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男心と秋の空





もしやもう私に興味などないのでは、という不安に駆られ、思わず『男心と秋の空』という言葉が頭に浮かんだ。いやいや、それを言うなら『女心と秋の空』だろう、と調べてみたらどうやら両方謳われているらしい。ただし、その意味は若干違っていて、『女心』の方は女性特有の感情の変わりやすさを表し、『男心』の方は女性への気持ちの移ろいやすさを表現しているとか。………………おい、おい。ちょっと待て、それは私の事か。


「……………うん、よし。その哀しい気持ちはよぉく分かった。辛いな、不安だな、でもな。お・れ・を・巻・き・込・む・な!」


一緒にいると責めるように見つめてしまいそうで、今日は愛花ちゃんと二人きりでお弁当を食べたいと思い、斎様にお弁当だけを押しつけ、昼休みになるとすぐに教室を出た。その後、愛花ちゃんの教室の前まで来た所で、偶然出くわしたのだ。相変わらず愛想が良いにもかかわらず、私を視界に入れた瞬間これ以上なく顔を歪めた堂本浩太に。


「だって愛花ちゃん、今日はクラスの友達とご飯みたいだし」

「おまえも混ざれば良いだろ」

「甘いな、堂本浩太。女子の縄張りは獣のそれより厳しい」


住み分けって大事。まあ、と言っても私自身は細かい事にこだわるタイプではないので、普段ならそこに無理矢理参加しても構わないのだが、今の私はこれでも落ち込んでいる。そこまでのやる気とか元気は無いのだ。


という訳で愛花ちゃんとのランチは諦め、そのまま人気の少ない裏庭まで堂本浩太を拉致した次第である。この辺りは花壇の手入れをしている兄がよく出没するので、人気が少ない。何も悪い事などしていないのに、避けられる可哀想な兄である。


「だからって俺に絡んでくるな!」

「幼馴染のよしみじゃん!」

「その不名誉な呼び方を止めろ…!」


不名誉とは失敬な。これだけ親しみを感じて接していると言うのに。まあ、あの、愚痴を言うのに最適だったというのも否定はしないけれど。だって、文句を言う割にいつもしっかり私の話を聞いてくれる堂本浩太は、何だかんだ面倒見が良い。

それにこんな事、兄に言うには恥ずかしいし、愛花ちゃんは私のサンクチュアリである。男女関係で拒否し続けたらどうの、とかあまりそういう話をしたくない。


「つーかそれ、飽きたんでも心変わりしたんでもないだろ」

「ほ、ほんとに!?」


期待を込めて堂本浩太に詰め寄る。すると、彼は大袈裟なほどのけ反って私を引き離した。


「距離を詰めるな、距離を!」

「堂本浩太が夢を見させるような事を言うから!」

「なら俺にも小学生時代の夢を見せるな!」


そう強く私を拒絶した後、何故か堂本浩太は『篠宮斎篠宮斎篠宮斎』と念仏のように斎様の名前を唱え始めた。もしやこの男、私からの友情は拒否する癖に、斎様の事だけ幼馴染だと思っているのではあるまいな。何かそれはそれで悔しい。


「とにかく!俺が言える事は一つだけだ。やらせてやれ。そして俺に二度と関わるな」


やらせてやれ、その言葉の意味をすんなりと理解できずに、一瞬首を傾げる。次第に理解が及べば、流石の私も顔が熱くなった。一応前世で十五年、今世で十五年……あと二ヶ月ほどで十六年のトータル三十年ちょいを生きているが、残念、というべきなのかそう言った経験は全くない。前世では二次元(主に乙女ゲーム)にしか興味なかったしね!二次元の話なら余裕で乗れますが、三次元でおまけに自分の話だとちょっと現実離れしてて、うん。恥ずかしい。


「女の子にそんなあからさまな言い方をするもんじゃありません!」

「おまえなんか女子じゃねえ!」

「酷い!」


流石にその言い草は無い、とジト目で睨めば少々たじろぐ。すると、堂本浩太も一応罪悪感を覚えてくれたのか、目を泳がせながら付け加えた。


「いや、だって、おまえだって別にあいつが嫌な訳じゃないだろ?」

「もちろん!」

「なら、別に良いだろ。遅いか早いかの違いだろ。つーか、俺はとっくに済ませてると思ってたくらいだし」


簡単に言ってくれる。いやいやいや、まあ、私だってこう………心底嫌だ、という訳ではない。相手は斎様である。私は斎様が好きだ。そして、飽きた訳ではない、という堂本浩太の言葉が本当なら、斎様も私の事を好きでいてくれる、と信じたい。それならば、相手にとって不足無しというか、むしろご馳走様ですというか、いっそ本来こちらから土下座してでもお願いするべきお相手というか、嬉しい事のはずだ。

ただ、あの頃のようにああもあからさまに求められてしまうと……


「だ、だって、始めすごく積極的だったのね?そりゃもう、反射的に腰が引けるくらい積極的だったの。それで、びっくりしてたのもあるし、ちょっと本気で拒否って………」

「それで?」


私は続きを求める堂本浩太の言葉に、思わず目を逸らした。躊躇って躊躇って、心底躊躇ってから思いの丈を告白する。


「始めに思い切り拒否っちゃうと、どのタイミングでオッケーを出せば良いか分からないというか、拒否った手前今更恥ずかしいというか……」


俯いてぼそぼそと小さな声で本音を伝えれば、突然ガッと両肩を強く掴まれた。思わず顔を上げると、驚く事に堂本浩太が笑っている。少々チャラいものの愛想が良い堂本浩太だが、私には一切その愛想を向けてくれる事など無かったのに。

堂本浩太は大きく息を吸い、一拍溜め、そして瞬く間に笑顔を怒りに変えて怒鳴った。


「面倒くせえぇええええ!」


そのままガクガク揺さぶられる。とりあえず私が堂本浩太の怒りスイッチを押した事は分かった。


「もう勝手にしてくれよー!頼むから俺を巻き込むなよぉおおお!」


堂本浩太は悲痛な声で訴えかけるが、私はそこまでの事をしたのだろうか。こちらは真剣に数少ない男友達に恋愛相談をしていただけなのに。男の子の事は男の子に聞くのが一番だと思ったのだが。


「何、してる……?」


すると、そこに突然恐ろしく低い声が発せられた。堂本浩太のものではない男性のもので、よく聞き知った声である。


「紫緒、彼と何してる?」


そして、私の名前を呼ぶ。その声の主はやはりと言うべきか、斎様である。それも、恐ろしく低い声で。ひい、怒ってらっしゃる!何かよく分からないが猛烈に怒ってらっしゃる!


「おおおおお俺は何も知らん!こいつに拉致られただけだし!じゃあな、二度と俺に関わるなよ!じゃあな!!」


さあ、と物凄い勢いで青褪めた堂本浩太はパッと私の肩から手を離すと、そう叫んで慌ただしくこの場から逃走した。引き止める隙も一切与えない、素早さである。

結果、この場に取り残される私と何故か猛烈な怒気を抑え込んでいる斎様。恐れられる兄の出没ポイントの為に、周囲に人気は全くない。

本来なら人で溢れていそうな昼休みの裏庭なのに!お兄ちゃんの馬鹿!


「紫緒」


無表情に見下ろす斎様が、これ以上なく怖かった。









読んで頂きありがとうございます。

紫緒は斎にそれはそれは大事に大事に、甘やかされて育ったので、怒っている姿を見ると本気でビビります。優しい斎様しか知らないのです。



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