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思い出は色褪せず





私は何も前世の全て、私生活ももちろんであるし、乙女ゲームのシナリオや登場人物全てを記憶している訳ではない。斎様の周辺ならともかく、こんな人もいたな、くらいであやふやな部分も少なくなかった。

その中でもさすがにゲームの進行方法くらいはしっかりと覚えており、ヒロインの女の子が攻略対象の男の子に話しかけたり、デートに誘ったりして少しずつ交流を深めていく。最適な選択肢を選べばそれだけ親密度もぐっと増すのだ。更に、そのときの好感度、時期などの条件をそろえる事によってイベントを進行させる事が出来る。


プレイヤーが攻略しようと躍起になっているので仕方の無い所ではあるが、ふとヒロインの行動を現実的に考えてみると、彼女は非常に積極的であり、タフであり、執念深い。どれだけ邪険にされても、デートを断られても、次の週にはすぐにまたデートに誘っているのである。そのタフさはある意味、同じ女としては尊敬するべきかもしれない。

そして、それは現実に存在する愛花ちゃんにも当てはまる事だった。


「えっと、あのね、紫緒ちゃん。宮下先生って甘いものとか、好きかな?」


真っ赤な顔で俯きがちに尋ねる愛花ちゃんは正直無茶苦茶可愛い。それこそ、私が男ならばこの場で狼になりそうなレベルである。ただし、その好意の対象が兄でなければ!

妙にこそこそとした愛花ちゃんに呼び出され、二人きりで話したいという愛花ちゃんの希望で斎様に断りを入れて空き教室に行ってみれば、彼女はおずおずと口を開いた。大人しそうな見た目で、実際に控え目な愛花ちゃんなのに恋愛に対して積極的すぎる。


「あ、違うんだよ?えっと、前に私が転んでじょうろの水を掛けちゃったから、そのお詫びに………」


もごもごと、愛花ちゃんは言葉を濁す。うふふ、それ知ってる。知ってるよ!ヒロインのドジで水を被った宮下泰成が気にするなって言って上着脱ぐんですよね。意外と爽やかに脱ぐイラスト付きで。私の知らない所で愛花ちゃんが確実にイベントをこなしていっている!宮下泰成ルートオンリーで!


私の一押しの斎様を愛花ちゃんは何故ああもスルーしてしまっているのか。というか、未だ二人が会話らしい会話をしていないのも何故だろう。斎様は愛花ちゃんに興味を示さないし、当然そんな態度では愛花ちゃんも気まずそうにする。遠目に兄と話す様子を見掛けたときは、あんなに可愛い笑顔を浮かべていたのに!


「えっと、紫緒ちゃん、どう、かな…?」


私は、一旦口ごもる。私としては、ぜひ愛花ちゃんには斎様を好きになって欲しい。斎様に温かい家庭と呼ばれるものを教えて差し上げて欲しい。そうして幸せだと眩しそうに微笑む彼を、私は見たいのだ。

けれど、こんなに可憐に尋ねられて、それを突っぱねられる人間がいるだろうか。少なくとも私には無理だ。だって可愛い。


「………………………好きだよ。結構、クッキーとかケーキもイケるし、割と何でも食べる」

「ほんとに!?」


途端に、愛花ちゃんの顔が輝く。うっ、眩しい。認めたくないが、完璧に恋する乙女のそれである。そして恋する乙女とは堪らなく可愛らしいものである。

しかし、今度は急に愛花ちゃんの勢いが萎んだ。


「あ、でも、手作りとかはどうかな?や、やっぱりさすがにそれは引くよね?」


しかも手作りのつもりだったと!女子力が高過ぎて戸惑う。不安そうにこちらを見詰める愛花ちゃんの健気さにときめきを感じ、自分の胸を押さえる。正直、嘘を付くなどといった悪い考えは少しばかり浮かんだ。


「だ、大丈夫!お兄ちゃんは人の厚意を無碍にするような人じゃないよ!」


けれど、どうしても、愛花ちゃんの可愛らしさには勝てなかったのである。









休み時間中、愛花ちゃんの兄への差し入れの相談に乗り、とりあえず初めは無難にクッキーにしてみる、という所で話は落ち着いた。『初めは』という言葉が非常に気になったが、とりあえずそこに関しては気にしない事にした。気にしたら現実の困難さに心が折れる。


私だって、分かってはいる。分かってはいるのだ。ここが現実で、愛花ちゃんは一人の人間だ。当然、その想いは私が干渉して良いものではないし、その想いの方向性が決まった以上、私が何かした所でその想いが曲がる訳が無い。恋とはそういうものだろう。せめて、愛花ちゃんが誰にも恋をいていない状況ならばまだ干渉のしようもあっただろうに。

