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第五話:触覚

続きです、よろしくお願い致します。

 ――いつもの様に、会議室には沈黙を保つ三つの影があった。その影のうちの一人、クワタが手元の資料を読み終わり、顔を上げた。


「――山内は?」


 呆れ顔のクワタが、呟くとタナカがその答えを提示する。


「現在、テストルームにて「これは……もっとテストしないと!」と言って、四時間ほどFFDを装着し続けています……」


「まあ、長時間プレイでの影響を観測できるから私達としては助かるんですけど……」


 歯切れの悪いノムラの言葉に、クワタが眉間にしわを寄せる。それに気付いたタナカが補足する様にまくし立てる――。


「そ、その……何と言いますか、テストルームを観測している者たち――特に若い女性研究員などから「正直、気持ち悪い」と言う報告が上がっていまして……」


「ふむ……ならば、今後は装着者の声が外に漏れないようにする必要があるな?」


「「は、はい!」」


 クワタの一睨みに、ノムラとタナカがすくみ上り、震える声で答えた。


「――まあ、その件はもう良い……」


「と、言いますと?」


 タナカが恐る恐る、と言った感じで尋ねる。クワタはその様子を確認すると、ニヤリと笑い、答える。


「画面、音声の入出力、プラスアルファの匂い……ここまでくれば、後は……」


 ノムラとタナカの表情に閃きの光が宿り、クワタの顔を凝視する。


「そう……操作だ!」


 ノムラとタナカの全身がプルプルと震える。やがて、か細い声で、ノムラがクワタに問い掛ける。


「み、味覚は……味覚は良いんですか? ――折角のVRゲームなんですし……」


「――正直、私もそこは悩んだ……しかし、ふと思ったのだよ。味覚って、視覚と嗅覚で誤魔化せるじゃん! とな……」


 ――タナカが小さく「あっ!」と叫び、口を開く。


「そうか、味覚と嗅覚は……錯覚し易い……そう言う事ですね?」


 クワタがコクリと頷く。ノムラも何となく、理解出来た様で――。


「分かりました、早速、テストデータを作成して、山内で試してみます!」


「――なら、その間に俺は触覚用のアイディアを纏めておく!」


 ――ノムラとタナカは会議室を勢いよく飛び出していった……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「操作か……普通にゲームパッドじゃ、駄目なのか?」


 ――一応、FFDには一通りの無線環境とデバイスドライバは組み込んである……ゲームパッドも既存ゲーム機のモノではあるがその中に含まれている。


 だからこそ、タナカは悩んでいた……「別に従来通りで良いんじゃね?」と……。


 確かに、革新的な操作方法であれば話題を呼べるであろう――しかし、新しい操作方法は覚えるのが面倒臭い……それだけで、売れなくなるゲーム機だってあるのだ。


「――悩んでいても仕方ない、か……」


 そう呟いて、タナカは研究室から、テストルームへと足を運ぶ……その手に、ゲームパッドを持って。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 テストルームでは、いつもの様に山内が玉座に座り、FFDを被っていた。


「――あっ。タナカさん? どうしたんですか?」


 玉座前の会議テーブルに座るノムラがタナカの来室に気付き、声を掛ける。タナカは「おう」と手を上げ、その手の中のゲームパッドをノムラに見せつけた。


「ちょっと、山内を使いたくてな?」


「そうなんですか? ちょっと待っててくださいね? 今、味覚テストが終わるところです」


 ――五分後。


「ふう……」


「で、どうでしたか? 山内」


 テスト終了後の山内に、ノムラが問い掛けた。山内は暫く考え込んだ後、笑顔で答えた。


「良いッスよ。実際には食えないんでFFD外した時の空腹感がやばいッスけど……『アーン』を夢見る野郎には満足して貰えると思うッス。後は、ワザと砂糖と塩を間違えた料理の風味とかも用意すると良いッス!」


 ――この時、密かにノムラとタナカは、山内のまともなアドバイスに驚いていた。


「あ、や、山内? 連続で悪いんだが、ちょっとこれ使ってプレイしてみてくれねえか?」


「え? パッドッスか? 良いッスよ?」


 山内はFFDを被り、FFDとゲームパッドをリンクさせる。


「――じゃあ、ついでだし……ゲームの年齢レーティング上げちゃいますね?」


 そう言うと、ノムラはFFD内にあるゲームを全年齢レーティングから少し、上に上げた物に入れ替え、変換する。


「これも、既存のゲームですから色々不具合ありますけど、タッチペンとかコントローラ使うタイプのゲームですので」


 ――そして、十分後。


「駄目ッス……これは、駄目駄目ッス!」


 ゲームパッドを地面に投げつけ、山内は吠える。


「ど、どうしたの? 山内」


 ノムラが不安気に問い掛けると、まくし立てる様に山内は叫ぶ。


「画面――視覚的には自分がそこにいるのと大差ない……耳に囁かれる声もすぐ傍に相手がいる様……ふんわり漂う香り……汗の味……どれもがリアルなのに……タッチが……タッチ操作だけが何も感じない! 駄目ッス、これは最上級の萎え萎えッスよ!」


 そう言うと、山内はトイレに立てこもり、暫く帰ってこなかった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――研究室に戻ったノムラとタナカは、深くため息を吐いていた。


