だからヒロインは顔をほぐす
「やっぱり、篠宮君って格好良いよねえ」
紫緒ちゃんと篠宮君は仲が良い。どんなときも一緒にいるし、紫緒ちゃんは篠宮君といるといつも幸せそうで、篠宮君は紫緒ちゃんといるときだけ穏やかに目を細める。端から見ていてしみじみ、好きなんだなあ、と納得してしまうほどだ。
「え!えぇ!?いくら愛花ちゃんでも斎様はダメだよ!?や、まあ、当初はその方向で頑張ってたけど、それは何と言うか勘違いと言うか、絶対愛花ちゃんには敵わないし、うううううぅ」
私の言葉に対し、途端に泣きそうな顔で頭を抱える紫緒ちゃんは可愛い。高校に入学した当初は照れていたのか篠宮君との関係を否定していた紫緒ちゃんだけど、最近ではこんな風に愛情を隠さなくなっていた。
「そういうのじゃないよ。客観的に見て、モテるだろうなあ、って」
私の呟きに、紫緒ちゃんは分かりやすく顔を顰めて篠宮君の方へ目を向ける。今は二クラス合同で体育の授業中なのだが、女子の方は早く終わってしまい、男子のバスケットボールの試合を見学していた。
その中でも、篠宮君はすごく目立つ。特別背格好が大きい訳ではないけれど、何と言うか、『上手い』んだろうなあ、という事が見ていて伝わってくる。身のこなしが非常に滑らかで運動神経の良さが窺えた。勉強でも学年トップの成績で、あれだけ綺麗な容姿をしていて女の子の気を惹かない訳がない。その同年代の男の子に比べて落ち着いた性格も、女の子にとって憧れるものだろう。
見学している女の子の多くが篠宮君を目で追って、何事かを囁き合っている。紫緒ちゃんはそれが不満で顔を顰めたのだ。
「………時々、いっそ斎様が不細工になれば良いのに、と思う。女子ってほら、残酷な生き物だから。いや、でも!顔も好き!正直大好き!」
そう嘆いて紫緒ちゃんは再度頭を抱える。何やら複雑な葛藤をしているらしい。
あれだけ素敵な彼氏を持つと色々気苦労もあるのだろう、と考え自分に置き換えてみる。私だったら………宮下先生の本当は優しい所を皆に知って欲しい気持ちもあるけど、同じくらい私だけが宮下先生の良い所を知っていたいような気もする。女心は複雑だ。
「そういえば紫緒ちゃん、この間大丈夫だった?」
「え?この間って?」
「ほら、別のクラスの女の子に呼び出されてたよね」
そう伝えれば、紫緒ちゃんは何の事か伝わったようで、一つ頷く。
先日、紫緒ちゃんと中庭でお昼を食べていた所、四人組の女の子に紫緒ちゃんが呼び出されたのだ。それも、篠宮君の事で話があるとか。
「何だか、あまり良い雰囲気じゃなかったけど……」
「ああ、大丈夫大丈夫。あんた篠宮君の何なのよ、っていうアレだから」
紫緒ちゃんは笑いながら手をひらひらと振る。あまりにも軽く口にしているが、それってつまり………アレだよね?
「大丈夫、中学の頃からよくあったし、撃退法は編み出してるから」
「撃退法?」
私が問い返せば、紫緒ちゃんは得意げに胸を張る。
「ああいう人達は容姿に惹かれてるだけで軽い気持ちなの。だから、重い気持ちを教えてあげれば良い」
「重い気持ち?紫緒ちゃんがどれだけ篠宮君を好きか、って事?」
「まあ、端的に言えばそうだけど、要するに」
紫緒ちゃんは一旦一呼吸置き、
「斎様本人では見付けられないほくろの位置とか数とか、容姿の細かすぎる特徴をミリ単位でとか、本人でさえ気付いていない癖とかをねっちょりこってりノンブレスで語ればドン引きして逃げて行くよ」
……………………………………………。
「そ、それは何と言うか、斬新だね」
確かに有効且つ平和的に解決しそうではあるけれど、同時に篠宮君の本人でさえ知らないような個人情報が一部の女子に流されているという事で………良い、のだろうか?
「ふっふっふ。三十年越しの想いを舐めちゃいけない」
「三十年?」
突然出て来た突飛な数字に疑問符を浮かべれば、何故か紫緒ちゃんは突然慌ててその言葉を誤魔化した。
「え、えっと、とにかく!相手を引かせるくらいの熱意を語れたら私の勝ちって事で!」
紫緒ちゃんが私を振り返ってガッツポーズを作るその後ろでは、ようやく男の子の試合も終わったようで、コートに集まっていた人達が散り散りになっていた。その中で、篠宮君はすぐに紫緒ちゃんの姿を見付け、こちらに駆け寄ってくる。
「お疲れ様です、斎様!」
「お疲れ様。何の話をしてたんだ?桜井の顔が妙に引きつってたけど」
そう言われて思わず顔を両手でほぐす。紫緒ちゃんの撃退法には驚いたけど、そんなに変な顔をしていただろうか。女子失格だ。
「気のせいです。斎様の勇姿について愛花ちゃんに解説しておりました!」
しかし、サラッと嘘を吐いて誤魔化した紫緒ちゃんに、再び顔が引きつりそうになる。すごい、紫緒ちゃん。すぐに顔に出てしまう私とは違い、どこまでも平静だ。その嘘が私のせいでばれてしまわないように、顔ほぐしをしばらく続行する。篠宮君に知られると、うん。きっと微妙な気持ちにさせてしまうし。
「そういう、変な事はしなくて良い」
そう口にするものの、篠宮君はどこか嬉しそうである。紫緒ちゃんが自分の事だけを見て、考えてくれるのが嬉しいのだろう、と思う。たぶん、恋ってそういうものだ。私だって私の事だけを見て欲しい。私が先生の事だけを想うように。
憧れる程仲の良い恋人同士が変わらず仲良くしてくれるように、私は一生懸命自身の顔をほぐした。
読んで頂きありがとうございます。
久しぶりに小話として活動報告にあげようとしたのですが、長くなってしまったのでこっちに。
私はよく忘れてしまっていましたが、斎はハイスペック系乙女ゲーム男子なのです。しかし、斎が何でも出来るんだよー女子にモテるんだよーという事を書いていると何だかむず痒くて仕方ありませんでした。
紫緒は斎マニア。蒐集癖あり。