ここは愛花ちゃんの友達として、兄との恋を全力で応援するべきかもしれないが、何せこちとら十年越しの展望である。ヒロインと出会えば斎様の孤独もなくなる、とそれだけを考えて雌豹たちと戦い、突っ走って来たのだ。例えそれが、私のエゴでしかなくとも。


どこかにいないかな、愛花ちゃんのように可愛くて、優しくて、温かく斎様の心をほぐしてくれる人。幼少期より、斎様が明るく過ごせるように、と私なりに工夫をしてきたつもりだが、私ではそれにも限界があるだろう。


「おっ、桜井ちゃんじゃーん!」


廊下に出ると、妙に軽快な声が愛花ちゃんを呼びとめた。男の声に振り返ると、いかにもノリの軽そうな少年がいた。ネクタイの色が赤いので、彼が同級生だと分かる。

すらっと背の高い少年だった。目測で175cmほどで、程良く筋肉の付いた身体は余計にしなやかな印象を与える。髪をほとんど金に近い茶髪に染め、耳には三連ピアス、ネクタイもズボンも緩く身に付けており、所謂チャラそうな人間だった。しかし、笑った顔が人懐っこくて、どうにも他人に警戒心を抱かせないタイプに見える。


「何やってんの?こんな所で」 

「あ、えっと…ちょっと、友達と話し込んじゃってて」

「お、桜井ちゃんの友達?」


そう言って、彼は好奇心に染まった薄茶色の瞳を向ける。髪は染めたものだろうが、どうやら元々色素が薄い人らしい。

その瞳を覗き込んで、私は強い既視感を覚えた。彼にも非常に見覚えがあったのだ。プレイこそした事はないが、説明書で全てのキャラクターに目を通している。


彼もまた、前世で大好きだった乙女ゲームの攻略キャラクターだった。まあ、驚く事ではない。すでにこの世界があの乙女ゲームの世界であるとは明白なのである。確か、ノリが良く社交的で女の子が大好き。常に人の輪の中心にいるタイプ。熱心なアルバイターで、校内だといつも気さくに話しかけてくれて優しいが、放課後は一緒に帰ろう、と誘っても風のように走り去ってしまう。何か事情があるようだが、それはプレイをしてのお楽しみ、という訳だ。


ちなみに、ヒロインに栞のプレゼントをしてくれた幼馴染でもある。もっとも、彼のルートに入らなければ、それについてはお互いに触れる事なく終わるはずだが。何せ現実の愛花ちゃんはすでに宮下泰成ルートを………!ま、まだ諦めきれてないけども!

残念ながら名前も覚えていない彼は、人懐っこく目を細めて私に笑顔を向ける。そうそう、女の子となればすぐに嬉しそうにするのだ。


「おー!流石桜井ちゃんの友達!かっわいいねえ」


ついでにお世辞が上手く、こんな風に褒めてくれもする。何と言うか、話し上手で気さくで、現実にいると一番モテそうなイケメンである。斎様は現実にいると、残念ながら少々近付き難く『観賞用』と言われてしまうタイプである。


「俺は堂本浩太どうもとこうた!よろしくな」

「あ、どうも。宮下紫緒です。よろしく」


お互いに名乗り、その瞬間お互いに固まった。愛花ちゃんがきょとんと目を丸くして私達を見比べている。堂本浩太、何だかその名前に非常に聞き覚えがあるような?


「………あの、付かぬ事をお伺いしますが、」

「何でしょうか」


恐る恐るといった様子で、堂本浩太と名乗る少年は私の様子を窺う。ぎこちない敬語の違和感といい、微妙に青褪めた顔色といい、妙な緊張感が漂っていた。明らかに、様子がおかしい。


「あなたの側にそのぉ………男の癖に無駄に顔が綺麗な上に無駄に偉そうで無駄に人を見下し、ジャイアニズムを発揮して横暴に一人の人間に執着する、くっそ生意気な男は居たりしませんか?」

「それは俺の事かな」


まるで探り合うように見つめ合っていれば、いつの間にか堂本浩太の背後に斎様が立っていた。私が教室を出るまでは普通だった機嫌が、何故だか今は急落しているような気がする。眉間に寄せられた皺が深い。


「で、でたぁあああああああ!」


堂本浩太は物凄い勢いで横に跳びのき、廊下の壁に背を付けて警戒する。その悲鳴に道行く人々が一斉にこちらを振り向いた。斎様はそれに視線もくれずに私に歩み寄ると、流れるような動作で両手で頬を摘まんだ。


「いひゃいれふ!」

「あれにはもう近付くな、って初等部の頃に言っただろ。あんまり遅いから迎えに来てみれば………」

「な、何でおまえらがここにいるんだよ!高等部に行ったんじゃないのかよ!」


二人の発言で私の予想は確信に至る。愛花ちゃんが目を白黒させているが、今は思わぬ再会の方に意識がいってしまう。

私の頬を掴む斎様の手に触れれば、思いの外あっさりと解放される。その勢いのままに堂本浩太を振り返れば、彼はびくりと震えた。


「やっぱり、初等部で一緒だった堂本浩太!?」


あの、生意気な小学生で、私の名前を散々『しょっぱい』とからかい、役立たずと貶め、斎様を馬鹿にしたあの堂本浩太!前世の十五年をプラスして考えれば、随分大人げなく腹を立ててしまったあの堂本浩太!だって奴が斎様まで馬鹿にするから!


