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ドライヤーは完璧に

プライベッターに投稿していたものを、加筆修正しました。

中学生の頃のお話です。斎は幸せです。


 風呂上がりの斎様の破壊力について小一時間ほど語りたい。そう兄に真顔で告げたことがあるが、私の兄を辞めたいと無言で語るほどドン引きしていたので、それ以降自重して心の中だけに留めることにしている。

 しかしよく考えてみてほしい。斎様は何もせずとも大層麗しいご尊顔をしてらっしゃるのだ。芯まで温まった事で白い肌がほんのりと上気し、外気との温度差から湯気が立ち上る横顔のなんと美しいこと。これは語りたくなってしまっても致し方ないと言えるだろう。きちんと乾かさないためにまだ少し濡れている襟足が非常にけしからん。いいぞもっとやれ!


「斎様、いつも言っているじゃないですか。髪はちゃんと乾かしましょうね、って」


 そんな感情などおくびにも出さず、少しばかり咎める為の顔を作ってそう口にする。中学生でこれだけ色気があるってちょっと問題ではないだろうか。将来が楽し………いやいや、心配である。

 私の言葉に、斎様は少しばかり眉間に眉を寄せた。何か不満なのだろうか。しかし、これから冬になろうという季節にそのまま放置しては、いくら斎様のご自宅が快適な温度に保たれていても身体が冷えてしまう。


「どうしているんだ」

「父がお呼び出しを受けたので、付いてきました」


 時刻は二十一時を回っている。今日は斎様の家庭教師が来る日だったので、篠宮家の門の前までお見送りしてすぐに自宅に帰った。その後、珍しく帰宅が早いなと思っていた父が、結局篠宮のご当主様、つまりは斎様のお父様から呼び出しを受けて篠宮家に伺うことになり、私はそれに便乗した。時間帯的に、斎様も手が空く頃だろうと思っていたのだが、どうやら入浴していたらしい。


「来るなら連絡がほしかった」


  斎様の私室に勝手に侵入し、出しっぱなしになっていた本を片付けている私を一瞥して、そう言われる。彼の毛先から肩へ滴が垂れるのを眺めながら、私は首を傾げる。


「勝手にきて部屋に入っていい、部屋の物も好きにしていいって言ってましたよね?」


 それも、小学生の頃の話である。当時から私は斎様が篠宮の家のお勉強で不在のときも勝手に出入りしている。この部屋の片づけはほとんど私の仕事だった。それなのに何故、今更そんなことを言うのだろうか。


「分かってたら、風呂は後にしたのに」


 告げられた言葉はぶっきらぼうなものだった。そうまで言われて、ようやく私は斎様の意図を察し、にんまりと口元に笑みが浮かぶ。どうやら、風呂よりも私の来訪を優先したかった、と思ってくれているらしい。


「ひひひ」


 思わず怪しげな笑い声を立てて喜べば、色気がない、とそっけないお言葉をいただいた。それでも喜びから緩んだ頬はなかなか収まらず、今度は額を手のひらでぺしっと叩かれる。といっても手加減されたもので痛くはなく、はいはい、と斎様がようやく笑ってくれたのでむしろご褒美となった。いや、けしてそういう趣味がある訳ではないんだけども。

 見上げた彼の毛先からまた水滴が垂れて、私は斎様の髪に手を伸ばした。


「風邪引いちゃいますよ」

「そんな簡単に引かないよ」

「分かんないじゃないですか。何より、濡れたままにしてたらその艶髪がパッサパサになるんですよ!」


 そんな事になったら私が泣く。時々嫉妬するほどのサラサラヘアーが枝毛だらけのぼさぼさヘアーになってしまったら、人類の損失である。少なくとも私にとってはそのレベルの哀しみ。


「……っしゅん」

「あ! ほら、くしゃみしてるじゃないですか」


 座って下さい、と椅子に座らせて斎様の部屋に常備させてもらっているドライヤーを取り出す。斎様は自分では半端な乾かし方しかしないので、私がいるときは仕上げができるようにドライヤーを置いてもらうようになったのだ。

 コンセントにコードを差して、温風を流す。熱すぎないだろうかと気を付けながら、慎重に斎様の黒くサラサラの髪に指を差し込んだ。キューティクルが閉じるよう、頭のてっぺんから毛先に向かって温風を当てる。斎様はその間もされるがままである。人にお世話をされる事に慣れているからか何なのか、口うるさくする私にはいはい、と頷いて世話を焼かせてくれることがほとんどだ。


