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書類整理を続けるリアンの傍らで今日の予定を頭の中で復習する。
今日は昼食を取った後、ルドルフとの稽古が入っていたはずだ。大きく変わっている事と言ったらそれぐらいだろう。
リアンの仕事は重要書類に目を通す事はもちろんだが、日々の細かい会議や行事についての相談もする。
特に今は生誕祭間近、それに加えもうすぐ訪れる冬の乗り越え方で業務の量は通常の季節よりかなり増量されているらしい。
それでも一つ一つ丁寧にかつ迅速に対応する事を心がけているリアンを、尊敬すると共に心配になってしまう。
自分が彼女をここまで心配してしまうのは、まだ近くにいるようになってから月日が短いからだとギルヴェールは考えている。
普通の十代の少女なら不満や投げやりな言葉が出てきてもおかしくないのに、国のためと働くリアンがギルヴェールにはとても不安定に見えるのだ。
「今日は随分いい天気だな。これなら思う存分体を動かせそうだ」
窓の外を眺めながらリアンは嬉しそうに言った。
自分では君主の心まで届く事は出来ない。
せめてこの小さな主がのびのびと運動できるようにする事が今自分の最優先する事だ、とギルヴェールは思考を振り払った。
昼食も終わり、ギルヴェールとリアンは日差しが降り注ぐ中庭へと出た。
仕事とはいえ窮屈な作業から解放されたリアンは晴れやかな顔をして、日の光を浴びた。
「まさに秋晴れ、というところか」
「冬になれば途端に凍てつく空気に包まれますから、今が運動日和ですね」
リアンが準備体操を始めるとルドルフがやってきた。それと入れ替えしてギルヴェールは遠目から見守れるように離れる。
あたりを見渡せば木陰にマリアが佇んでいる事を確認できたので、そちらに足を向ける。
「君も来ていたのか」
「ルドルフ様に限ってないだろうけど、万が一の場合を考えの待機よ」
「なるほどな。隣いいか」
返事はなかったが小さく頷くのを見て、隣に並ぶ。
ここからはよく二人が見えた。
「いいですか、リアン様。敵に襲われた時、頼りにするのは武器ではなく自分です。身一つあればいかなる場合でも対応する事が出来ます」
「難しい技等は使わずに単純な技で攻めると言っていたな」
「そうです、ですので…」
普段、温厚な雰囲気をしているルドルフの目がはっきりと見開かれ真剣にリアンと向き合う。
リアンも師の教えを必死に叩き込もうと盛んに復唱しては質問をしていた。
「…変なものでしょ」
「何が」
「短剣の扱い方や襲撃された時の対処法、自分一人でも相手を無力化させる方法。あの子と同じ年の子なら、いえ普通女の子が覚えるものじゃないでしょ」
「…そうだな」
「あの子は本当に自分の立場を理解している。理解しているから自分が何を一番優先しなきゃいけないか知っているのよ。王族が一番優先しなきゃいけないものって何か知ってるかしら」
マリアの問にゆっくりと首を振ると、彼女は二人から目を離さずに答えた。
「国よ。従者の命やその場にある財産でもない、自分の命でさえ引換にして王族が守らなきゃいけないのは国だと彼女は知っているのよ」
「自分の命でさえ…か」
「ええ。だからあの子は自分の命が危険さらされてもいいように遺書だって用意してあるし場合によっては楽に命を断つ方法だって教えられてる。とても十代の女の子が覚える事じゃないわ」
マリアの声は心なしか震えていた。
その震えはきっと、悲しみではなく怒りだろう。
まだ人生の半分も生きていない子供に国のために命を落とす選択を与えている事に怒りを覚えているのだろう。
「だから、せめてあの子が自分で命を消す事のないようにあなたにはしっかり働いてもらうわ」
「初めのあれはそういう事だったのか」
「私はあの子には絶対に自分から死んで欲しくないの。もしあの子が死ななきゃいけない状況になったら他人の命でも自分の命でもいくらでも差し出して救い出すわ」
「何故、そうまでして」
「当たり前でしょ。リアンは私にとって妹みたいなものだもの」
長い間、近くにいるからこそ出来る決意だ。
マリアはリアンをずっと見守ってきたからこそ、例え自分の命を差し出してでも救いたいと思ったのだろう。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。
ギルヴェールの疑問は声に出る事なく、そのまま消えていった。