軽く敬礼をして門をくぐる。
「しかし、我らが君主様は人気者だな」
「茶化すなよ。まあ実質そうだが」
リアン・フェル・シルヴァレス・ヴィレット。
それがこの国を治める人物の名だ。
彼は先代の王唯一の子であり、王族の血を最も濃く受け継いでいる。
賢王と呼ばれた父を持つだけあって、その政治の手腕には議会も舌を巻いているらしい。
民を何より大事にし各地に視察に訪れては現地の人間と交流する彼を慕う者も多い一方、十三歳という異例の若さで政治の場に立ち十七歳となった今では議会の意見を抑えるなど力をつけ始めている彼をよく思わない人間も少なからず存在する。
その存在から少なくとも表面だけでも守る役目を担うのがギルヴェール所属の騎士団だ。
「おっと、世間話もいいがそろそろ時間だ。急ごうぜ」
言われて懐から懐中時計を取り出すと短針はすでに三で止まっており長針が刻一刻と頂点へ登り始めている。
僅かに歩く速度をあげながら二人は演説が行われるバルコニーへ向かった。
部屋の中から一人の声が漏れ出す。
ちらりと視線を背後に移せば、美しい金の髪が見えた。
扉を警備することに集中しながらも、ほんの少し意識をバルコニーから聞こえる声に傾ける。
『私は先王の意志を継ぎ、この国の未来を見定める。だが、国民たる皆がいなければ国は成り立たない。未来を委ねてくれなければ見定める事が出来ない。今私がここに立てるのは皆が先王に託した希望を引き継ぐ事が出来たからだ―』
凛とした声が響き、部屋の外でもはっきりと聞き取る事が出来た。
少年にしては少し高い声を遮る事なく国民は彼を見上げる。
国民の視線に滲むのは尊敬と希望、そして僅かな不安。それを一度に浴びる彼は今、どんな気持ちなのだろうか。
近年稀に見る不作により地方の村から治安が悪化していると聞く。
遠方からやってきた者達は、期待と共にこの若い君主がどうするつもりなのかを静かに待っていた。
演説が終わった瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が溢れる。
とたんに佇まいを直して、目線を上げた。横目で見ると同僚も珍しく顔を引き締め緊張しているように見える。
そして、ふわりと自分の脇を通り抜ける金色。
「警備ごくろう」
と、ちらりとこちらを一瞥し、一言告げると彼はそさくさと行ってしまった。
その後ろを老年の宰相が続きやがてその姿も見えなくなる。
二人のコートが消えるとふっと息が漏れる。意識していたわけではないが、それでも呼吸がとまるような思いをしてしまうのだ。
それは同僚も同じだったらしく、お互い顔を見合わせて苦笑する。
「たっく…なんか無駄に緊張するな」
「17歳にしてあの眼光だからな」
光を凝縮させたような美しい金髪を束ね、まるで少女のような儚い顔立ち。そして母譲りのグレーの目はややつり上がって勝気な印象を持たせる。その瞳にも最近は威厳を帯びるようになったと聞く。
「二ヶ月後には王子生誕祭。晴れて十八歳となり成人して王を継ぐんだっけか」
先王が亡くなったのは今から六年前。彼が十二歳だった頃だ。
その後彼は幼くして政治に携わる事になったが、先王への尊敬の念から即位はせず成人する十八歳までは王としてではなく王子として国を治めている。
「生誕祭には今日よりもっと多くの人がやってくるだろう。隣国からも確か何名かやってくるはずだ。今日の忙しさなんか目じゃないだろ」
「うへぇーそりゃ勘弁だ…」
どこまでも不真面目な同僚に苦笑しつつ、ギルヴェールは城下町へ見回りに向かった。
この国の行き先を思うのは一国民としての範疇に留まっている。それ以上考えるのは己の領域ではないし、考える必要もないと思っていたのだ。
己の運命が数奇なものとなるとは、この時はまだ思ってもいなかった。
2015 3.1 訂正しました
2017 7.16 一部セリフ、構成を加筆修正しました。