羊を探す冒険
すでに使われなくなって久しい廃墟は、窓枠もドアも何も無くなっていた。
ただ中に足を踏み入れると、時折パキパキとガラスを踏み割る音がするのが以前の研究施設としての名残を感じさせた。
吹き込んだ泥や何かに、新たに命が芽生え、室内にも関わらず草や低木が生えている。
暑い。
首に流れる汗を拭う。
本当にこんなところで実験は成功したのだろうか。
熱帯性の植物が生い茂るこんな場所で研究なんて。と考えるが、実験を繰り返していたころは、ここは気候も穏やかなただの山間部だったのだ。ということに気が付いて、納得する。
部屋を過ぎると、実験動物達がいたであろうケージがいくつも置いてある場所に出た。
その中にただのケージとは違う、機械の土台が付いた寝台のようなものを見つけた。
寝台の上には何かの覆いがあっただろうと思われるが、すでにそれは失われ、機械の土台部分の隙間からは生命力逞しい雑草が芽をのばし、装置自体を歪な形にしていた。
中に居たはずのものはどこに行ってしまったのか…。
すでにここには居ないということを確認し、いくつか映像を残した私は待たせてあるヘリコプターの元へ戻ることにした。
ヘリに乗り込むと、ゆっくりとした上昇の後、さっきまで私がいた施設が足下に見えた。
あといくらもたたず森に呑まれてしまうだろう白いコンクリートの塊が、風化した骨のように緑の中に散らばっている。
「目覚めた羊はどこに行ったと思う?」
大きな声を張り上げて、操縦士に聞いてみる。
特に答えを期待したわけでもないが、彼は言った。
「目が覚めて一人なら、仲間のところにでも行ったのではないでしょうか」
なるほど。
この森の中で残念な結果になっていなければ、それは考えられることだった。
ただ帰るのも何なので、帰りの道中は近隣の村々に寄りながら帰ることにした。
この辺りは牧畜も行っているし、もしかしたら森の中での羊の目撃情報くらいはあるかも知れない。
三つか四つ目の村に寄ったとき、牧畜家の老人が「ああ、それなら…」と言った。
「うちの雌の羊の囲いの中にいるよ。いつだったか囲いの外でうろうろしていたんだ。持ち主も分からないし、うちも繁殖用の雄が欲しかったから、ちょうどいいと思ってね」
私は信じられない思いで羊の囲いを見せてもらった。
外はいつの間にか雨が降っており、羊たちは屋根のある畜舎に移動するところだった。
薄汚れた羊の群れの中に、一匹。白い毛が美しい大柄な羊。
その羊こそ、百年の眠りから覚めた羊に違いなかった。