13
「ギルヴェール!!ちょっとこっちに来てくれ!」
大声で呼ぶ声に思考の海から浮上したギルヴェールは、リアン達に近づいていった。
体を動かしたからか、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「いかがなされましたか」
「ああ、ルドルフが剣の扱いならギルヴェールの方が出来るだろうと言っていたので少し指導を頼みたい」
「…」
いやいやいや、何を言ってくれてるんだこのじじい、もとい宰相は。
危うく口にしかけた言葉を飲み込み、ルドルフを見る。
見れば彼はにこにこと笑っていて完全にこちらに丸投げする様子だ。
「私ごときが、よろしいのですか」
「老体が覚えている事にも限界がありますからねえ。若者の知恵もお借りしたいのですよ」
「はあ」
未だ能力は未知数までとも言われている武芸の達人が本当に今更何を言っているのだろう。
それでも拒否する事は出来ず、結局基礎中の基礎の指導をする事になった。
用いたのは刃を潰した木剣。
たかが木剣だが、されど木剣であり下手に当たれば骨折をする事だってある。
その辺りはきちんと理解をしているのか、柄を握ったとたんにリアンは顔を引き締めた。
まず今までルドルフに習っていた基本の構えをさせる。
重心が後ろに行き過ぎず、正しい中段の位置に構えた美しい姿勢だった。
「…一つお伺いしてもよろしいですか」
「はい、なんでしょう」
「殿下に教えていらっしゃるのはあくまでも教養の一つとしての型ですか。それとも実戦用としての型でしょうか」
「そうですねえ…実戦にも生かせるようにはしていますが大元はあなたの言う教養としての剣術ですね」
つまりは本番でも使えるようにする事が目的だったのだ。それを、教養として学んだ剣術から大幅に外れないように工夫して編み出したというところか。
「殿下、よろしいですか」
「なんだ」
「殿下が身につけたいとお思いになるのはどちらですか。殿下が望むのなら私は実戦でも使える技をお教えしましょう」
ギルヴェールの問にリアンは一瞬、真意を探るかのように目を細めたがすぐに答えを出した。
「お前が私に教えられる事、すべて教えてくれ」
「仰せのままに」
そうとなれば、とギルヴェールは早速指導に入った。
ルドルフの指導が丁寧なのか、リアンの吸収力がいいのか非の打ち所がない構えだ。
だがしかし、本番で使う事を念頭に置いて鍛錬を重ねてきたギルヴェールからすれば、非の打ち所がないというのは型の美しさであって実戦で使える物ではない。
「今、殿下の重心はまっすぐ中心に置かれているのはわかりますか」
「ああ」
「気持ち程度でいいので、前足に体重を乗せてみてください」
よろめきながらも体重移動をする。
僅かにでも変わった体勢の違和感に、リアンは少し堅くなっているようだ。
「失礼します」
「っ!?」
「膝はもう少し柔く使った方が素早く相手の動きに対処できます。ですから…殿下?」
「…あ、ああいやなんでもない。続けてくれ」
ギルヴェールは急に強ばったリアンを不思議に思いながら膝から手を離す。
そのまま、ギルヴェールは基礎の型の修正を指導する事となった。
「ふむ、ギルヴェール君はどうやら指導の才能もあるようですな」
一区切りがついたところで本日の稽古は終いとなったとき、ルドルフは感心したように言った。
結局、ギルヴェールが入ってからは口を挟む事はなく挙句の果てにあとは任せたと日陰へと避難していったのだ。
「いえ、そんなことは」
「いや、わかりやすかったぞ。具体的な指摘をされて納得出来た」
汗を拭き、運動着から普段着へと着替えたリアンも笑顔でルドルフの言葉に同意する。
そして、ルドルフはしばし考えたあとにこう言った。
「どうでしょう、リアン様。今後、直剣の指導だけギルヴェール君に担当してもらうというのは」
「!?」
「なるほど、それは名案だな」
本日二度目の爆弾はギルヴェールに大きな被害をもたらした。
自分が、リアンの剣の指導と言ったのか。
しかも当のリアンはえらく乗り気だ。
「いいのですか、私にそのような役目を任せて」
「今日の指導でギルヴェールは立派な師範という事がわかった。私としても教えてくれたら嬉しい」
「…了解いたしました」
ギルヴェールの騎士の仕事に、リアンの剣術指導という名目が加わる事となった。