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第4話 あの頃の君は。

「ねえユウくん-」


 僕のベッドから、いまりのだるそうな声が飛んでくる。


「何?」


 PCデスクの前に座ってのんびりしていた僕は、相手の声に合わせたような気のない返事を返す。


「錬金術ってさぁ、現実には不可能だったって話だけどさぁ。なんか現代だと不可能じゃないらしいよー。水銀にガンマ線当てると金になるんだってー」


 ……いるよな、こういうこと言うヤツ。


化学(ばけがく)じゃあ不可能って意味だろ」


「でもなんか、錬金術師って魔法使いみたいなイメージだよねー。金作ろうとか全くしない感じの」


「そりゃまあ創作に出てくるのはそうだろうよ」


 ここでパラケルススだの賢者の石だのを持ち出してうんちくを語れればいいのだろうが、僕にはそんなことは出来ない。

 悲しいかな、所詮はそういうのが好きなだけのニワカなのだ。世間では一緒にされやすいが、本物のオタクとオタク趣味の間には大きな差がある。

 もっと厳密に言えばオタクと一言で言っても何を専門とするかによって全然違うし、海外でオタクが評価されるのはそれが個人研究のレベルにまで達しているからこその側面があって――…………みたいなことを語り尽くせる知識があれば僕もニワカ卒業出来るのかな。


「なんか腰痛いなー。揉んでくれない?」


「ヤダ」


 相変わらずの休日だ。

 あまり気合いの入ってない格好のいまりが我が家にやってきてダラダラするだけの週末。

 全くもって恋人という雰囲気はない。

 彼女は僕のベッドでゴロゴロしながらマンガを読んでいるし、僕は僕でネットをチェックしながらブラウザゲーをポチポチやっているという、倦怠期まるだしな二人である。


「なんか面白いことあった?」


「んー、何もない」


 モニターの中はいつも通りつまらない情報であふれていた。

 とある実名系SNSは子育て日記と化してるし、某つぶやき系コミュニケーションサービスは時事ネタにいかに上手いこと言うか選手権が開催されている。

 ブラウザゲーの可愛い二次元キャラだけが戦果を上げてくれる、世知辛いネットの海だ。

 お、レア娘出た。ラッキー。


「………………」


 カチカチというマウスの音がやたら大きく響く。

 ヘッドフォンを付けていないのでゲームBGMも聞こえない。

 いまりがガサガサとマンガの次の巻を探しているのがわかる。

 コミックスを集めるってのはリーズナブルな分、かなり場所を取る趣味だ。この、大して広くもないアパートの一室も本棚に入りきらないマンガがベッドのまわりで蟻塚のようにいくつも山を作っている。

 そんな紙の山に囲まれた彼女は、時折どーでもいい話題を振っては僕のあまり面白くもない返しを聞いて、またマンガの世界に没頭してゆく。

 お昼を食べた後の週末の午後は特に胸躍るようなイベントもなく、無駄に時間を浪費していくだけの気だるい空気が流れていた。


 ………………。

 んー。

 こんなことでいいんだろうか。

 世間一般の恋人同士ってのは、いったいどうやって二人の時間を過ごしているものなのか。

 インドアな僕たちにとっては永遠の課題のひとつだ――――ってほど大げさなもんでもないんだけど。

 もちろん気まずさに耐えられなくなるようなウブな時期はとっくに通り過ぎているけれど、それでも、いい歳したカップルがやることって他にもっとあるんじゃね?と、時々罪悪感にかられることもある。

 ううむ。

 僕はブラウザを閉じ、PCデスクの前で大きく伸びをした。

 見た目だけはメッシュが入った安物のチェアがギィギィと音を立てる。

 

「なあ、いまり」


「なにー?」


「たまにはどっか行くか?」


 さりげなく言った僕の一言に、彼女はマンガから顔も上げずに反応した。


「どっかって、どこよ」


「なんかリクエストない?」


「丸投げかい……」


 ここで男らしくグイグイと女性を引っ張っていける性格ならとっくに結婚してたかもしれない。

 いや、まあ、自分で言ってて情けなくなるけれども。


「あのねぇ、どっか出かけるなら出かけるなりの格好をしたいじゃない。いきなり言われてもこーまーるーの」


 ベッドの上で4コママンガの大判コミックスを手にしたまま、うつぶせで頬を膨らますいまり。


「えー、別に今だって普通のかっこじゃん」


 確かに気合いは入ってないかもしれないが、外に出るのに恥ずかしい格好とは思わない。

 鎖骨丸見えラウンドネックに、寝転がっているせいか少し腰と下着(ライトブルーだ)が見えちゃってる細身のコットンパンツは少々だらしない印象もあるけど、服自体は彼女によく似合っている。

 そもそも僕の部屋に来るまでに外を出歩いてきてるわけだし。

 何年一緒にいようと女ってわからないもんだ。


「それにいまりの学生時代を思えば――」「その話はやめろ、な?」


 僕の言葉を遮って、ドスのきいた声が飛んでくる。

 あー、やっぱり今でも地雷なのか。


 ――実を言えば。

 出会った頃のいまりは、ちょっとこじらせちゃった感じのダウナー系女学生だったのだ。


 垂れ目がちなのに目つきが悪く、何故かいつも目の下にクマがあるようなタイプ。

 色白の肌は美白っていうより青白くてどこか不健康そうで。

 当時真っ黒だったセミロングのストレートは前髪が触れると切れそうなぐらいまっすぐに切り揃えられていて、景気の悪そうな表情に拍車をかけていた。パッツンと言えば聞こえがいいかもしれないが、あの髪型って結構人を選ぶんだよね。