「まさか……これまで臨場感に捧げて来た情熱が、あだになるとはな……」


「いえ、むしろ先に分かって良かったんじゃないですか?」


 落ち込むタナカをノムラが励ます。


「そう、だな……それじゃあ、改善策を考えるか!」


 そうして、二人は検討を開始する――。


「と、言うかですね? これって、コントローラを手袋タイプにしたら良いんじゃないですか?」


「そうか! 要は、他は自然体なのに手だけカチカチやってるのが違和感あるって事だしな?」


 ――既に慣れた物である。二人は大急ぎで、手袋タイプのコントローラを作成し、FFDとリンクさせた。FFD試作四号機の誕生である。


 ――数日後。


 ――テストルームには、山内とクワタがいた。


「今回は、早かったな?」


「――それは?」


 クワタと山内がそれぞれの反応を見せる。


「操作デバイスとして、グローブ型コントローラを用意してみました」


 タナカが答え、次にノムラが続く――。


「ちょっとしたバイブレーション機能も付けています」


「分かった……山内!」


 クワタが玉座の山内を呼びつける。山内はそのまま、FFDを被り、グローブを装着し、最後にFFDのマスクパーツを取り付ける。


「――行くッス!」


 ――そしてテストは始まった。


「――どうでも良いですが、タナカさん……」


「何だ? ノムラ」


「いえ、客観的に見てると……アレ、気持ち悪いですよね?」


 ノムラの指差す先で、山内が手をワキワキと動かしている。恐らく、何かを操作しているのであろう……。


「――そうだな……」


 密かに「改善しよう」と決意したタナカであった。


 ――テスト開始三十分後。


「――ぷはっ!」


「どうだった?」


 恐る恐る、タナカが尋ねる。


「まだ……駄目ッスね。まだ、手だけ置いてけぼりの感触ッス……やっぱり、震えるだけじゃ……」


 ――二回目の駄目出し……であった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「タナカさん、どうしますか?」


 研究室に戻ると、ノムラがタナカを問い詰める。タナカはため息を一つ吐くと、やれやれと言った感じで答えた。


「実は……アレは時間稼ぎだ、本命は――コイツだ!」


 ――逆光で、見え辛いがノムラとタナカの前には一つの影が映っていた。


「こ、これは――」


 ――一月後。


「今回は――難産だったか?」


 クワタが眉をひそめて問い掛ける。ノムラとタナカはそれに無言で頷く。――内心でほくそえみながら……。


「ええ、まあ……」


「でも、それだけの成果はあります――これです!」


 そして、ノムラはクワタと山内の目の前の幕を取り払い、白く輝くソレを見せつけた。


「ほう……」


「こ、これは?」


 クワタは「やりおるわ!」と呟き、山内は驚き、「ひゃあ」と腰を抜かしていた。


 それを確認すると、タナカが説明を始めた。


「これは、スーツ型のコントローラ兼触覚センサです。例えば、ゲーム内で肩を叩かれたりすると、その部分に手の形に沿って空気圧で、接触された感覚を送り込みます」


「RPGとかですと、剣で袈裟斬されたらその剣閃に沿って、空気圧が――と言う感じです」


 クワタは先程からニヤニヤとし続けている。恐らく、ここが大詰めだと考えているのであろう。


「良しならばテストだ!」


 ――三十分後。


「――や、山内……どうだった?」


「かなり……イイとこ行ってるっス。センサのお蔭で、何かを持ってるって感じもあるし、触れられた感触もある……でも、あとちょっと何スよ……全部が全部締め付けられる感じ何で、何とも言えないっス……」


 タナカの質問に、山内は少し、悲しげに呟く。


「そうか……」


 ノムラとタナカが俯く……。


 ――後に、クワタは語る。「あの時は、まさか三度目のダメ出しか! とヒヤヒヤしていましたよ」と。


 しかし、ここで終わるノムラとタナカでは無かった!


「――こんな事もあろうかと!」


 そして、取り出したのは先ほどのモノとは色違い――ピアノブラックに輝く全身スーツ……。


「ノ、ノムラ……タナカ……お前ら……」


 ここに来て、初めてクワタの顔に驚きと困惑の色が浮かぶ。山内も「まさか」と言った表情で驚いている。


「これは……先程の試作四・一号機に改良を加えた試作四・二号機です」


「――先程の空気圧に加えて、低周波を応用した刺激を与える様になっています」


 クワタは暫くポカンと口を開けていたが……やがて、右手で顔を押さえながら笑い声を上げる。


「クック……お前ら、予算使い過ぎだ……」


 ――しかし、次の瞬間告げる。


「よろしい……ならばテストだ!」


 ――一時間後。


「山内……? 山内! テストは終わったぞ?」


 ――クワタの呼びかけが届いていないのか、山内はビクともしない……いや、むしろビクビクしている!


「――どうなっている!」


「こ、これは……すいません、私のミスです! ちょっと、低周波による刺激が強すぎたみたいです!」


 タナカの怒号が飛び、ノムラが涙目で答える。


「クソッ! ともかく強制終了だ!」


「はい、一、二、三……山内、強制終了成功です!」


 そして、タナカが山内に駆け寄り、抱きかかえた。


「山内、しっかりしろ! 山内!」


 ――すると、山内がプルプルとその手を伸ばす。タナカがその手をしっかりと握ると、山内の口が微かに動く。


「何だ……? 何が言いたい? 山内!」


「――ダ、だっちゃ……」


「や、山内? 山内ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 そして、山内はそのまま意識を手放した……。


 ――後日、低周波刺激のレベル設定を装着者が行える様に改良を加え、更にバイタルチェック機能も加え、FFDは試作四・四号を一先ずの完成品――『FFD44』としてプロジェクトメンバに周知される事になった。

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