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そうして現実が浮上する




斎様は良い男に育った。

容姿だとか能力面という誰から見ても明らかなものは一旦置いておいて。私が最も評価されるべきと思うのは、その気遣いである。主に女性に対しての。


「自分で持てます!」

「これくらい良いよ」


五月も半ばを過ぎ、温かい陽光の下を二人で下校する。学校帰りにスーパーに寄り、今日の夕飯の買い出しをすれば、斎様は自然と私の手から買い物袋を奪い、当たり前のように車道側を歩く。これだ。このさり気ない気遣いが良い男なのだ。主に乙女ゲームの攻略対象、ひいては少女向け漫画、小説のヒーローとして。

幼い頃から、女性への気遣いに関してこんこんと諭し続けた甲斐があった。斎様が高校で出逢うヒロインをより滑らかに落とせるように、こうした気遣いの必要性を感じたのだ。


それなのになあ!一緒に帰ろうと誘った愛花ちゃんとは、兄と花壇の手入れをするというので玄関で別れた。正直、物凄く引き離したい気持ちになったけれど、真っ赤な顔で幸せそうに微笑む愛花ちゃんの邪魔は出来なかった。恋する女の子はどうしてあんなに可愛いのですか。恋の対象が斎様ならば文句など無かったのに!


いや、兄も良いよ?実は凄くお勧めだよ?前世でゲームをしていたときは、信仰心を持って斎様に全身全霊で愛を注いでいたが、実際結婚するなら宮下泰成のような穏やかな人が良いとか思ってましたよ?ぶっちゃけ、ブラコンと言われても良いくらい、兄の事を超優良物件だと思ってるよ?そんな兄の良さを分かってくれるのはとても嬉しいけれど!


「じゃあ、代わりに。紫緒、お手」

「え?何ですか?」


手のひらを差し出されたので、素直に右手を乗せる。忠犬万歳、私は喜んで斎様の犬に成りたい所存です。むしろこれまでもそうして来たつもり。

すると、極々自然に斎様の手が私の手を軽く握り、その手を引いて歩きだす。


「え、ちょっ、あの、えっ?」


小学生の頃はよく手を繋いでいたけれど、今や私達は高校生である。全くそのような事実はなくとも、高校生が男女で手を繋いでいれば、恋人同士だと認識するのが世の常である。例え、私が斎様に釣り合っていなくとも。


「い、斎様、人目が!」

「どうして、俺と歩いていて他人を気にするんだ」

「だって、誤解されます!」


私は、慌てる余り畳みかけるように口にする。


「学校の人に見られて、私と斎様は付き合っているとか『有り得ない』噂が流れたらどうするんですか!」


めきょ

何故か手を握る斎様の力が急激に強まりました。それこそ手のひらが粉砕しそうな勢いで。俯きがちにギリギリと力を込める斎様に、私は声にならない悲鳴を上げたのである。









斎様の握力から何とか可哀想な右手を救出し、その勢いのままに飲み物買ってきます!と斎様を置いて目の前にあったコンビニへ逃走した。右手を潰される所だった………そう、真剣に怯える力の込め具合でした。


どこで育て方を間違ったのだろう、と真剣に思う。高校入学までは、それなりに意地悪をしても冗談の範疇で、こんな風に本気で力を込める事はなかった。それに、最近の斎様は何かに思い悩んでいる風でもある。もしや反抗期?やはりこれが反抗期なのか?それならお姉さんはそれを全力で受け止めるべき?


ドリンクの陳列棚の前で悶々と思い悩んでいると、私の背中と陳列棚の間をすり抜けようとして失敗し、ぶつかった店員さんが慌てて謝罪に振り返る。


「すみません!」

「いえ、こちらこ………あ」

「げっ」


そのコンビニの制服を来た店員は、なんと堂本浩太だった。相変わらず軽そうな見た目だが、その制服が何だか妙に似合っている気がする。高校一年生なのでバイトを初めて日も浅いのだろうが、妙に板についているのだ。


「何でおまえがここにいるんだよ!」

「何って、客だから?ここでバイトしてるの?」

「そうだよ、悪いか!」


こちらが他意なく聞き返しても、堂本浩太は噛みつくように答える。ううん、小学校時代には、主に斎様の事でよく喧嘩をしていたが、ここまで嫌われるほどの事をしただろうか?むしろ、私を小馬鹿にして鼻で笑うばかりだったので、怯える小型犬みたいな威嚇の仕方に違和感を覚える。


「………おい、今日あいつは?」

「あいつって?」

「篠宮斎以外にいねーだろ!」


堂本浩太は叫ぶように口にする。仮にも客に対する態度では無い上に、店内で騒いで良いのだろうか。まあ、今は人も少なく、その数少ない人は立ち読みに没頭している。問題無いのかもしれない。


「斎様なら外で待ってて下さってるけど」


そう答えれば、堂本浩太はあからさまに安堵の息を吐き出した。大きな溜息である。何だろうか、その過剰な反応は。そう言えば、小学校時代、あるときを境に堂本浩太は斎様を見掛けると走って逃げだすようになっていた。何かあったのだろうか。


「ったく、ならとっとと金払って帰れよ」

「まだ何買うか決めてないし。というか前から思ってたけど、私と愛花ちゃん、というより私と他の女の子に対する接し方違いすぎない?」

「当ったり前だろそんなの!女の子は可愛いけど、おまえは可愛くねえ!よっておまえなんか女じゃねえ!」


酷い言い分である。えー、私は前世を含めて女以外であった事なんてないんですが。そして、小学校時代は『女の癖に』とよく私を蔑んでいた堂本浩太はどこへ行った。どうやってあの生意気盛りの男の子が、こんなイケメンチャラ男の女好きに変貌出来る。


そこでふと気付いた。堂本浩太は女好きな上に社交的で、男女問わず交友関係が広い。学校でも何度か数名の女の子と談笑している姿を見掛けた。つまり、女の子の知り合いが多い。という事は、


その中に愛花ちゃんのように優しく、朗らかで温かい、斎様にぴったりの女の子もいるかもしれない!


