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第3話 もちろん外食だってする。

 ――その時、僕は深く考えていた。


 「山盛り」とはどういう状態について使われるべきなのかについて。

 その分量の境界線について。


 少なくともだ。

 「山の形状のように盛られている」状態でなければ山盛りという表現を使ってはいけないのではないだろうか。

 その定義にあてはめて精査するならば、なるほど、目の前にある揚げたジャガイモの切れ端の集合体は、若干中央部が盛り上がっているように見えなくもない。

 この店で「たっぷり山盛りフライドポテト」と呼称されている280円のメニューは、「山のように盛られている」と言っても過言では無いだろう(嘘、大袈裟、紛らわしい、のジャロルールに(そく)して言うのであれば、大袈裟には抵触している可能性はある)。

 なぜなら中央部が若干盛り上がっているのだから。

 もしかすると「山」の定義から洗い直さなければならないのかもしれない。


 あるいは、ファミリーレストランのサブメニューごときに期待したのが間違いだったのだろうか。

 いや、そもそも自分は期待していたのか?


 …………。

 オーケー。認めよう。


 僕は少なくともこのファミレスのフライドポテトの〝最低限の分量〟に期待していたのだ。

 そうでなければやたらと化粧の濃いパートのおばちゃんが似合わないウエイトレス姿でこの皿を僕の目の前に置いた時、ここまで落胆はしなかったはずだ。

 あるがままを受け入れて、何の疑問も持たずに油と塩と炭水化物の織りなすジャンクなハーモニーに(ささ)やかな満足感を得ていたはずだ。

 僕は「たっぷり山盛りフライドポテト」が期待していたより少なかったからこんな落胆を覚えているんだ。

 まずはそこを認めよう。


 だが、その認識を得たところで状況が好転するわけではない。

 今更店員を呼んで「これで山盛りと名乗るにはちょっと分量が少なすぎるのではないだろうか」と抗議したところで、量が増えるわけでも280円が返ってくるわけでもない。

 客観的に見て、そんなヤツただのクレーマーだ。


 そして僕はひとつの教訓を得る。


 『もうこのファミレスではフライドポテトを頼まない』


 それだけのことだ。

 しかし、それでも納得がいかないものは納得がいかない。

 座っている合成革のソファの後ろには成長し過ぎた観葉植物があり、さっきから背中に当たって気持ちが悪い。かといって避けて座ろうとすると若干無理な姿勢になってしまう。

 窓の外はぐずぐずと中途半端な雨がずっと降り続いていて、ガラスに雨粒がへばりつき、通り過ぎる車のヘッドライトに照らされ続けていた。

 思い切って向かいに座っている、さっきからスマートフォン片手に一喜一憂している彼女に思いをぶつけてみることにする。

 パーカーにジーンズというフリマ好きの主婦みたいな格好の彼女に共感してもらえれば、少しは気持ちも晴れるかもしれない。こういうときにグチを言える相手というのは大事な存在だ。


「……このフライドポテトってさ、どのへんが山盛りなの?」


 七橋いまり――、職場ではセブンブリッジと呼ばれているらしい(名字を英語風にしただけで特に意味は無い)彼女は、一瞬ポカンとした表情をする。


「え、なに?ごめん、聞こえなかった」


 どうやら本気でゲームアプリに没頭していたようだ。

 僕は無言で被っていたモノクロチェックのポークパイハットを外し、ボリボリと頭をかく。

 最近髪型を整えるのが面倒で、休日の外出時は帽子ばかり被っているけど、頭皮へのダメージとか大丈夫なのかな?と、ちょっと心配になるお年頃の僕である。


「どしたの?なんか言ったんじゃないの?それよりそのポテト貰っていい?」


「すでに手を伸ばしながら許可を取ろうとしない。そしてそのフライドポテトが少ないって話だったんだよ」


「けちくさいこと言うなあ。普通ファミレスでフライドポテト頼むってことは、ご相伴(しょうばん)にあずかっているみんなで分け合いましょうってことじゃないの?それとも全部一人で食べる気だった?」


 そんなことを言いながら彼女の手は止まることもなくポテトを一つ掴んでそのまま口へと持って行く。もしょもしょと咀嚼(そしゃく)する姿はどことなく小動物を連想させた。


「いやまあいいけどね」


 小さくため息をつく。


 今さら言うまでもないが、僕といまりはだいたい週末になると二人で過ごすことが習慣になっている。

 そうなると、自然、食事は二人で取ることになる。

 当然ながらそれなりに外食もする。

 お互い、自炊が全く出来ませんってわけじゃないけど、やっぱ面倒だったり外でメシ食いたいってこともあるわけで。


 それでファミレスって学生カップルじゃあるまいし、社会人の週末デート(?)なんだからもっといいとこで食事しろよ、という意見はあるだろう。

 でもね。

 ファミレスはファミレスで、特にこれといって食いたいものが無いときなんかに便利なのよ。

 予約だの行列だの服装だの面倒くさいこと気にしないでいいから気楽だし。

 お財布にも優しいし、深夜まで開いているので晩飯が遅くなっちゃっても大丈夫だし。

 僕たちもいい加減付き合い長いので、今さら夕食一つに肩肘張って雰囲気を求めたりしない。

 いまりは女子力低下を恐れているのか、たまに思い出したように、隠れ家的なダイニングバーの情報をどこからともなく仕入れてきて酒の苦手な僕を差し向かいに一人しこたま飲むと言う、女子力よりもむしろオッサン力を高める行動を繰り返しているが、そんなのは月に一回あるかどうかだ。