 色気を感じさせない体型と露出の低いファッションは清楚というより地味で、何故かいつもロングスカートを履いていたことだけはよく憶えている。

 風邪を引いているわけでもないのにマスクをしていることが多く、サークルメンバー達の率直な意見は「気味が悪い」がほとんど。

 よく見れば顔のつくりはそれほど悪くないんだけれど、いつも不機嫌そうな無表情で、全くと言っていいほど男性陣からの人気はなかった。

 男女問わずアクティブでオシャレなオタなんて珍しくもない時代だ。

 ウチのサークルにも〝姫〟みたいなモテるコも少数ながら居た。

 そんな中でまあ、ちょっと、トガった感じのいまりは売れ筋ではなかったわけで。

 積極的にコミュニケーションを取っていくタイプでもなかったし。


 なんでそんな女と付き合うことになったんだと聞かれても答えようがない。

 色々あったんだけれど、一言でいうなら「好みだったから」だろう。

 趣味悪いとか言うなよ?

 社会人になって爽やかな身だしなみを意識するようになってからはそれなりに垢抜けたけれど、僕としてはあの頃のいまりには結構萌えるものがあったんだけどな。


 ……まあ本人からすると黒歴史なのかも知れないが。

 現に今もちょっと顔を赤くしてるわけだし。


「とーにーかーく。出かけたいなら前もって言うこと。わかった?」


「いやまあ、いまりがそれでいいならいいけど」


「もーなんなのよ急に」


「……んー」


 あまり面と向かっていうのは恥ずかしいな。


「ほら、まあ、なんつーの?折角の休日なんだし、たまにはこう、サービスの一つでもしてやろっかなーって」


 この照れ隠しな上から目線に、いまりはニヤリ、と唇の端を上げる。

 マンガならここでメガネが光っていたことだろう。


「……ほほう。この歳になって今さらそんなことを言いやがりますか。ユウくんに、釣った魚に餌をやろうとする慈愛の心が残っていたことが驚きだわ」


「失敬な。このあふれんばかりの愛が届いてなかったとはね」


「ハイハイ」


 そう言って彼女は興味を失ったかのようにマンガのページをめくる。

 やれやれ。どうやら僕の倦怠期脱出計画は失敗に終わったようだ。

 んー。

 まあちょっと急過ぎたかな。

 そう思った、その時。


「…………何でもリクエストしていいの?」


 おや。


「え?あ、ああ。あんま高いトコじゃなければ――」


「違うわよ。出かけないって言ったでしょ」


「どういうことだよ」


 ベッドの上のいまりは、コミックスで顔の下半分を隠しながらこちらに意味深な流し目を送ってくる。


「サービスしてくれるんでしょ?……出かけなくたって、やれることはあると思うんだけど」


 ん?


「え、ええと」


 うつぶせからむくりと上半身をそらして、僕のいるPCデスクに顔を向ける彼女。

 赤いメガネの奥の瞳が、揺れている。

 ほんの少し小首をかしげて、どこか媚びるような表情で。


「……気持ちいいコト、して欲しいな」


 !?

 一瞬思考が止まる。

 いまりの白い鎖骨が妙に艶めかしく見える。


「あ、え、いや、それでいまりが満足するなら……」


 え?なに?そういう話?ちょっと欲求不満だったりなんかするわけ?

 おいおい、そういうことなら早く言ってくれれば。

 僕だってやぶさかじゃあないっすよ。

 そのへんの草食系ボーイとは違うところをお見せしますよ。

 ルパンダイブですよ。


「じゃあ、来て……」



 ◆◇◆◇◆



「あ~生き返るわ~」


「……………………」


 僕の下で、いまりが気持ちよさそうな声を出す。


「なにムスッとした顔してんのー?何でもサービスしてくれるって言ったよねー?」


 僕はうつぶせのいまりの上に馬乗りになり、両手を腰に当てている。


「……別に」


「なんか、期待してたわけー?ニヤニヤ」


 ……だから擬音をわざわざ口に出すな。


「アタシはちゃんと腰揉んで欲しいって言ってたじゃない」


「まさかアレが伏線だったとは……」


「何年経ってもユウくんのDT力は衰えないねー。かーっ若いなー」


 誰かこのオバチャンどうにかしてくれ。

 くそう。

 僕はふてくされ気味に言い返す。


「そういういまりは歳とったよなぁ。あーあ。学生時代のいまりは可愛かったのになぁ」


「その話蒸し返すの禁止っ!」


 僕の下でうつぶせになっているいまりが、耳を赤くする。

 ちょっと身体をこわばらせているのが伝わってくる。

 ………………。

 その姿を見ていると、まあ、今でも可愛いと言えなくはないかなと思わないでもなかったりなんかしたり。


「ユウくん、もしかして、その……、ちょっとおっきくなってない?」


「誰のせいだと思ってんだよっ」


 そう言って僕はいまりの腰をギュッと押してやった。


 倦怠期を心配するのは、もう少し歳を取ってからでいいのかも知れない。


青年誌とかでやってる日常系8ページ漫画ぐらいのノリを目指したい。

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