愛花ちゃんの気持ちは今兄に向っており、私にはそれを邪魔する事なんてできない。そうなれば、斎様の奥様探しは振り出しに戻る。愛花ちゃんを諦めきれた訳ではないが、他にも素敵な人はきっといるはずだ。私はそんな人を見付けなければ。


あの素晴らしい乙女ゲームのシナリオを再現出来ない事は、非常に、非常に残念だけれども。………いや、まあ、宮下泰成ルートは順調に展開されていますが。


「堂本浩太、女の子紹介して!」

「はっ?何でおまえに女の子紹介すんだよ」

「私は斎様の側付きとして、斎様に幸せになってもらいたい!よって、斎様に相応しい淑女を探してるの!」


私は堂々と、自信を持って答えた。それはもう、声高らかに。すると、堂本浩太はゆっくりと目を剥いた。それから、不可解そうに眉を寄せ、滲み出るような疑惑の眼差しで私を見る。


「は?それおまえだろ」


……………………………………………?

私は言葉の意味が分からずに一時思考を停止した。何故ここに私が出て来る。前世の乙女ゲームから斎様を見守って来たが、私はあくまで宮下家の人間でただの側付きである。


「いや、淑女ではないけど、あいつが好きなのはおまえだろ」

「えっ、ちょっと待って、どうしてそんな………」

「つーか俺、小学生のときにあいつに言われたし」


私は混乱の最中に叩き込まれ、思考がぐるぐると渦巻いて落ち着かない。ちょっと待って、堂本浩太は何の話をしている?そんな、想定外で有り得ない話。


「『あれは俺のモノ。俺と結婚するんだから部外者がちょっかい掛けるな』ってな。どんなマセガキだよ」


その時点で私の頭は爆発しそうだった。恐ろしい勢いで頭に血が上る。何だろう、焦りのような、驚愕のような、とりあえず堪らない衝撃に追い立てられる。


いやいやいや、ありえんありえんありえん。堂本浩太の勘違いとか嘘とか、そうだ私はまたからかわれているのかもしれない。

だって相手は斎様だ。そう、斎様である。何かにつけて完璧で乙女ゲームのヒーローを張れる逸材である。そんな人が果たして私などを好きになるだろうか、いいやそんな訳ない。


あれ、でもそれを前提に色々と思い返してみれば、納得のいく事も多いような。私に戯れを向けるのも『年頃の男の子だから異性に興味あるのも仕方ないよねー』とか思っていたけど、まさかそんな。というか異性!え、あ、そうか。当然だけど斎様って異性なのか。そんな事を意識した事が無かった。だって彼は異性である前にゲームのキャラクターで、当然恋愛など出来るはずがない。私は、イチャラブカップルを見るのが大好きで、キャラクターと恋をしたい!という乙女ゲームの本来の趣旨からは若干逸れた嗜好をしていた。だからこそ、愛花ちゃんと幸せになって欲しかったのである。


「紫緒?何固まってるの?というか遅い」


頭に渦巻く疑問と戦っていたら、いつの間にか目の前に斎様が立っていた。後ろにはドリンクの陳列棚。どうやら立ちつくしていたらしく、いつの間にか堂本浩太はいなくなっている。

待ちわびて迎えに来るとは、どれほど固まっていたのだろう。堂本浩太とは、そう長時間は話していないはずだ。


「何でまだ買ってないんだ」


呆れたように、斎様に腕を掴まれた。斎様はゲームのキャラクターである。しかし、私の腕を掴むその感触は確かに現実で、人の温度を持っている。そうだ、斎様だって愛花ちゃんと同じで現実の存在だ。それなら、当然何かの間違いで身近な存在に愛情を感じる可能性はある訳で。


「ぎゃああああああ!」


その時点で頭が限界を迎えた。何か無理、もう無理!無性に恥ずかしくて倒れそう!顔が熱くて吐きそう!この、私がこの世の何より素晴らしいと思っている人に好かれている、という非現実的な奇跡が私の許容範囲を越えた!

私は、斎様の腕を振り払ってコンビニから逃走する。とてもじゃないが、いても立ってもいられなかった。斎様の顔を見られない。現実に存在する異性だと思うと、眩し過ぎて直視できなかった。


家に帰れば嫌でも顔を合わすのだと、私が現実に立ち往生するのはその一時間後の話。







読んで頂きありがとうございました。

堂本浩太は良い仕事をしました。


そんな堂本

「え、俺何かまずい事言っちゃった?(ビクビク)」


その頃の斎

「えっ…………」

まあ、ショックで立ちつくす事もありますよね。



急展開?ですが、とりあえず他の連載よりこれを最優先で突っ走りたいと思っています。ので、あとは終わりに向けて頑張ります。

と言いつつも次はようやく斎視点を入れたいなぁ、と思ってみたり。


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