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シナリオは迷走中





私、宮下紫緒の朝は早い。

朝五時に起きると顔だけ洗って三十分のジョギングに出掛け、戻るとシャワーを浴びて軽く汗を流す。その後、洗濯を回しながら朝食とお弁当を作っていると兄が起きて来るので、風呂とトイレの掃除をお願いする。七時十分前にお弁当は詰めれば良い状態にし、朝食を食卓に並べる。朝食はご飯に味噌汁、鮭の塩焼きにホウレンソウのおひたし、という典型的な和食派である。もちろん、私や兄ではなく斎様が。


一旦自室に戻り、匂いが付くと嫌だからと着ていた部屋着のワンピースから制服に着替え、身だしなみを整えると今度は自室を出て一番突き当りの部屋に向かう。一応ノックはするものの返事が無い事は分かっているので、そのまま扉を開けて侵入する。


「斎様、朝ですよ」


そう、ここは斎様の神聖な私室である。現在高校に通う為にこのマンションに引っ越し、三人で暮らしているのだが、それ以来斎様を起こすのは私の役目となっていた。寝起きの斎様を眺める権利とか何という役得。


「斎様、朝ご飯冷めちゃいますよ」

「んっ………」


寝返りを打った斎様がこちら側に顔を向ける。正直に言おう。たまらん。

きめ細やかで健康的に白い肌を縁取るように被さる黒髪、伏せられた睫毛は細く長く、絶妙な高さの鼻梁に、薄く引き結ばれた唇。特に!シャープなフェイスラインから首筋にかけてのラインは正に奇跡!寝間着から覗く鎖骨がたまらん。おっとよだれが。


いやいや、起きて頂かないと遅刻だからね。これは斎様の為を想っての事でけしてやましい下心とはまた違ったあれやこれや何かそんなような。

私はニヨニヨしながら斎様の首筋に手を伸ばしてみる。が、その瞬間にがしっと掴まれた。


「…………何か今、物凄く身の危険を感じたんだけど」

「あらあら、斎様ったら怖い夢でも見られたんですか?」


しれっとすっとぼける。斎様はこう見えて寝起きが良い方ではないので、これで誤魔化せるのだ。


「さあ、起きて下さいね」

「……もう少し」

「ダメですよ、そろそろ起きないと遅刻します」

「んん……」


咎めるものの、斎様は再び布団の中に潜り込もうとする。起きてくれないと困る。困るのだが、寝起きが悪い斎様は少し幼くて堪らなく可愛いのである!

鼻の下を伸ばしながら眺めていたら、掴まれていた腕を引かれる。ん?と疑問符を浮かべている間にするするとベッドの中に引き込まれる。ん?ん?


気付くと私の背中にはベッドのシーツ。しかも、私が使っている物より数十倍は良いものである。何だろう、この包み込まれるかのような安心感。ただし、真上に斎様の顔がある時点で不安しか生まれない。おかしいな、私が斎様のお顔を見て不安になるなんて。いえ、だってこの押し倒されている的な状況はちょっと問題があるような。


「………最近、思うんだ」

「な、何をでしょう」


低く呟かれた声に、恐る恐る問い返す。斎様の目が非常に昏い気がする!ついでに、未だうっすら残る歯型の痣とかが痛む気がする!


「どうせ手の内だからと余裕を気取って見逃してきたけど、さっさと行き着くべきだった。そうしないと、紫緒には分からない」

「何の話ですか!?」

「反省?変な余裕を見せるべきじゃないっていう」


そう言って、斎様は笑みを浮かべる。それはそれは美しい、嫣然とした微笑みに何故か総毛立った。とんでもない身の危険を感じる。


「いやいやいや、待って待って待って待って下さい!ちょちょちょっ!」

「紫緒………」


ぎゃあ、無視!私の戸惑いの声など全く聞こえていないかの如く無視されました。名前を呼ぶ声に不要な熱を感じます。何故!


「いえ、あの、俺もいるので変な事は止めてください。何の為に俺までこちらに赴任させられたと思っているんですか」


と、そこに救世主が現れた。我が兄、宮下泰成である。掃除の後、出勤の準備をしていて異変に気付いたのだろう。さすがお兄ちゃん、頼りになる!


