最終話:そして販売へ…………
ラストです、よろしくお願い致します。
――会議室は静寂に包まれている。PLクワタを中心に、両サイドにタナカ、ノムラ……そして、三人と対面する形で山内が座っていた。――事情聴取である。
「それで……どうしたんだ?」
クワタが重い口を開く。山内はそれを見て何かを言おうとし、口を噤む……。
そんなやり取りが三十分ほど繰り返された後、山内が漸く語り始めた。
「僕……虚しくなったんスよ……」
「虚しくなった?」
「――タナカさん! まあまあ……」
タナカが「なんだそりゃ」と言った表情で山内を睨む。ノムラがそれを宥める。
山内は決心がついたのか、更に口を開く。
「――確かに、アレは……あのゲームは臨場感凄かったッス。触れるし、良い匂いするし、柔らかいし、ちゃんと会話出来てたし、手触りスベスベだったし……」
「――続けなさい……」
クワタの促すままに、山内は語り続ける。
「でも……とあるイベントで鏡を見た時に気付いたんスよ……これじゃあ、どっかのイケメンが可愛い子に手を出すのを憑りついて見ているデバガメじゃないか――と」
会議室内に山内の悲痛な叫びがこだまする……。
「次の瞬間――気が付いたらFFDを外していたんス……」
そして、語り終えると嗚咽を漏らす山内。それを見ながら、ノムラは呟いた――。
「はい、じゃあタナカさん、ちゃっちゃかと研究室に戻りましょうか?」
――最後の戦いの幕あけだった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「キャラクターメイキングの是非……か」
――研究室に戻ると、タナカが呟いた。
「私は、合っていいと思うんですけどね?」
「――理由を聞いても?」
タナカの問い掛けに、ノムラは軽く頷く。
「だって……今回のアレみたいに、オフラインでプレイするならともかく、オンラインでプレイするとなると……ちょっと、危ないじゃないですか?」
ノムラは、PCにニュースサイトを写し、そこに書かれていた『ストーカー』やら『詐欺』やらの記事をタナカに見せる。
「そうだな……なら、どうする?」
「はい、実はもう考えてあるんです」
「――ほう……?」
そして、ノムラは研究室に備え付けてあるホワイトボードに、サッサカサと何かを書き込んでいく。
「要はカスタムのキャラメイクは残しておいて、本人の姿をそれはそれとして、登録すればいいんですよ。そうしておいて、後はどっちの姿を自分の認識として表示させるか、そして、リアルの知り合い以外にどっちの姿を表示させるかを設定しておけばいいんですよ」
「――つまりこう言う事か? ゲーム内で鏡などを見た時の姿、リアル知り合いがゲーム内の自分を見た時の姿、すれ違った相手が自分を見る姿がバラバラに設定できるようにすると?」
ノムラは「その通り」と言って、タナカに拍手を送る。
「何かあった時に訴えらるとかは面倒臭いでしょ? だから、購入時の初期設定で必ず両方を登録する様にすれば良いんですよ――ただ……」
「何か、問題があるのか?」
「はい……カスタムキャラメイキングはある程度、こちらでパーツを用意すれば良いだけの話なんですけど、本人の姿を反映させるとなると……」
「今、あるバイタルチェックしすてむからだと、予想される体形しか作れない……か」
ノムラが頷き、肯定する。実際、バイタルチェック機能による、肝臓の数値や、水分、脂肪量などからプレイヤーの体形を予測し、キャラクターオブジェクトを作成する事は可能だ。しかし、実際の本人の姿をオブジェクトとして作成するためには、顔、細かな造形が反映し辛いのだ……。
ノムラは悩んでいた、どうする? いっそのこと、写真でも撮ってオブジェクト表面に張り付けるか――と。
すると、タナカがスッと立ち上がりノムラに笑顔を向けた。
「良い手がある……」
――ガタッ。と椅子が倒れるのも構わず、ノムラが食い入る様にタナカを見つめる。
「出張中の俺の後輩が設計図だけ置いてったんだが――」
――そして、研究室の時間は過ぎていった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――テストルームには既にクワタ、山内、そして手の空いた数名の研究員がいた。
「――来たか……」
「………………」
クワタ、山内がノムラとタナカを強く見据える。
クワタはその胸に「そろそろ大詰めにしろよ?」と言う想いを秘め、山内は特に何も考えていない。
――そして、ノムラはタナカが持っている段ボールの中から、FFDセット一式と、何かを持っている。
「それは……?」
クワタが眉をひそめて尋ねる。
「最終形のFFD――『FFD―V』です」
「V……だと?」
クワタの顔に疑問がありありと浮かんでいる。
――クワタは考えていた「キャラメイクの話で何故FFDがバージョンアップするのか?」と。
そこに、ノムラがスッと前に出て説明を始めた。
「今回、私達は現行のキャラメイクはそのまま残し、新たにプレイヤー本人の姿を登録する機能を追加しました」
――そこから、ノムラは研究室でタナカに話した事をクワタ達にも説明する。
「――そして、プレイヤー本人の容姿データを取得する為に追加したデバイスの核が……こちらです」
「ふむ……棒……か?」
ノムラが差し出した、三本の棒を机の上で転がしたり立てたりしつつ、クワタが呟く。
