第5話 日曜の朝。
「やっぱイケメンだよね~。クッキー」
「……そうだね、クッキーだね」
朝。小鳥の声がする朝。
いや、小鳥じゃないか。この鳴き声はどう聞いても鳩だ。鳩は小鳥に分類されないよね?たぶん。
まあそんなことはどうでもいい。
開け放たれたカーテンからはまぶしい日差し。今日は良い天気になりそうだ。
僕の住むアパートの部屋には、いつも通りいまりが居る。
下着の上に長袖のTシャツ一枚という、なかなかにあられもない格好だ。
寝癖も少しついていて、30近い女性とは思えないだらしなさである。
朝からそんな姿をした彼女が部屋に居る――――まあ、要するに昨日から泊まっていったわけだ。
「朝チュンかよ。ハイハイ、良かったね、読むのやめるわ」と思った方々もいることだろう。
まあ、それは仕方ない。何も言うまい。
厳密に言えば朝チュンじゃなくて朝ホーホホッホホーなんだけど、そんな言い訳をしても始まらないだろう。
日曜の朝に彼女が部屋に居る、という事実は変わらないのだから。
しかし、普通に考えれば男性として穏やかな幸福をかみしめる時間であるはずのこのモーニングタイムに、僕はあまり上機嫌とは言えない気分になっていた。
その理由は、低血圧のせいではない。
「いやー今期は当たりだわ~。変身後のデザインもいいし、俳優もちゃんと演技してるもんねー」
この、ニコニコ顔のいまりである。
「そう?デザインに関してはネットで賛否出てるけど」
「出ーたよー、ネットの意見に流されちゃう感じ?どう見ても格好いいじゃん」
「それはまあ、人それぞれだと思うけど」
語尾に「けど」が多くなるのは、僕が不機嫌な時のクセだと、昔彼女に指摘されたことがある。
しかし、今のいまりは全くその部分に気付くことなくテレビに熱中している。
液晶パネルに映っているのは撮りだめしたアニメでもゲーム画面でもない。
リアルタイムで放映されている地上波だ。
そう。毎週日曜の朝と言えば。
「変身シーン来たーっ!」
特撮である。
変身してバイクに乗って怪人を退治する正義の味方なアレである。
いまりは、それほどディープなオタクではない。
人並みに漫画も読むし、アニメ観るし、ゲームもする。
でも僕と一緒で、「これは」というほど深くハマりこんでいるものがない。
ちょっとサブカル入っててマニアックなバンドやお笑いを好むけれど、ツアー追っかけたりライブDVDを集めたりするほどでもない。
前衛的な漫画やグッズを求めて某ヴァンガード村に通ったりもしない。
趣味のチョイスがそっち寄りなだけっていうか。
オタ趣味も決して僕に合わせてくれているわけじゃなく、自発的な志向なんだけど、どれもこれも熱烈じゃないのだ。
そもそもあまり人生にやる気を感じない生き様だし。元ダウナー系だし。
そんな彼女を何故か今、夢中にさせているのが特撮なのである。
「――んで、いまりはコーヒーと紅茶どっち?」
「んー、コーヒーで~」
火にかけたヤカンが音を立て始めたので、二人分のコーヒーを準備する。
……いやまあ、僕も嫌いじゃないけどね。
それなりにこの枠は観てるし、つぶやきとかネットでの実況が盛り上がってるのもわかるし。
でも、まあ、こんなことを言うのはアレだけどさ。
三次元に彼女が入れ込んでるって、ちょっと面白くないものがあるわけで。
「この怪人、頭悪いよねー。そんなまどろっこしいことしないで、人質取ればいいのに」
……いるよな、こういうツッコミするヤツ。
三次元で言えば、いまりは男性アイドルなんかにはほとんど興味を示さない。
というかむしろ、アイドルのファンを名乗るのが恥ずかしいというフシさえ見受けられる。
アイドルのファンは恥ずかしくて特撮俳優のファンは恥ずかしくないという心境はイマイチ理解出来ないが、こういうタイプの女性も多い気がする。
僕から見たらどっちも一緒に見えるけどね。
「トースト何塗るよー?」
僕はトースターの中で焼ける食パンの焦げ具合を見ながら、ソファに座る28歳児に話しかける。
「ヨーグルトー」
……用意してねえよ、んなもん。
くだらねー嫉妬乙、と言われるかも知れない。
でもやっぱり、相手はイケメンなのだ。
この手の主役に起用される俳優というのは、結構ストレートな男前なのだ。
さわやかな風貌、長い足、細身だけど筋肉質。動きもキビキビしてて、声も良く通る。
スキがない系ハンサム。
ハンサムって言葉を使うのはオッサンなのかも知れないけど、ハンサムって言葉ほど特撮主人公に似合う表現もあまりない。
全国のお母さんをトリコにしちゃう、広い範囲に受けるタイプだ。広範囲爆撃機だ。
まあ、はっきり言って僕に勝てる要素はひとつもない。
しかも俳優は実在しているのだ。
いくら「イケメンは鑑賞するもの」と言ってもね。
やっぱり、三次元が相手なのはちょっぴり引っかかるものがあって当然だよね。
そりゃ二次相手ならいくらでもハァハァしてくれてかまわんよ。
僕だってよくしてるし。
…………もちろん女性の二次に、だよ?