「邪魔するなよ、泰成」


盛大に舌打ちする斎様が何だか異様に怖いけどもね!でも危険回避出来たなら良いよね!私の為にも何より斎様の為にね!

先程兄が口にした、進学する私達だけではなく、兄まで養護教諭として赴任される事になった理由だが、斎様のお世話と保護者以上に、一般的に『間違い』を起こしやすい年齢の私と斎様が間違いを起こさないように、という意味合いが強かったらしい。たまに戯れる事はあっても、私と斎様の間で間違いなど起きようはずも無いのに。


ちなみに、ゲーム版の宮下泰成は現実の兄よりも過保護度が高く、更には家の事をする人間として私もいないので、お世話係として、斎様の保護者として二人暮らしをしていた。


「さあ、それでは朝ご飯にしましょう!」


斎様が目覚めれば三人そろって食卓に着く。給仕係として炊きたてのご飯と味噌汁を用意すれば私の仕事も一旦終了だ。


「何だかもう、段階を踏む事が面倒になって来た。我慢してた中学の頃の俺って偉い」

「そうおっしゃらずに、忍耐力を鍛えると思って」

「そんなものを鍛えたら永遠に停滞するだろ。馬鹿なんだから」

「………まあ、確かに馬鹿ですが」


何だか、ぼそぼそと暗い感じに話し合う二人の会話に付いて行けず、私は食事に集中する。あ、今晩浅漬けを作ろう。何だか急に食べたくなってきた。


和やかな内に食事を終えると兄は一足先に出勤し、斎様は登校の準備をする。私はその間に洗濯物を干し、掃除機を掛けて簡単に掃除を済ます。

八時までには斎様の用意が出来るので、そうなれば登校である。朝のホームルームは八時半から、我が家から学校までは十分少々。程良い時間である。


「あ、斎様!ネクタイが曲がっています」

「ん」

「髪の後ろ、まだちょっと跳ねてます」

「ん」

「ハンカチ持ちました?」

「ん」

「斎様、何だかこのやり取りって新婚さんみたいですね―――んぁ!?」


何かベタな感じだな、と思って口にすれば、勢いよく斎様に頭を鷲掴みにされた。それも両手で。俯きがちの斎様が少しわなないているような気もするが、その理由も頭を掴まれた理由も分からなかった。


「ど、どうされました?」

「………………………その心は?」


謎かけのように問い返されて、その意図を察するべく頭を悩ませる。斎様のお考えを瞬時に察してこそ優秀な側付きである。こちらを見るその視線は鋭く、怒っているようにも見えるが、長年の勘が怒っているというよりも咎める視線だと気付かせた。

その上で自身の発言を振り返る。『新婚さんみたい』、この発言は私と斎様のやり取りを指しており――――――ようやく気付いた。私はなんて考えなしに発言をしていたのか。


「あああああ、ごめんなさい、斎様!私ったらなんておこがましい事を!未来の斎様の奥様に申し訳が立ちません」


まだ二人の間に距離がある内は声に出せないが、私の中では愛花ちゃんに決定しているので、心の中で愛花ちゃんにも謝罪する。ごめんね、愛花ちゃん!行動がそれっぽいな、っていうただそれだけの思いつきだったの!


「ああ、だよね。そうだと思った」


斎様はあくまで軽く納得し、私の頭を掴む力を緩める―――――と見せ掛けて更に力を込めるとその額を私の額に突き合わせた。


「だから腹立たしいんだって、いい加減気付こうか」


間近にある斎様のご尊顔にうっとりとしたのも束の間、途端に斎様は額をぐりぐりと押し付けてくる。頭突きのような衝撃はないけれど、何これ。地味に痛い!それも地味に激しく痛い!知らなかった、人の額ってこんなに固いのか。

私は軽率な発言で、朝から額を擦りながら登校する事になったのである。









「自業自得」


校門をくぐりながら額を擦る私に、斎様は素っ気無く口にする。酷い。高校に入学して以来、素直に謝った方が酷い目に合う気がする。何それ理不尽。けれどそんな理不尽ささえ素敵に見えるのだから、私の信仰心もなかなかのものである。

