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真実と嘘のソノリテ  作者: 桜黒
瞳に映すもの
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「運動不足も解消出来る上に気晴らしにもなる。稽古の時間はもっと増やしてもらいたいところだな」



 稽古が終われば次は勉学と本当にこの主の一日は忙しい。

 執務机とは違う別の机に向かいながら呟いた事は本心から思っているのだろう。事実、体を動かした後のリアンの表情は明るくなったように思える。


 紙が何枚も束ねられた冊子を取り出し、机に重ねられた過去の文献を手にとってはその要点を記録する。

 既にまとめられているものを移し直す作業をギルヴェールは面倒事だと知っているが、同時に見て覚える事と目と手先の感覚を使って覚える事ではどちらの方が効率的かという事もよく知っていた。



 彼女がこの頃、熱心に身に付けようとしているのは他国の政策についてだった。


 国をさらに発展させるため、また正しい国を作るため、彼女は過去に記録されている数少ない他国の様子と現在の様子を照らし合わせてはどちらから学ぶべきかを考えている。



 文献を手にして、紙をめくりインクで綴り、また次の物を手にする。

 一つ一つを丁寧にこなしていくリアンの集中力は凄まじいもので、声をかけても届いていない事が多い。


 だから、今回もただ見守るだけにしようと思っていたのだが。



「…ギルヴェール」


「…?どうかされましたか」


「いや、別に大した事じゃないんだが」



 ペン先は走り、目は文字を追いながらも口を動かすリアンに器用だな、なんて場違いな事を思う。

 手を止めて文献から目を離してもリアンはギルヴェールを見なかった。



「共和制…というものを知っているか?」


「ええ、隣国と北の国のいくつかがしている政治体制という事は」


「ではその概要は?」



 ここまで問いかけられてから、ギルヴェールは内心で首をかしげた。

 沈黙を否定ととったのか、リアンはさらに言葉を重ねた。



「要は、共和制には君主が存在しない。その代わりに国民が国の上を決める、という事だ」


「国民が、ですか」


「ああ。だから国民がだめだと思えば頂上の椅子から引き摺り下ろされる事もあるそうだ」



 そう言ってやっと顔を上げたリアンの瞳には、物憂げな色が見える。



「この国は建国以来、ずっと貴族と王族が政治の中心だ。そこに国民の入る余地はない」



 だが、と続けその後の言葉はとても小さく出された。


「それでいいのだろうか。限られた者だけが知り、上から降ってくる物だけを受け取る民で、本当にそれでいいのだろうか」


「殿下…」


「…すまない、忘れてくれ」



 手を顔にあて、深く息を吐く。

 染み付いた動きに見えるが、それでも外見の幼さ故にどこかそれはちぐはぐに見えた。



「前王も、その前の王も皆この国のために生きていたんだ。彼らの伝統を受け継ぐ事もまた、私の責務でもある」


「殿下。私ごときの騎士が恐れ多い事ではありますが、一言よろしいでしょうか」


「そんなかしこまらないでくれ。少なくともお前は私の近衛騎士だ。もっと気軽に意見を言ってくれ」



 それは社交辞令ではなく、本心からの思いのようでリアンはギルヴェールの方を向いた。

 ここで当人の意志を無視する事はそれこそ無礼だ、とギルヴェールは感じるままに口を開いた。



「過去を受け継ぐ事も確かに大事な事ではありますが、それでは何も変わりはしないでしょう。殿下が、今必要と思われている事と過去の伝統を天秤におられるのならおやめください。この国の君主は殿下なのですから殿下が正しいと思われた事を成せばいいのです」



 申し訳なく、とかすまなそうに、と感じる表情で語られるのならリアンの心にこれほど強く響く事はなかっただろう。

 ギルヴェールはそうする事がさも当然のように言ってのけていつも通りの表情でリアンに話かける。すると言葉は魔法にかかったようにまっすぐ心に降りてきて反響した。


 顔が綻んだ事にリアンは気づかなかった。



「私が正しいと思った事、か…誰かにそう言ってもらったのは初めてだな」


「…出過ぎた真似を致しました。申し訳ございません」


「いや、いい。これからもお前の意見が聞きたい…よければいつでも言ってくれ。お前ならきっと私が間違ったときも遠慮なく止めてくれるだろう」



 この男ならきっと、恐れなど一切感じられない声で自分を止めてくれる。

 リアンは、ギルヴェールを近衛騎士に迎えてよかったと改めて感じた。



 そのまま勉学の時間が終わり、日が暮れてその日の業務を終了させてもギルヴェールにはただ一つの事がずっと心の大部分を占めていた。


「…笑った顔、初めて見たかもしれないな」


 初めて見た彼女の笑顔は幼く、可憐でとても愛らしいものだった。

 また見せてくれないだろうかと僅かな期待を持ってしまう程には彼女の笑顔が鮮明に焼きついている。


 結局、それがどうしてなのかはわからないままギルヴェールの一日は幕を閉じた。



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