15 見つめる先
それから三日後、リアンとギルヴェールは予定通りプリペンド領の視察へ行くため馬車に乗り込もうとしていた。
リアンと世話係として同行するマリアは馬車に乗り、ギルヴェールを含めた数名の護衛の騎士達は馬車を取り囲みながら馬で移動する手はずだ。
「少しの間留守を任せるぞ、ルドルフ」
「お任せ下さいませ」
「では、行ってくる」
馬車の扉が閉まると同時に今回の護衛隊長に選ばれた騎士が合図をする。それを受けてそれぞれの馬が前進を始めた。
プリペンド領までの短い、気の抜けない旅路が始まったのだ。
ギルヴェールが周囲を警戒してる一方で馬車の中では。
「リアン?どうしたのぼんやりとして。具合でも悪い?」
「違うよマリア。ただ、少し考え事をしてるだけで」
閉められたカーテンの隙間から外を眺める。
そこからは真剣に業務を果たすギルヴェールを見る事が出来た。彼はこちらに気づいてはいないらしい。
ギルヴェールが近衛騎士になる前に、彼について聞いた噂は「真面目な男」というだけだった。
実際に会って、傍にいさせてみれば噂通り騎士の仕事に真面目な男だった。
リアンが話しかければ律儀に返してくれるし、本来騎士がする事ではない仕事を申し付けても嫌な顔一つせずに全うする。
それがいやいやとか、仕方なく、といった感じならこちらも申し訳なさを感じて遠慮するのだが彼はあくまで淡々と当たり前のようにやってしまうのだからついつい、甘えてしまうのだ。
彼は、ギルヴェールは自分が正しいと思った事をすればいいと言った。
いつだって、国のため民のためと評議会と衝突しては自分が正しいと思ってなくとも国にとっては正しい選択をしてきた。
自分に出来るのは出された案を篩にかけて、選別する事だけだと思ったのに落とさずに最初から掴みとってしまえばいい等考えた事もなかった。
不思議な男だ。だが、どこか安心する。
そこまで考えて、何をしてるんだと我に返り窓の外から目をそらした。
「ここから生誕祭までまだまだ予定があるんだ。体調を崩してる暇はない」
「そのためにはきちんと休養も必要よ。四六時中仕事の事を考えてたら脳だって休めるに休めないわよ」
「気をつけるよ」
「…あなたが倒れたら私、自分を責め続けるわ。だからお願い、きちんと休んで」
「わかってる、マリア。相変わらず心配性だな」
昔から、マリアは人一倍自分の事を気にかけてくれていた。
侍女として、姉として、様々な点から自分を心配してくる彼女。
彼女が城下町に出ていく事を提案したのだって、実際に平民の暮らしに触れさせて気分転換させようという自分への気遣いからだった。
いつだって自分を気にかけてくれる、大切な姉さん。
「…そういえばギルヴェールにもこの間、きちんと休めと言われたな」
「一国の頂点にいるあなたにあそこまで遠慮なく言えるのは間違いなくあいつだけね」
「なんだ、マリアも聞いてたのか」
てっきり、部屋の中にいたと思っていたリアンは驚いたと片眉をわずかに上げる。
「そりゃあ、聞こえたわよ。休憩時間まで仕事を持ち込もうとしたあなたに、彼無理矢理書類奪って言ったでしょ。休む時に休まぬ者はただの愚か者ですって。普通、不敬罪で捕らえられてもいいくらいよ」
「彼の言ってる事は完璧に正論なだけあって言い返せなかったな」
「でも愚か者って言い草はないでしょう。もっと別の言い方に変えるとか優しく言えばいいのにいつもの調子で言ったじゃない」
マリアはあの時のギルヴェールの言い草にまだ腹を立てているようだが、リアンとしては言われた時何も言い返せなかった。
体格差を利用して背伸びしても届かないところに書類をやって放った言葉は少し怒りを含んでいた気がする。表情はいつも通りだったが。
マリアと同じ心配をしながらも、それの表し方が彼女とは全く違って面白い。
いや、叱っている本人達からしたら面白いで済ますなと言いたいところだろうが。
「いいんだ、マリア。彼は正しかったんだから」
「それとこれとは別!もともと気に入らないのよ、すました顔して表情はほとんど動かない。かと言って社交界じゃちゃんと笑ってるって言うし、怖いものなしって感じだし」
「ん?なんでマリアが彼の社交界の事知っているんだ?」
「聞いたのよ、友達から!」
その後、しばらくマリアはギルヴェールの気に入らないところを上げていったがほとんどがリアンにとって好ましい点だった。
まあ、マリアにとってはそれこそが気に入らない事かもしれないがそれにリアンは気づく事はなかった。