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第一話:視覚

なんか、VRMMOモノが流行りと聞いたので……乗っかってみようかなと。

 ――VRMMO――


 それは、仮想現実――つまり、あたかもそれが現実であるかの如く……自分の人生を歩むが如く……ゲーム世界を歩き、走り、人と出会い、友と歩み、冒険に繰り出す大規模多人数参加型のオンラインゲームである。


 ――この物語は、そんな理想の人生を追及する夢追い人達の為に、日夜苛烈な研究開発を行う人々の、血と汗と涙の物語である。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 会議室は静寂に包まれていた。室内では三十名ほどの男女が着席し、私語をするでもなくただジッと座り込み、何かを待っている。


 ――その時だった。


 コツコツ……と、廊下を歩く靴の音が響き、直後――会議室のドアが勢いよく開かれた。


 会議室内の人間の視線がドアと、そのドアを開けた人物に注がれる。


 その人物は、潔い頭部を会議室の蛍光を反射し輝かせ、スーツの上から白衣を纏い、煙草をくわえながら、会議室の前方に置かれた巨大なホワイトボードの前に立ち、会議室の椅子に座る男女を見渡すと、静かに口を開いた……。


「さて……諸君! よくぞ私の誘いに集まってくれた! ここにいるのは、私が直接声を掛けさせて貰った者ばかりだから、既に知っているだろうが、改めて自己紹介させて頂こう……。私が本プロジェクトのPL(プロジェクトリーダー)、クワタだ。これから、よろしく頼む!」


 その瞬間、会議室内に拍手の渦が巻き起こる。クワタはその様子を満足げに頷き、見つめると両手の平を何度かリズム良く、何かを叩く様に上下に振り、拍手を治める。


「皆、もう分かっていると思うが……このプロジェクトは、成功すれば我が社『F・K』のゲーム部門……いや、ゲーム業界の歴史自体が大きく変わる! 俺達はその先駆けとなるんだ!」


 会議室内に再び、拍手と、今度はざわめきが起こる。クワタは再び先程同様、室内の静けさを取り戻すと大きく深呼吸する――。


「今、ここに! 『ProjectV』――つまり、VRゲームシステムの開発プロジェクトの発足を宣言する!」


「「「「「ウォオォォォォォォォォォォ!」」」」」


「このプロジェクトの最終目標は、ズバリ! VRMMOの開発にある! 皆、やるぞ!」


「「「「「ウォオォォォォォォォォォォ!」」」」」


 ――こうして、ここに漢達の……長く、アツイ闘いの日々が始まった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――発足式から数日、会議室ではクワタとソフトウェア班、ハードウェア班の主任研究員が集合していた……。


「さて……計画書に加えて、概算見積りも出して、当面の予算も確保できた事だ……何をしよう?」


 クワタはこの場にいる二人を試す様な視線を送る。その視線を受けて、ソフトウェア班主任は若干、身をすくませてしまったが、意を決しておずおずと手を上げる――。


「何かな? ノムラ君」


 クワタに呼ばれ、ソフトウェア班主任研究員――ノムラは、ぼそぼそと呟く様に話し始めた。


「その……ソフトウェアは、ハードウェアの規格が決まってからでないと……その、動きづらいです――特に、今回の様に新しいモノを作る場合は……試作等は随時作れますけど……」


「いや、ちょっと待て! ハードウェアとしても、ソフトウェアがナニをどんな性能で動かしたいかが分から無いと……要求が分から無いと作り様が無い!」


 ノムラの言葉に、ハードウェア班主任研究員が即座に食って掛かる。


 クワタは暫く、二人が言い合う様子を眺めていたが、やがてため息を一つ吐くと、二人に向かって問い掛ける。


「ノムラ君、タナカ君、各メディアや、ユーザが想定している、と思われる――VRMMOの最重要項目とは何だろうね?」


 その問いに、まずはハードウェア班主任研究員――タナカが答える。


「俺は……視覚、だと思います」


「私も同意見です!」


 タナカに続く様に、ノムラも答える。クワタはそれを見て、満足そうに微笑むと、再び尋ねる。


「それは、何故かな?」


「それは、一般的に『人は視覚八割』――つまり、外部から得られる情報の大半が視覚に影響されるからと考えられるからです!」


 ノムラの答えに、タナカも頷く。


「ふむ……私も似たような意見だ。それでは、こうしたらどうだろう……まずは、システムの肝となるハードウェア開発を行う――それも最優先で視覚部分を、だ……そしてその際、ソフトウェア班は組み込みシステム部分での協力に尽力する。どうかね?」