しかもその堂本浩太も攻略対象だったなんて………いくら名前も覚えず未プレイだと言っても出会った時点で気付くべきだった。いや、だって、小学生の堂本浩太は本当にただのやんちゃ坊主で、まさかこんな女好きのチャラ男になるとは思ってもみなかったし。むしろ、いつも私といる斎様を『女とつるんで女々しい』とすら言っていた癖に。

そういえば、中等部に上がる頃から姿を見かけなくなっていたが、今までどこにいたのだろう。


「むしろなんで堂本浩太がここに…」


一応、中等部まで通っていたあの学校は、両家の子女令息が通う超セレブ校である。そこに通えていた堂本浩太がこの学校にいる事に、物凄く違和感があった。もちろん、私と斎様もかなり稀なケースである。


「うっせー!親の会社が倒産したんだよ!金がねえんだよ!俺もバイトで生活費稼いでんだよ!ここだって奨学金で通ってんだ!でも、それ以来家族の結束が深まってんだよ!幸せなんだよ今!放っとけよ!」


堂本浩太は叫びながら威嚇する。何だか今、しっかりと堂本浩太ルートを進めなければ知る事の出来ない彼の秘密を十秒くらいで一気に教えられた気がする。あれ、確かそういう家の事とかってもっとじっくり解きほぐしていくものじゃなかったっけ?


「………えっと、紫緒ちゃん達と堂本君って知り合いだったの?」


呆気にとられていた愛花ちゃんが、そこでようやく控え目に口を挟む。私は何と言えば良いのだろうか、と頭を悩ませて一度堂本浩太に視線をやり、怯えたように少し震える様子を眺め、


「一応、これも幼馴染になるのかな?」


と呟けば、堂本浩太は噛みつくような勢いで反論した。


「誰がこんなブスと!」


その瞬間の、斎様の足さばきは驚嘆に値する。実に滑らかな動作且つ、最短のルートで堂本浩太へと距離を詰め、その顔面をわし掴んだ。あ、それ痛い。経験者だから分かる。見た目の地味さに反して、ぎりぎりとした締め付けがめちゃくちゃ痛い。


「別に紫緒の容姿にどうこう言うつもりはないけど、他人に言われると異常に腹立つ」

「ぎゃあああああ!」


堂本浩太の悲鳴がけして人通りの少なくない廊下に響き渡る。タイミング良く予鈴が鳴り始めたが、人々の好奇心は予鈴よりもこちらに注がれていた。

後日、一年生男子が女生徒を巡って修羅場を起こした、という噂が校内に広まった。名前までは伏せられていたが、その女生徒として私までしばらく注目される事になったのである。

斎様のお気遣いは確かに嬉しかったが、その色恋成分が大きな勘違い過ぎて泣けた!


せめて、このポジションが愛花ちゃんなら心躍ったのに、と呟けば斎様に堂本浩太と同じ目に遭わされました。何故だ。










読んで頂きありがとうございます。

果たして、堂本浩太を覚えていらっしゃる方が存在するのでしょうか?一話に名前だけちょろっと出ていた可哀相な少年です。昔はやんちゃ坊主でいじめっ子寄りでしたが、斎に締められて以来いじめられっ子気質があります。

構想段階では、全力で関わりたくないのに紫緒に愚痴を聞かされる少年Aくらいだったので、それを思えば大出世しました。



ゲーム版堂本浩太:イケメンチャラ男。ただし、性格が良いので男女ともに友人が多い。セクシーなお姉さんが好きです。体育の球技では中心になって全力で楽しむタイプ。気さく。実は勤労学生。元は結構なお金持だったが、親の会社が倒産して以来、アルバイトで家計を支えている。しかし、それ以来忙しくてすれ違いがちだった家族仲が良くなったのであまり苦ではない。十年前にこの町でヒロインと出逢い、ヒロインが引っ越した後で自分も引っ越し、同時期に戻ってきた。ちょっと運命を感じている。


堂本浩太:斎と紫緒を前にした時のみ、いじめられっ子気質が飛び出す。トラウマが開く音がする。何があったかは語らない。小学校は黒歴史。弟妹が一人ずついる。なので、面倒見が良い。愛花の事は例の幼馴染だと気付いているが、自分から気付いてほしいので教えない。とりあえずクラスメートとして絡む。不憫属性。ぶっちゃけこの人が一番不憫かもしれない。



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