表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/34

掴まれて胃袋





ヒロインはやはり、私の理想通りの可愛い女の子だった。

ヒロインにデフォルト名があったかどうかまではよく覚えていないのだが、当然現実の彼女にはその容姿、雰囲気にぴったり合った可愛らしい名前がある。


その名も桜井愛花ちゃん。性格はどちらかと言うと控え目だが、思った事ははっきりと言う芯の強さを持つ。小さく華奢で、丸みのあるいかにも女の子らしい女の子。攻略キャラによっては多少性格も変動するのだが、現実の愛花ちゃんは流石。対斎様用の少し真面目ながら天然の入った穏やかな女の子だった。


――――そう、今目の前に!斎様の春が、幸福が訪れているのである!

それなのに、


「斎様、私は許した訳ではないのですよ。いえ、本音を言えばもっと反省されて然るべきだと思っています」


私はお弁当を入れている手提げ袋を持ち、斎様と並んで廊下を歩きながら真剣な顔で彼を諌める。念の為に言っておくが、並んで歩くのは私が不敬なのではなく、斎様の命によるものなので問題はない。斎様は隣を歩いて欲しい、と頻りに言うのだ。


そう、せっかく運命の出逢いを果たしたあのとき、よりによって斎様は私に、何と言うかまあ…ごにょごにょごにょをしたのである。認めたくないけども!愛花ちゃんには完璧に誤解されたようである。私だってあんなシーンを見せられたら誤解もしてしまうだろうから、その気持ちも分からなくはない、というかそれ以外に考えられない。


「あの後、紫緒の方から謝って来たから、その話はもう終わったんだと思ってたんだけど」

「た、確かにそうですけど、終われませんよ!誤解されたままじゃ!」


ちなみに、愛花ちゃんの前で斎様が『やらかして』しまった後、私は彼の教育上このままではまずい、と思った。所詮側付きたる私にあのような事をしてしまっては、今後の斎様の幸福に関わる。だから私は心を鬼にした。反省してくれるまでは口を利かない事にした。―――――そして。半日でギブアップした。私の方が。


だってだってだって、斎様のあのお顔!憂いを帯びた切なげな目でじっと見つめられ、邪険になど出来るものか!イケメン通り越して最早美しいご尊顔であんな表情をされて邪険に出来る人間がいるのならむしろ見てみたい!その人は人で無しだぁ!


「………紫緒は、」


教室のある四階から職員室や事務室の集まる一階まで辿り着き、保健室の前まで来た所で斎様は私の腕を掴んで足を止める。昼休みで人通りの多い時間とはいえ、さすがにこの辺りには生徒もまばらにしかおらず、突然立ち止まっても誰かにぶつかるような事はなかった。


「紫緒は、嫌だった?」


まるで窺うように覗きこまれる。斎様に合わせて立ち止まっていた私は、向かい合う形になり、視線に耐えきれなくなって思わず俯いてしまった。


「い、嫌とかじゃないですけど………」


ぶっちゃけ、ちょっと役得とか思いましたともよ!だって、斎様の美貌ですよ。私の人生、この先これほどの方とあんな体験できる日が来るでしょうか、いいや来るはずがない。この人の容姿は規格外である。自分でも酷い思考だとは思うが、正直ご馳走様でした、の気持ちだった。愛花ちゃんの事が無かったらね!


あまりにも現金な自分の思考に、恥ずかしくなって顔に血液が集まる。絶対に口には出せないが、こんなに顔が赤くなれば自分の残念さもバレバレな気がする。

すると、腕から手を離した斎様に、何故か頭を両手で鷲掴まれた。忌々しそうな舌打ち付きである。


「………分かっているはずなのに、そんな反応されたら期待するよね。それともわざとか、わざと俺を弄んでいるのか」

「いだだだだだ!私はいつだって斎様に誠心誠意真心込めていますよ!」

「なら絶対に込める所を間違ってる」


メリメリ言ってる!掴まれた頭に徐々に力を加えられ、メリメリ言ってる!頭蓋骨が鳴らして良い音じゃない!最近もう、これはパワハラに分類される気がする。

そんな事をしていると、保健室の扉が勢いよく開いた。


「何をやっているんですか」


そこにいるのは、超強面の男性。それはもう、確実に一人や二人『やっちゃって』そうな強面である。どこからどう見ても堅気ではない。


「紫緒が馬鹿すぎるのが悪い」

「それは諦めて下さい。今更物理的な刺激じゃどうにもなりません」

「お兄ちゃんそれどういう意味!?」


そう、この犯罪者顔の強面は我が兄である宮下泰成みやしたやすなり、二十三歳。つまりはゲームでの斎様の側付きの青年である。現実でも、この学校に入学する斎様に合わせて赴任し、養護教諭として勤めていた。兄には悪いが、どう見ても養護教諭をしていい容姿ではない。誰も保健室に近づこうとしなくなる。

実際、ゲームでも宮下泰成がこの学校に赴任して以来、保健室でサボる生徒が激減した、という噂が流れていた。お兄ちゃん、頑張れ。いや、でもサボりが減るのは良い事なのか?