しかし、どうして同じ目に合ったはずの斎様は平然としているのか。仕掛けた側はダメージが少ないのか、それとも斎様の方がより石頭なのか。


「あ、愛花ちゃん」


下駄箱のある生徒用玄関に向かっていれば、校庭の片隅の花壇の所で愛花ちゃんの姿を見付けた。何をしているのだろうか。時刻は八時十五分。ホームルームまで時間はあるが、余裕があるという程でも無い。

駆け寄って声を掛けようかと思っていると、愛花ちゃんと花壇の間に誰かがいるようで、彼女はその人物に会釈をして花壇に背を向ける。すると、その人物は立ち上がり、駆け去っていく彼女を見送った。


「泰成か」


私と同じ光景を見ていた斎様が呟く。あの大きく無駄に威圧感のある男性はこの学校で兄の他にいない。強面の兄とも普通に接してくれる愛花ちゃんは素敵だなぁ、と改めて思った。関わればすぐに優しい人だと分かるのだが、兄はその容姿からそもそも関わろうとさえしてもらえない事がほとんどである。それを妹としても口惜しく思っていたので、愛花ちゃんの優しさが素直に嬉しい。


「紫緒ちゃん!」


こちらに気付いた愛花ちゃんが手を振りながら駆け寄ってくる。おはよう、と挨拶をすれば彼女はにっこりと花のような笑顔を見せた。


「おはよう。今、ちょうど宮下先生とお話してたんだよ。紫緒ちゃんのお兄さんなんだよね?」

「うん、そうだよ。何の話をしていたの?」

「お花の事だよ。花壇のお手入れ、今は宮下先生がしてるんだって」


そのまま愛花ちゃんも連れ立って下駄箱へと向かう。若干斎様の機嫌が下降したような気もしたが、気のせいだと思う事にした。どうして斎様は、こうも愛花ちゃんに対して反抗的なのだろうか。未来の嫁なのに。


「正直、初めて会ったときはびっくりしたんだけど、宮下先生って本当は凄く優しい人だよね」

「そうなの!よく誤解はされるけど、本当は良い人だから!」


妹として、兄のあまりの恐れられっぷりを心配もしていたので、その言葉に安堵して思わず意気込む。すると、愛花ちゃんもまた、笑顔に喜色を増してくれた。


「分かるよ。私、宮下先生ってすごく温かくて、好きだなぁ……」


…………………………………………んん?


な、何だか今、端から聞けば凄く和やかな気持ちになる台詞が、しかし私からすれば不穏極まりない温度を持って聞こえたような。思わず、油を差していない機械の如くぎこちなく振り返れば、愛花ちゃんは自分の発言に驚いたように目を見開き、その頬が途端に真っ赤に染まる。


「あっ!あの、えっと、違うの!す、すごく優しくて、温かくて、素敵な人だから、だからあの、深い意味はなくて、ちょっと憧れみたいな、あの、その………」


林檎の頬を両手で押さえ、愛花ちゃんはまるで言い訳のように口にした。しかし、否定の言葉というものは、募れば募るほど否定ではなく肯定の意味を持つものとなる。少なくとも私にはそう聞こえた。

私は、真っ赤になった愛花ちゃんの言葉を聞きながら、とんでもない事に気付いていた。


我が兄、つまりはゲームでの宮下泰成はメインではないものの攻略対象キャラである。その出逢いの条件とは、斎様との出逢いイベントをこなしている事だ。斎様を通して宮下泰成と出逢い、その後の選択次第で斎様エンド、宮下泰成エンドのどちらかに辿りつけるという訳である。ちなみに、私が唯一斎様以外で挑戦したルートであり、振られる斎様という大変胸の痛むシーンをやってのけた魔のルートだった。


そして、現実の愛花ちゃんは斎様ルートそのままの少し真面目ながら天然の入った穏やかな女の子である。それはつまり、宮下泰成ルートのヒロインとも同じ性格であるという訳で。


「紫緒、気分が悪い?顔が青い」

「え、本当!紫緒ちゃん、大丈夫?」


悪いのは気分では無くシナリオだと、あまりに迷走を始めた現実に、私は気が遠くなってしまいそうだった。










読んで頂きありがとうございます。

私としては、前々回の重箱も今回のベッド引き込みもベタだと思っています。ただし、合意かコメディでなければ、良い子のみんなは引き込んではいけません。


次は兄視点になると良いな、と思っています。

しばらくはこちらを重点的に更新予定です。



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