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領主館の庭は息を呑むほど美しく整えられており、秋の花がいたるところで咲き誇っていた。
案内をした使用人が退くと、おもむろに歩き出したリアンの後ろにつく。
「プリペンド伯爵は、母の親戚にあたる。と、いっても家系図で見ればとても遠い血の繋がりだが」
母親の繋がりとわかれば、あの打ち解けた雰囲気も納得がいった。
と、いっても貴族は貴族同士で結婚するのが一般的だ。血筋だけを見れば貴族の繋がりはとてつもなく広い。
「母の出身は南の領だが、そんな繋がりで王都に来る事もあったらしい。この領地は母が最も好きだった景色だと聞いた」
「確かにこの領地は美しいですね。植物が生き生きとしている」
「そう。本当の美しさとは、外見ではなく生きるものから湧き出る生の強さだ」
そっと、小さな薔薇を手に取る。
大輪の傍に咲いていたそれは、簡単に壊せそうだった。
「母がどんな人だったのか、私にはわからない。この眼だけが唯一私に残された母の形見だ」
綺麗な青灰色の色彩を持つその瞳が、僅かに悲しみに染められる。
彼女の母がどんな姿だったのか、ギルヴェールも正確には覚えていない。しかし風の噂で、とても美しい女性だとは聞いた事があった。
「…私も、母親の記憶は既におぼろげとなっています」
ぽつり、呟いたギルヴェールをリアンが振り返る。
訝しげな表情に苦笑が漏れる。
どうやら、何故自分がコンスタンス家に入ったかは知らないようだ。
「お前…」
「両親は幼い時に逝ってしまいましてね。人の記憶は本当に脆いものです」
あれほど好きだった両親が今ではぼんやりとしか出てこない。
どんな声だったのか、どんな風に自分を見ていたのか、今や遠い昔の事だ。
リアンは目を閉じて、しばらくして自嘲の笑みを漏らす。
「…そうだな人の記憶は、脆い。時が経てば忘れて消えてなくなってしまう」
「…殿下」
「なんでもない。もう戻らなければ、そろそろマリアか誰かが呼びに来るだろう」
そう言って、リアンはギルヴェールの脇を通り過ぎていった。
自分の背より小さい影を見つめる。
あの自嘲はなんだったのだろう。
彼女は果たして、何を思ってあんな笑みをしたのだろう。
きっと尋ねても答えてはくれはしないだろうし、もしかしたら自分では理解できないかもしれない。
それでもあの小さな背中にのしかかっているものを、振り払ってやりたい衝動は自分の中で膨れ上がるばかりだった。
その後、リアンは外見では通常通り振る舞い、夕食を終わらせた。
いつも通りの表情で、いつも通りの声で、先程の暗い思いはどこにも見当たらなかった。
部屋に戻ったリアンを見届け、自分も続き部屋となっている隣の部屋へ入った。
のはいいが、
「何をしてるんだ、君は…」
「うっさいわね、私だってやりたくてやってるんじゃないわよ」
椅子に座っていたのはなんとマリアだった。
なにやら不機嫌な様子で、腕を組みギルヴェールを睨みつける。
ギルヴェールはマリアの睨みが心底苦手だった。
「リアンの様子が変だわ、あなた何かしたでしょ」
「何故俺だと決め付ける。というか、何故いる」
「リアンの前じゃ聞けないでしょうこんな事」
淡々と返されるマリアに深いため息が漏れる。
リアンの事ととなると猪突猛進になる事は本当だったらしい。
「殿下の様子に気づくとは、伊達に長くいないというかなんというか」
「どうせあなただって気づいていたでしょう。さあ早く言いなさい、理由次第じゃ締め上げるわ」
本当に勇ましい女性だ。
これほど美しい女性がここまで毒を吐くとは、世の男性のうち何れ程が思うだろうか。
締め上げられるのは勘弁だ、とギルヴェールは正直に理由を話した。