「それで、何をしにいらしたんですか?」


ようやく斎様に解放された私は、馬鹿にされた不満を込めて兄を見上げる。身長も高く威圧感が尋常じゃないが、私や斎様には見慣れたものである。


ちなみに、そんな強面の兄も攻略キャラだったりする。メインではないので、それほどストーリーも練り込まれてはいないが、こんな見た目に反し実は誠実で心優しく、小動物が好きで、その癖小動物に怯えられる宮下泰成に初めて怯える事なく近付いてきた小動物的存在が、ヒロインという訳だ。

ちなみに、家庭的でもある。家事能力の高さが異常で、私のいないゲームでは、高校生活中の斎様のお弁当は、宮下泰成が毎朝作っていたのである。どこの良妻だ。


「お弁当を忘れてたでしょ。届けてあげたの」


手提げの中から兄の弁当箱を取り出し、その手元に突きだす。しっかり者の兄にしては珍しくキッチンにお弁当を忘れており、後から登校する私達がそれに気付いたのだ。


「ああ、わざわざ持ってきてくれたのか。斎様までお付き合いさせて申し訳ございません」

「別に。付いて行くって言ったのは俺だしね。代わりにこの部屋貸してよ。教室にいると紫緒が他クラスの女を呼ぼうとする」

「女じゃないです、愛花ちゃんです」


愛花ちゃんの誤解を解きつつ、斎様と交流を深めていただけるように、という素晴らしい作戦を何故か斎様は邪険にされる。昔から斎様は他人と関わる事を嫌い私とばかりいたけれど、今回は特に頑なだった。

共に過ごせば必ずお互いの魅力に気付き、幸福になれると言うのに!


プレイヤーが操作するゲームのヒロインと違って、愛花ちゃんは一人の人間だ。放っておいて斎様に猛烈アタックしてくれるとは限らない。ならばこちらから切っ掛けを作る必要があった。しかしそれも、斎様がこうも消極的ではなかなか上手くいかない。


斎様は保健室に押し入って手前にある椅子に腰かけた。案の定というべきか、ゲームと同じく兄は恐れらているのか、保健室は無人である。偶然、利用者がいないだけなら良いのだが……


「今日だけです」


そう言う兄の許可を一応頂き、私は仕方が無い、と溜息をついて手提げ袋から私と斎様用の重箱を取り出す。始めは一人ずつお弁当箱を用意していたのだが、思いの外喜んでくれる斎様に調子に乗ってしまい、ここまで発展してしまった。


「今日の出し巻き卵は自信作です」


斎様のお弁当を作るのは、中学生の頃からの私の日課である。高校に入学してからは兄の分も別に詰めているのだ。


正直に言って料理には自信がある。前世でも、生まれ変わってからも特別興味は無かったのだが、小学校に入学した頃に今の母に基礎から叩き込まれたのだ。母はとても兄を生んだとは思えないおっとりした雰囲気の女性だが、実は我が家の誰よりも恐ろしいのである。幼い私は当然必死に取り組んだ。

その結果、前世での前知識と、子どもの頃から繰り返し練習したお陰で母を納得させるだけの腕前を身につける事が出来た。母は嬉しそうに言ってくれたものである。


『紫緒は良いお嫁さんになれるわね。斎様も喜ばれるわ』


何故そこに斎様が出て来るのかとそのときは疑問に思っていたが、今ならば分かる。斎様は家庭の味に飢えていたのだ。篠宮家の料理人の完璧な料理よりも、私の作る家庭料理を好んで食べてくれる。慣れない頃に失敗しても、次に期待してるから、と言いながらその失敗作まで完食して下さった。もう、どれだけ飢えているのかと、私は泣いた。この人を絶対に幸福にするのだと再度心に誓った。斎様を幸福にする為、一生付いていきます!と宣言したのである。


いつものように取り皿にバランスよく取り分けて斎様にお渡しすれば、斎様は自信作である出し巻き卵から手を付けて、満足そうに頷かれる。どうやらお気に召してもらえたようで、私は心中で思わず拳を握った。

しかし、そのあとで何故か斎様のお顔が曇る。


「俺は胃袋まで掴まれているのか…」

「掴むだなんて、そんな。ご心配なさらないで下さい!斎様の側付きとして、生涯給仕を続ける所存です。あ、もちろん未来の奥様が嫌がられれば控えまぐふっ」


そこまで言った所で、何故だか兄の大きな手のひらで口を塞がれた。抗議を込めて視線だけで見上げれば、兄は必死に首を横に振っている。

そのとき、静かに箸を置く音が、無音の保健室に響いた。


「泰成、少し遅い」


斎様は、それはそれは美しく微笑んでいたが、私は寒気がした。だって、どこが気に障ったのかは分からないけれど、口は笑っているのに目が笑っていない。

後ずさろうとすれば、私の口を塞いでいた兄の手が離れ、背中を押さえられて阻まれる。ちなみに、もう片方の腕は私の肩を押さえており、圧倒的に私より体格の良い兄に抑え込まれると私には逃れようがなかた。

おまえの身から出た錆だから、と小さく囁いていたのはどういう意味!?


「紫緒、この間の続きと、歯型。どっちが良い?」


両手を広げて迫られた選択は、どちらを選んでも私が泣きを見るものだった。ゲームと違って優しかった斎様は本当にどうされてしまったのか。というか、ゲームの優しくない斎様ともまた種類の違う鬼畜感なんですが。


「……………………は、歯型?」


逃げられないと察した私が渋々選べば、何故か斎様の顔が怒りでぎらつく。どっちが良い?って聞いたのに!斎様はもしかして、理不尽なご主人様なのかもしれない。私は十一年目のお付き合いにして初めてその可能性に気付いたのであった。ぎゃあす。









読んでいただきありがとうございます。

お兄様は穏やかな大型犬、ただし顔はドーベルマンな人です。本当は凶暴なクマと思っていたのですが、クマの名前を知る為にググってみたらクマ怖すぎて止めました。ビビりました。もうクマは見たくないです。


あと、兄まで『斎様』と呼ぶので何様だ、と執筆をしながら反発心を抱いてみたけれど『斎様』でした。

もう自分でも何を言っているのか分からない三話目です。少し説明が多くなりましたが、楽しんで頂けると幸いです。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