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第二話:音声1

続きです、よろしくお願い致します。

 ――会議室は静寂に包まれていた……。室内には『ProjectV』のPLクワタと、SW班主任研究員ノムラ、HW主任研究員タナカが配布された資料――視覚情報処理システムについてのテスト結果を読み上げていた。


「それで……山内は?」


 クワタが厳しい目で、ノムラとタナカを睨み付ける。睨まれた二人は、内心「貴方のせいだろ」と考えつつも答える――。


「はい、幸い貧血状態からはすぐに回復しました」


 ノムラが答え、続いてタナカが補足情報を加える。


「――その後、「僕は……行かなきゃいけないんスよぉ」と叫びながら、同様のテストを途切れ途切れで、都合二時間――動画の終了まで、ヤリ切りました……」


 その報告に、クワタは満足そうに頷く。


「どうやら、視覚情報に関しては、フルフェイスタイプの全周透過ディスプレイと、画像の自動認識・変換処理プログラムを基盤として開発を進めればいい様だね?」


「「はいっ」」


「よろしい……ならば、その部分の研究開発は引継ぎを済ませて、君達は次のステップに進もうか?」


「――次のステップ……ですか?」


 ノムラの言葉にクワタが頷き、テーブルの上に置かれた資料を滑らせ、ノムラとタナカの一メートル程手前に送る。


「届かないならやらないで下さい……」


 ノムラの冷たい視線に若干の悦楽を感じ、クワタがニヤリと笑う。タナカはそれを眺め、呆れながらも手を伸ばし、自分の分とタナカの分の資料をそれぞれの手元に置く。


「――音声ですか……」


「そう! 視覚の次は聴覚! これでいこう!」


 ノムラとタナカにも依存は無く、鼻息荒く、興奮しながら研究室へと戻って行くのであった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さて……困ったな?」


「そうですね……」


 ノムラとタナカは、前回作成したフルフェイス型ディスプレイ(FFD)を見つめながら、気付いてしまった事態の重さに愕然としていた。


「先程は勢い込んでいたが……」


 タナカが汗を袖で拭う。


「ええ、このFFD……」


「「音声出力が無い!」」


 ――そう……前回、『如何に自然な視界を創るか』にとらわれ過ぎて、音声出力関連の機構を百均で買えるイヤホンレベルの物しか組み込んでいなかったのだ。


 ノムラとタナカは息を呑む……これをクワタに知られてはいけない……。その思いだけが二人の脳裏に浮かんでいた。


 次の瞬間、二人はほぼ同時に、とある結論に思い至っていた。


 ――そうだ、何かあったらこの人に泥被って貰おう!


「ノ「タナカさん!」……何だよ?」


「――ハードウェアに組み込み忘れたなら仕方ないです……現状、のノイズ混じりの音声でもソフトウェアの方でカバー出来ないか、検討してみますので、この程度の失敗、気にしないで下さい!」


 ――タナカは焦っていた。怒りでも、何でもなく、ただただ焦っていた――出遅れた……と。


「で、でも「良し、そうと決まれば早速対策会議です」……アリガトヨ……」


 決着は着いた……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「もう、FFDの上からヘッドフォンを被せてみれば良いんじゃないですか?」


「ノムラ……試してみろ……」


 タナカに言われるがままに、ノムラはFFDを装着し、その上からヘッドフォンを付けようとする――。


「――っ! これは……」


 ノムラの顔が驚きと衝撃に包まれる。


「そう……サイズが合わないんだ……」


「馬鹿な……む、無理をすれば先っちょ位は……」


 FFDの上から必死にヘッドフォンをはめ込もうとするが「ミシミシ」と言う音がするだけで、パッド部が耳の位置まで届かない。


「くっそぅ! 入れ……入れぇ!」


 その時……ついに耐えきれなくなったヘッドフォンがそのアームの中頃からポキリと折れてしまった……。


「「………………」」


 床に転がるヘッドフォンを見つめていると、やがて何かに気付いた様にタナカがハッとする。


「そうだ……アームレス……アームレスならどうだ!」


 ――研究室に大急ぎでアームレスのヘッドフォンが運び込まれた。


「タナカさん……どうするんですか?」


「――まあ、見ていろ!」


 ――数日後――


 研究室の中には、改造されたFFDが運び込まれていた……。


「タナカさん……これは?」


「取り敢えず、アームレスのヘッドフォンをFFDの耳の位置に取り付けてみたんだ。中にクリアに響く様に、FFDの材質から見直した一品だ……」


「じゃあ、これで……?」


「ああ、テストルームに行くぞ!」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――テストルームに入ると、既にクワタと山内が腕組をして待っていた。


「――待ってたっスよ……」


「出来たん……だな?」


 山内とクワタに対して、ノムラとタナカが揃って頷く。


「ええ……特徴としては外部から高性能ヘッドフォンを取り付け、そこから発生する音をFFD内部で反響させ、より立体的な音声で臨場感あふれる音声を再生可能になっています」


「プログラムとしては、音声ノイズに微雑音を加えて相殺する様にしています」


 ノムラとタナカの説明にクワタは頷き、山内に顎で合図し、FFDを被らせる。


「今日の僕は――一味違うッスよ? 今日こそは……連続二時間でテストをヤリ切って見せますよ!」


 ――そしてテスト終了後。


「これ……駄目ッスよ。こんな……こんな、頭でっかちな装置じゃ、ごちゃごちゃしてて、頭が重いッスよ。頭フラフラでプレイとか、萎え萎えッス!」


 結論から言うと、五分持たなかった……。テスト開始直後から、山内は頭を前後左右にフラフラさせ、すぐさまFFDを投げ捨ててしまった。


 山内の言葉に、ノムラとタナカは再び……その場で膝をつく。


「ち、ちっくしょぉぉぉ!」


「私達……間違ってたの?」


 こうして、改造型FFD一号は廃棄となってしまった……。


 ――後にタナカは語る。


「――あの時は、ただただひたすらに……『責任問題』って奴ですか? そんな言葉が気になって、頭が重い……って事すら考え付かなかったんです」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 山内に敗北を喫したノムラとタナカは廃棄決定のFFDを前に、議論を重ねていた。