「んー……」

「え、あれ! 寝ようとしてませんか? だめですよ、まだ寝たら!」


 斎様からあまり思考力が伴っているとは思えない声が漏れる。確かに他人に髪を乾かしてもらうのって気持ちいいけれど、座ったまま寝られると困る。私は声を掛けながら大慌てで斎様の髪を乾かした。


「はい、出来ましたよ」


 髪はすぐに乾いた。短いのでそう時間は掛からない。それなのにあれだけ濡れているという事は、もしや自分では全く乾かしていないのでは、という疑惑が浮かぶ。しかし、どうせ問いただしても素直には認めないだろうな、と思って追及を諦めた。


「そういえば、篠宮のお家って使用人用の大きいお風呂があるんですよね?」


 ドライヤーと一緒に置いているブラシでさっと斎様の髪を梳かし、そんなことを思い出した。住み込みで多くの使用人が働いているために、専用のものが作られているらしい。

 常に篠宮のご当主様についていなければならない父の職業柄、家族旅行などにはほとんど行ったことがないので、大きなお風呂にはとんと縁がなかった。だからこそ、興味が湧く。


「いいですよね。ちょっと銭湯とか温泉みたいな気分になれそうですし、使うのが今から楽しみです」


 大学を卒業すれば、私も実家を出て住み込みで働くことになる。我が宮下家は篠宮家の極近くに居を構えており、実家から通うこともできるのだが、家を出るつもりでいた。

 住み込みの方が早く仕事を覚えられそうなことと、何よりもの理由は斎様と将来の奥様、つまりは乙女ゲームのヒロインとの円満夫婦生活をできるだけ間近で眺めたいからである。取り繕うことを止めれば、完全に後者が一番の理由だった。

 順当にいけば、そして私の能力が足れば、私が斎様の奥様付きの使用人となることだろう。

 私は斎様が幸せそうに笑う姿をずっと見守り続けていたいのだ。


「は?」


 そのためにももっと頑張らないとなぁ、なんて呑気に考えていれば、いやに低い声が聞こえた。多少の怒りを孕んだ声は、当然斎様のものである。彼の私室に二人きりでいるのだから。


「何で紫緒がそっちを使うんだ」


 斎様の感情の矛先がいまいちよく分からなくて、思いきり首を傾げる。


「おかしいですか?そういったものがあると伺ったのですが」

「あっても、それをどうして紫緒が使うんだ」


 ドライヤーを片付けて斎様に向き直れば、勢いよくこの手を掴まれた。驚いて目を見開くと、眉間に皺を寄せた斎様の目が揺らぐ。その顔はあまり好きではない。彼が不安を抱えているときの顔だと、私は知っているからだ。この世界のありとあらゆる不安や悲しみを、いつだって斎様から遠ざけたくて仕方がないのに。


「もしかして、誰かに何か言われた?」

「え?」

「そっちを使え、みたいな事。家の人間か、もしくはあの人に」


 斎様が『あの人』と称するのは彼のお父様の事だ。私の生きるこの現実では、ゲーム本編ほどギスギスした関係は築いていないものの、斎様とそのお父様にはけして良好とは言い難い、一定の距離感がある。普通の親子ほど関わる事も無ければ、息子だからといって情けを掛けるような事も無い。いや、むしろ息子だからこそ、なのかもしれない。誰にでも平等に厳しいお方なのだ。


「別にそういった事は誰にも言われておりません。ただ、今後も斎様のおそばに置いて頂こうと思うと、自然とそうなるかと」


 私の手を握り込んで、じっと斎様は私の目を覗き込む。まるで、私の真意を探るようだった。しばらくそうして見詰め合って、不意にふっと斎様が肩の力を抜いた。そのまま前のめり気味になっていた身体をゆっくり立てなおす。


「変な事は考えなくて良い。紫緒がそちらを使う必要なんてないんだから」


 何故、他の人達と同じ使用人でありながら私だけはそちらを使ってはいけないのか。正直理由はまるで想像できなかったが、斎様のあんな真剣な表情を見てしまうと問い詰める事などできようはずもない。私にできたのは、はい、と素直に頷くことだけ。


 少しだけ微笑んで私の頬を撫でる斎様に、実家通いの方が何かしらの都合がいいのかなあ、とのん気に考える。まだしばらく時間のあることなので、折を見て確認しなければ。


 私が彼のその言葉の真意に気付くのは、まだ先のお話。





お久しぶりです。

読んでいただいてありがとうございます。

長らく放置していたものを加筆修正しました。


久しぶりにこの二人に触れると、二人とも本能というか欲望に忠実なのが伺い知れてとても楽しかったです。


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