 ――ノムラとタナカが力強く頷き、ここに視覚情報の処理システム開発が始まった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「まずは、既存の製品を使用できないか、検討してみないか?」


 ――クワタ、ノムラ、タナカによる、方針決定から明けて翌日。


 タナカのこの一言から始まった。


「それは、画面に映してみると言う事ですか? それに何の意味があるんです?」


 ノムラの言葉にタナカが「チッチッチ!」と否定のしぐさを取る。


「――良くあるVRMMOのイメージと言ったら、これだろ?」


 そうして、タナカは机の上に段ボールを置き、その中からある物を取り出した――。


「それはHMDヘッド・マウント・ディスプレイ……ですか?」


「ああ、昔から『ヴァーチャル』と名の付くモノは、赤い仮想少年だって、ダイブ系の小説だって、頭に何か付けるもんだろ?」


 ノムラはそのいつの間に作ったのだか分から無い、試作のHMDを手に取り、眺め、呟く。


「――つまり、これに合わせて現実と錯覚するようなシステムを組み込めと……?」


「まあ、そう言う事だ! 頼んだぜ?」


 ノムラは若干、苛立ちながらもプロジェクトが動き出した実感を感じ、嬉々としてソフトウェア班の研究室へと籠った――。


 ――数日後――


「こ、これで……」


 青い顔で、ノムラがタナカに試作HMDを渡す。


「おうっ! どうだった?」


「――何気にコレ、ディスプレイ部分が透過スクリーン方式になってたんですね……? 言って下さいよ、そう言う事は!」


「ありゃ、言ってなかったか? すまねえ、次からは気を付ける!」


 タナカの謝罪を受け、ノムラは呆れながらも試作HMDに、何を組み込んだかを告げる。


「――取り敢えず、背景画像に対して、AR表示させる様にしました、若干違和感はあるかも知れませんが、特定の――NPCとか動くモノは立体的に感じられると思います」


 ――そして、彼らはクワタの元に行き、試作HMDを提示する。


 クルクルと手の中で試作HMDを弄んでいたクワタは、やがて「ふむ」と呟くと一人の青年を連れて来た。


「――彼は、本プロジェクト全般におけるテスタを務める、山内君だ」


 紹介された青年――山内は、ノムラとタナカに手を差し伸べ、ニカリと笑う。


「どうも、山内ッス! どうぞ気軽に『山内』と呼んでください!」


「「ああ、よろしく」」


 そして、早速山内は試作HMDを頭に付け、テストを開始する。


「――取り敢えずは、操作は出来ないただ延々と歩き続ける画像だ! 視覚的に自分が歩いている感覚になれるかどうか、試してみてくれ!」


「了解ッス!」


 ――テスト終了後。


「これ……駄目っすよ。こんな、眼鏡タイプのHMDじゃ視界にちらちら現実世界のモノが映り込んで、萎え萎えッス!」


 山内の言葉に、ノムラとタナカはその場で膝をつく。


「く……悔しい、でも、当たってる!」


「まさか……そんな……」


 こうして、試作一号は廃棄となった……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 山内に打ちのめされたノムラとタナカは、指摘された点をどうするか議論していた。


