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循環夢想  作者: 三枝あい
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レクイエム

その研究は今に始まったことじゃない。

科学がある程度進むと、最初は夢物語のように、だがだんだんと現実味を帯びて、それは今やいつ実現するのかという段階まで到達し、そして人々の知りえぬ間に現実にはすでに稼働している。

俺はまあ機会があってその研究の一端に携わっているのだが、金持ちの妄想じゃあるまいし、氷漬けになってまで遠い未来に興味は無い。


インターフォンが鳴る。


受話器を持ち上げ、推何。

依頼者の代理人だ。氷漬けになりたい物好きの代理人。

俺はすぐにドアを開けて、愛想良く招き入れた。

実験の成果、予期されるマイナス面とそれを補う様々な対応策。現在進行中の新たな取り組みとその実現性エトセトラ。

代理人は微に入り細に入り質問を投げ掛けるが、答えは曖昧にしか成り得ない。成功した本人が、話が違うと気を吐いたところで俺は責任をとれる状態じゃないし、失敗したら死人に口無しだ。

では何を持ってこの事業が進められているかというと、純然たる契約に基づいている。

氷漬けに為る前に交わした契約は本人と共に凍結され、解凍後は凍結前と変わらず効力を発揮するらしい。

本当かよ。


まあそんなことは関係なく、俺はただ窓口として出来るだけ詳しく説明を行い、利用者に安心(!)して契約をしていただけるように計らうだけだ。

代理人は仮契約書を作成すると、また改めて。と挨拶をして出て行った。


軽い疲れを覚えて、煙草に火を付ける。肺まで吸い込み、吐き出す。


インターフォンが鳴った。


のろのろと受話器を取ると、学生の声がした。

俺は少し待って。と言い、煙草を味わってからドアを開けた。


小柄でショートボブの何だかいう海外の犬みたいな子だ。ゼミ生で俺によく懐いている。そういうところも犬みたいだな。


今日の仮契約を踏まえての顧客名簿を研究所に提出しなければならない。

彼らはお客様であり、パトロンであり、広告塔だ。ビッグネームであればあるほど、研究の価値と投資家の興味を引き上げてくれる。


「コーヒー出すから、ここで待っていて。今、頼みたい書類まとめるから」


扱うネームバリューから、この仕事はなかなか制約が厳しい。俺自身が研究に携わっていることはもちろん秘密だし、書類の提出先も毎回変わる。それどころか届ける人間さえも毎回同じ人間ではいけないという始末だ。さすがに毎度代えろとまでは言われないが、三回に一回は生徒にお使いを頼まなければいけないのはなかなか大変だ。


アタッシュケースに書類を入れる。届け先のメモを作り居間に戻ると、ショートボブのゼミ生がびっくりして振り返った。コーヒーには手を付けていない。


「コーヒー苦手だった?」


「あ、猫舌なんです。今、飲んじゃいますから」


犬だと思ったんだけどな。



ゼミ生が出ていくと、部屋はしんと静まりかえり、夕方の赤い光が斜めに差し込んでいた。

この仕事がある日は大体このパターンで、毎回この時間になるともうぐったりと疲れている。

客に出したカップとソーサーの始末もそこそこに俺はソファに横たわり目をつぶった。




インターフォンの音で目が覚めた。


部屋の中はすでに暗く、来客を示すランプが暗がりで赤く点滅している。

俺はのそりと起き上がり、受話器を取る。


珍しく研究所の人間が訪れた。しまった、今日の書類に不足があったかな。そんなことを考えながら、ドアを開ける。

黒いスーツの男が確かに今日届けさせたはずのアタッシュケースを持っている。

俺は不安そうに


「申し訳ありません。何か不備があったでしょうか」


と尋ねた


「ええ、人選に不備がありました」


そう答えた職員が胸元から何か取り出すと、俺は何が起きたのかもわからないまま仰向けに倒れていた。


職員は俺に構わず後ろ手にドアを閉めて部屋を出ていった。オートロックがカチリと律儀な音をたてた。

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