「――ただの棒ではありません、小型ですがこれは三次元測定用のスキャナです」
そして、ノムラはスキャナを地面に垂直に立て、その三本で囲まれた三角形の中央に立つ。
「この様に、立てた棒で作った三角形の中に立ちまして……」
ノムラがタナカに合図を送り、タナカが何かのボタンを押すと三本の棒それぞれから、縞々模様の光が出て来た。
「――で、測定が終わると……この様に!」
ノムラの合図でプロジェクタにノムラの姿そのままのキャラクターが映し出された。そして、そのタイミングを狙ったかのように、タナカが補足する。
「流石に、棒を立てると言う作業は不評でしたので――!」
そして、タナカがテストルームの奥にひっそりと置いてあった幕を取り払う。そこにあったのは――。
「ポッド……ッスか?」
「ボディスキャンポッドって所かな?」
クワタと山内が、ポッドをじろじろ、ペタペタと検分している。
やがて、クワタが満足そうに頷き、告げた。
「よろしい……ならばテストだ!」
山内は新たな説明書を読み込むと、すっかりと手慣れた様子で、スーツ、FFD本体、マスクを取り付ける。最後にポッドの中に横たわると告げる――。
「良いッスよ……」
そして、テストが始まった……。
――五分後。
テストのモニタ用に内部音声を拾っているPCに山内の声が再生されている。
『お、これは……まさに僕ッスね……』
どうやら、ボディスキャニングは無事成功しているらしい。
――十分後。
『おお……おお……おお!』
「――相変わらず、気持ち悪い……」
「ノムラ……そう言ってやるな……」
嫌悪感を露わにするノムラをタナカが宥める。
――そして、テスト終了後。
「――ふぅ……」
「山内……どうだったね?」
むくりと起き上がった山内に、クワタが尋ねる。その後に続く様に、ノムラとタナカも山内の言葉を待っている。
「――良いッス……これっスよ……」
山内は静かにテスト完了、そしてオッケーの合図を出す。
「じゃ、ちょっと失礼するっス……」
「え? ちょっと、山内?」
「どこ行くんだ?」
そう言うと、山内はその場でスーツを脱ぎ捨て、そのままテストルーム備え付けのシャワールームへと引っ込んでいった。
――そして、タナカはふと脱ぎ捨てられたスーツを見て気付く……。アイツ、ヤリやがった――と。
「山内ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
タナカ、最後の咆哮であった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――会議室には三十名ほどの男女が皆、晴々とした姿で着席していた。
開発はほぼ終わった……自分達は後は暫く有給でも貰って、のんびりしようか、そんな会話があちこちで聞こえている。
「さて……諸君! ご苦労様でした、プロジェクトは一先ずのゴールを迎えた、これも皆の協力のお蔭だ! 心から感謝する……」
――自然と、拍手が巻き起こる。
「――今日はその打ち上げと言うか、締めとしてお偉いさんが、本プロジェクトの成果『FFD―V』の金額設定をライブで行ってくれることになった!」
更に歓声が巻き起こる。そして、その歓声が少しずつ小さくなり、やがて静寂が訪れると、会議室に誰かが入って来た。
「皆さん、お疲れ様でした。今日は、ここで開発費などから、ざっと計算してボクがこの場で大体の価格設定を行わせて頂きます」
――会議室に緊張が訪れる……。そして、お偉いさんは電卓と算盤を机の上に置くと、静かに口を開いた――。
「まず、機器の材料費が……FFD本体三十万に、バイタル機材二十五万、センサスーツが二百万、ボディスキャンポッドも二百万……」
徐々に会議室にざわめきが起こり始める――。
「静かにっ! 静かにするんだ!」
「――これに、ウチのマージン入れて……税抜きで、販売価格五二三万チョイって所ですね」
ざわめきが更に広まっていく。
「次に、人件費が三十人×四か月で百二十人月、一人月八十万として、九千六百万に、その他雑費が二十万……数年は利益が出ないものと仮定して受注販売として……大体百五十台売れれば、元は取れますかね」
その後に「多分」と付け加え、お偉いさんは去っていった。
――今ここに、プロジェクトは完了を迎えたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――最後に、彼等のその後を紹介しよう……。
PLクワタ――その後もV計画の指揮をとり続ける。
SWノムラ――VRMMORPGでヒット作を一本作り上げるも、そのゲームがログアウト機能の不具合で大問題に、退社しタナカと結婚。
HWタナカ――前述のゲームでログアウト不能になった際、「LANとメインサーバの電源コード抜いてみたら」と言い放ち、サクッと実行。あわやデスゲームか? と恐怖していた人々からモニャッと感謝され、後にノムラと結婚。
山内――前述のゲームでログアウト不能になった際、テスタ特権のチートを活かし、英雄になろうとしていたところ、タナカに全て持っていかれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――彼らの戦いは、この先も引き継がれ、技術をパクられ、いつまでも続いて行くのだ……。
ここまで読んで頂きありがとうございました。