 

「ポテトもいいけど、なんかデザート食べたいなあ。ほら、あのパンケーキにクリームガッツリ乗ってるようなヤツとかないかな?」


 いまりは手にしていたスマートフォンを置いて、メニュー表を取る。


「今から?太るぞ」


「ユウくんだって、Wハンバーグセットライス大盛りにフライドポテトってちょっとやり過ぎじゃない?」


 そう言う彼女はトマトクリームソースのパスタのみである。

 僕だったらちょっと物足りないかなって思う量だ。


「僕は昔っから食べても太らないって知ってるだろ?」


「そういう人ほど、油断するから年取って腹出てきたりするらしいよ~」


「うっ」


 まあ、正直こういうジャンクなメニューばかりだとヤバいかも、と思う年齢ではある。


 夕食と言うには遅すぎる時間のファミレスは、大学生ぐらいの集団が大きな声で騒いでいた。

 そういう連中を見ていると、「ああ、僕たちもこういう時期があったなー」と感慨にふけったりもしてしまう。

 あの頃はカロリーとか気にせず食べたいものを食べたい時に食べる毎日だったなぁ。

 なら今は気にしてるのかと言われるとあんまり気にしてないけれども。


「学生っていいよね~」


 僕のそんな思考を読んだのか、いまりはメニュー表を開いたままさりげなく視線を横にむける。

 付き合いが長いとなんとなく考えていることがわかるものだ。

 僕らのテーブル席の通路を挟んで隣には、いかにもフレッシュな若者達が座っていた。


「僕らも昔はファミレストークとかやったなあ」


「携帯ゲーム持ち込んで深夜までドリンクバーとかねー」


 店側もいい迷惑だったことだろう。


「……でもあの組み合わせはどうなんだろ」


 僕らの視線の先の、恐らく大学生ぐらいだろうと思われるメンツ。

 男3に女1という組み合わせである。

 表面上はいかにも青春真っ盛りな爽やかさがあるが、男女比だけで荒れそうな臭いがぷんぷんする。


「女の子の隣が本命かな?」


「果たして本命がいるのかねえ」


「あー、アタシらん時の〝姫〟みたいな?」


「そうそう、いたね~。〝姫〟。今何してんだろ」


 ――――姫、と聞いて、苦い思い出とともにピンと来た方も居るかも知れない。

 まああれだ。よくある例のアレってやつだ。

 

 それは学生時代のこと。

 僕たちが所属していたサークルにも、例に漏れず、いわゆる「サークルクラッシャー」だの、「オタサーの姫」だの呼ばれる人種が居たわけで。

 意味が分からない方は、検索してみてもいいし、しなくてもいい。

 そのおかげで、いかにも大学生らしいドロドロした青春を間近で眺めさせていただいたものだ。

 ……みんな若かったなあ。


 当時すでにユルユルとしたお付き合いを始めていた僕といまりは、その嵐の中に飛び込むこともなく、あくまで傍観者としてサークルカーストの隅っこにいたのだけれど。

 それがむしろ姫の不興を買うハメになり、少々不快な仕打ちを受けた記憶もある。

 姫の側近から理不尽なケンカを売られたり、姫自らが出陣してきて僕にちょっかいを出してきたり。

 サークルの連中は姫のことを「あの娘は天然だから仕方ないよ」って言ってたけど、すでに出来上がってるカップルを壊しに来たりするような方を「天然」とお呼びするのはいかがなものか。


 …………まあしかし。

 いまりには秘密にしてるけど、おかげでちょっとだけオイシイ思いをしたこともあったりして。

 姫が得意としておられた、「酔ったフリ」や「ラッキースケベを装った色仕掛け」は、確かに見事な技術だったからね。

 墜ちる男が多かったのもうなずける話だよね。

 具体的に言えば、まあ、その、おっぱいぐらいは触らせてもらえたよね。

 あれは柔らかかったな、うん。


「………………おい」


 突如、凄く不機嫌そうな声が向かいから飛んだ。

 

「え?」


 赤いフレームのメガネの奥からのぞく、ジトーっとした目線。

 その目線の主は、おもむろに皿に添えてあったレモンを取って思いっきりポテトの上に絞る。


「あーーーっ!何すんだよっ!」


「うっさい。ここにデスソースがなかったことを幸運に思うがいい」


 デスソースって何だよ。

 てか、なんでファミレスはフライドポテトにレモンを添えるんだよ。


「唐揚げならまだしも、ポテトにレモンはないだろっ?急にどうしたんだよ?」


 しかし。

 そこでいまりは、にっこりとした笑顔を見せる。


「じゃあ、今何考えてたか、言える?」


「………………え、えと、なんのことかな?」


「姫の話題を出した後に?あんなだらしない顔して?しらばっくれるつもり?」


 一切笑顔を崩そうとしない彼女である。


「……………………。デザート何食べたい?」


「それは追及してくれってフリかな?」


 隣の席からは、若者達の大きな笑い声が途絶えることなく響く。


 ……今夜のファミレスは長くなるかもしれないな。

 

 僕はそう思って、酸っぱいポテトをかじったのだった。

「こんなのユルオタじゃないわ!ただのリア充よ!」

「だったら爆破すればいいだろっ!」

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