「おお、ここでアニキ来るかっ!」
ちなみに言うと、彼女はいわゆる腐女子ではないらしい。
何度か聞いてみたことがあるけれど、「アタシなんて全然」という返ししか聞いたことがない。
でもなぁ。
この助っ人キャラと主人公の友情に目をキラキラさせてるのになぁ。
まあこのあたりのレッテル貼りは色々危険なのであまり言及しないでおきたいところである。
いわゆる処刑用BGMが流れている。
僕は冷めた目で彼女を見ながら、小さな流しの横で焼けたトーストにマーガリンを塗る。
マグカップにコーヒーを注いで完成だ。
「――ほれ、朝メシ」
僕はトーストとコーヒーを冬にはコタツも兼ねるローテーブルの上に置いてやる。
「……あー今週も良かったなー」
最近のこのシリーズにはエンディングテーマというものがない。
なんだかアッサリ終わるので肩すかしな感じがある。
そしてテレビ画面には変身グッズのCM。
ピカピカと光るそのアイテムをこの赤メガネ女は結構真剣な目つきで見つめているから怖い。
やれやれ。もうちょっと年齢と性別を考えろよ。
…………さて、と。
いまりがテレビに釘付けになっている間に朝食の準備を終えた僕は、ようやくいつもの二人がけソファに腰を下ろす。
画面に表示されている時刻は8:29。もうすぐだ。
悠々とコーヒーを口に含むと、ちょっとだけ気持ちが上向いた。
日曜の朝はこうでないと。
じわりとテンションと血圧が上がる。
「…………ユウくんってさー。ちょっとロリな人だよね」
トーストをかじりながら、いまりがぼやく。
「それは違う。魔法少女は男の夢なのだよ」
レンズの奥の冷めた視線が突き刺さる。
そう。
特撮モノが終わった後と言えば。
「お、始まった」
小さな女の子向けの時間である。
画面にカラフルなタイトルが浮かび上がり、ポップなメロディが流れ始める。
「そういう人向けに作ってある作品ならまあ、わかるけどさ-。この番組は流石に、ねえ」
「何を言うか。これは公式がメインターゲットを女児アンド20代男性と認めてる作品だよ?僕が観ても何の問題もないんだよ?」
「はあ……」
それに二次元だ。何の問題があろうか。
「今期は当たりだよなー。声優もいいし、キャラデザも歴代トップクラスだし」
「ソウダネー」
「特に黄色の扱いがいいもんな-。ただあざといだけじゃなくて、ちゃんと成長物語として成立してるというか」
「年齢と性別を考えろよ……」
「ん?何か言った?」
「…………今度コスプレしたげよっか?」
「えっ!マジ!?」
「食いつき良すぎてキモいわ。てか30近いおばちゃんにそういうの求めるな」
「えー」
……まあ、似たもの同士なのかも知れないね。
どのシリーズが一番か議論は不毛。