「眼鏡タイプは駄目……か」


 タナカは水の入ったグラスを手の中で転がしながら呟く。研究室は火気厳禁、酒気厳禁だ。


「そんな事は分かっていたつもりだったんだがな……」


 その時――ハードウェア研究室のドアが勢いよく開いた。


 ――ノムラだった。


 ノムラはバインダに束ねた、前回のテスト時に気付いた事を纏め、タナカに突き付けた。


「――どうせなら、全部対策しちゃえよ!」


「――っ! ノムラ……!」


 タナカはグラスの水を一気に飲みほし、バインダを受け取り、ノムラに告げる――。


「見ていろ……山内!」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――二か月後。


 ノムラとタナカは、再びクワタの待つ総合研究室にいた。


「さて、見せて貰おうか?」


 タナカは段ボールの中から、試作を取り出しクワタに渡す。


「――ほう……フルフェイスタイプにしたんだ?」


 好奇心を煽られたクワタがタナカに問い掛ける。


「はい、前回の指摘に関して色々検討した結果、その方が良いかと……中身は全面がディスプレイとなっています」


「なるほど……それなら、多少動いても問題は無いだろうしね?」


 タナカは頷き、更に告げる。


「ディスプレイは、複層式の透過スクリーンとなっています。臨場感や遠近感は中々の物となっています」


 クワタは満足そうに何度も頷く――。そこに、ノムラからの補足が入る。


「因みに、画像処理として動物、静物、風景、人物などをサンプル参照や、動体検知などのシステムを組み込んで動画などを自動的に本システム用に変換出来る様にしてあります」


「ふむふむ……」


「もちろん、専用に作るソフトなどはスクリーンの階層指定などで、奥や手前、など細かに設定する様な仕様となっています」


 ――重い沈黙が、五分ほど続き、その間、クワタは黙り込み何かを考え込んでいる。


「――よろしい……ならばテストだ!」


 ノムラとタナカの顔が引き締まる……そして、一同は山内が待つ、いつの間にか作られたテストルームへと足を運んだ。


「あ、皆さん……」


 山内は三人の姿を確認すると、ゴクリと唾を飲み込む――。


「――遂に……来たんスね」


「ああ、リベンジだ!」


 タナカはそう言うと、山内にディスプレイを渡す。


「では、椅子に腰かけて? フルフェイスタイプのディスプレイは作った事が無かったからな……今回からは、バイタルチェックも入れさせて貰うぜ?」


 タナカの説明に、山内は静かに頷き、ゴーサインを出す。


「――画像は前回と同じく、た「ちょっと待った!」……クワタさん?」


 ノムラがディスプレイに画像を取り込もうとすると、クワタからのストップがかかる……。


 ノムラとタナカに緊張が訪れる――まさか、何か不備があったのか? と……。


「折角変換システム組んだんだから……映像も変えてみようよ?」


 ノムラとタナカは内心ホッとしていた。何故なら、動画変換は自分達で、何度も確認している、今更不備は無いと……。


「じゃあ、私が変換作業をしてみよう、ノムラ君、説明よろしく!」


 ――恐らく、純粋な好奇心であろう……クワタの顔は子供の様に無邪気であった。


「――それでは、テスト……開始!」


 動画の変換作業が終わり、テストが開始される。山内以外の人間にはディスプレイ内部で何が流れているのか……ちゃんと、仮想現実として認識できているのか見る事が出来ない。


 ――三十分程、緊迫した空気が続いたその時……。


「――っ! どう言う……事だ? バイタルが……心拍数の上昇が止まらない!」


 バイタルモニタをチェックしていた研究員から、動揺の声が上がる。


「な、何だと! どうなっている!」


 研究員達に向かってタナカが怒鳴るが、誰もかれもが「分からない、知らない」と首を横に振る。


「――っ! タ、タナカさん! 山内の鼻から!」


「何ぃ?」


 ノムラの声に、タナカが振り返ると、山内の鼻から真っ赤な線が一筋流れ、山内はそのまま地面に倒れ込んでしまった。


「は、鼻血? まさか、脳に何か?」


 これまで、ノムラとタナカ達の間での内部テストではこの様な事は一回も無かった……ノムラとタナカは大慌てで山内に駆け寄り、いち早く山内の元に辿り着いたタナカが、地面に倒れた山内を抱きかかえる。


「タ、タナカさん、山内は?」


「シィッ! ノムラ……静かに!」


 そして、山内が何か呟いているのに気付いたタナカはそのまま、山内の口に耳を当てる。


「ボ……ボイン……ボインが……」


「――はっ!」


 何かを察したタナカは山内を抱きかかえたまま、クワタに振り向き、震える声で、ゆっくりと、確認する様に尋ねる――。


「ク、クワタさん……何を……どんな動画を変換したんですか?」


「――私の……秘蔵の、無印ヴィデオだ……」


 ――クワタは、悲しそうに微笑み席から立ち上がると、タナカ達に背を向け、呟いた。


 その言葉を聞いていたのかいないのか、山内がプルプルと震えながら――。


「ア……アワビアワー……」


 その一言と共に、山内の鼻からブワッと大輪の花が咲いた――。


「や、山内ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 ――テストルームにはタナカの叫び声だけが響いていた……。

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