「頭が重い……か」


 タナカの呟きが、研究室内に寂しく響く――。


「そんな事にすら俺は……」


「タナカさん……大丈夫、大丈夫ですよ!」


 ノムラの励ましの言葉に、打ちのめされたタナカは顔を上げ、自らの両頬をパンパンと叩くと、勢いよく立ち上がる。


「そうか……そうだよな!」


 タナカは何時しか壁に張り付けられた山内の写真に向かって、スライムを投げ付ける――。


「覚えていろ……山内!」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――一か月後。


 ノムラとタナカは、再びテストルームに来ていた。


「さて、見せて貰おうか?」


「――ふふ……」


 クワタと山内が不敵に笑う。それを見て、歯ぎしりをしながら、タナカは段ボールの中から、改造型FFD二号機を取り出した。


「――ほう……見た感じは初期型に戻った様だが?」


 クワタがタナカをジロリと睨む。その顔は暗に告げていた「私を失望させるなよ?」と――。


「はい、前回の指摘に関して色々検討した結果、ソフトウェア面はそのままに、使用デバイスのみ変更しました」


「ほう……?」


 クワタは「先を話せ」と顎を前後に動かし、合図する。


「はい……FFD内壁を空気圧でサイズ調整して装着者にフィットする様になっています。そして、肝心の音ですがFFD内壁内部に骨伝導方式で装着者に伝わる様になっています」


 タナカの説明に、クワタは満足そうに何度も頷く――。


「――よろしい……ならばテストだ!」


 ノムラとタナカが山内を睨む……それに気付いた山内は静かに頭を下げ、FFDを手に取った。


「タナカさん……」


「ノムラ、この時が来たぞ……」


 山内はクワタ、タナカ、ノムラの順番で顔を見ていくと、不敵に笑う。


「――今日は、五分……持たせてくださいよ?」


「ああ……任せておけ!」


 そして、PCとFFDを繋ぎ、準備に取り掛かる。


「今日は、サンプルはどうするんだ?」


 クワタが興味深そうに、変換準備中のノムラに声を掛ける。ノムラは苦笑いを浮かべながら告げる――。


「今回は、音声確認だけですから……」


 その言葉を聞き、クワタは顔をしかめる。


「ダメだ! ちゃんとした製品として出来上がるまでは、テストは同じ様に行わなければ! ちょっと、どきなさい! 私が用意した素材を使おう!」


「し、しかし!」


 ――初期FFDの悲劇を思い出し、ノムラはクワタを止めにかかる。すると、そこに山内が――。


「大丈夫ッスよ……」


 そう言い、クワタにゴーサインを出してしまった。


「ノムラ……山内が良いって言ってるんだ……好きにさせてやれ」


 黙々と、山内にバイタルチェック用のコードを取り付けたり、テストの状況を記録する器具の準備をしたりしていたタナカが呟く。ノムラは「仕方ないですね」と答え、作業に戻った。


「――それでは、テスト……開始!」


 全ての準備を終え、クワタがテスト開始の合図を出した。


 ――十分経過。


「――良いですね、バイタル正常。山内からの中止サインは出ていませんね……」


 山内のバイタルチェックを担当しているノムラが、笑顔で告げる。それを受け、クワタとタナカがハイタッチを行う。


 ――二十分経過。


「ん? 若干、心拍数が……上昇していますね」


 しかし、山内からは中止のサインが出ておらず、その場の全員が緊張によるものだろうと結論付けた。


 ――九十分経過。


 ここで、事態は急変する……。


「――っ! どう言う事だ? 心拍数の上昇が止まらない! しかも……これは、窒息反応?」


 その場の全員が山内に目を向ける。


 ――すると、山内はその身体をビクンビクンと震わせていた。


「タ、タナカさん! 山内の首筋に血が……」


「またか!」


 いつぞやの様に、タナカは山内に駆け寄る。同時に山内は椅子から転げ落ち、そのままビクンビクンと震え続けている。


「ク、クワタさん……今度は、どんな動画を?」


「――E度は前回同様のモノだ……」


 ――クワタは、不本意だとでも言いたそうな顔で席から立ち上がると、ノムラやタナカ、山内に背を向ける。


「なら、何故!」


 タナカが山内からFFDを剥ぎ取ると、一筋の赤を垂らしながら、山内は白目を剥いてビクンビクンとしていた。


 ――意識を半ば手放しつつ、山内はその口をパクパクと動かしている。その口にタナカは耳を寄せる。


「――何だ、山内……何が言いたい?」


「あ……な、中……蒸れ……息……暑……臭……」


 ――その言葉で、何が起きたのかをタナカも……ノムラも……クワタも分かってしまった……。


「や、山内……お前、息が出来なかったのか? 蒸れて暑苦しかったのか……? そして……自分の息が……こもって……臭かったのか?」


 ――タナカの優しく問い掛ける声に、意識が無い筈の山内は薄っすらと微笑み返す……。


「イ……インゴーゴー……」


 ――最後に謎の言葉を残し、やがてガクリと身体に込めていた力を失った……。


「や、山内ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 ――テストルームにタナカの叫び声が悲しく響いた……。

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