朝チュンの浪漫
朝、小鳥の囀りと共に目が覚めた。カーテンの隙間からは白い光が差し込み、穏やかな陽気を伝えている。室内は白い光に包まれており、心地よいまどろみが漂っていた。
寝起きの悪い自分が自然に目覚めるなど珍しいな、と思う。紫緒が起こしに来てくれるまで眠っているのが常である。
上体だけベッドから起こそうとして、ふと違和感を覚える。何だかいつものベッドのスプリングとは調子が違い、小さく窮屈に感じられた。その窮屈さを感じる側に目を向けてみれば、掛け布団が盛り上がっている。
それを見ておかしい、と思う。妙な違和感があるのだが、寝起きで頭が回らず現状を把握できない。寝起きの悪さだけは、どれだけ工夫しても一向に治る兆しが見えないのだ。
「斎さまぁ…」
覚めきらぬ頭で呆然と掛け布団の膨らみを眺めていれば、その膨らみの中から自分を呼ぶ声が聞こえた。そこでようやく思考が覚醒し、勢いよく掛け布団をめくり上げる。
そこには、涎を垂らすだらしない顔で寝ている紫緒がいた。むにゃむにゃと口が動いているが、明確な言葉になる事はない。
思わずお互いの着衣を確認するが、寝乱れている程度でしっかり身に付けていた。
「ちっ…」
思わず舌打ちが漏れる。そこでようやく現状に至る経緯を思い出せた。
金曜日である昨夜、押し倒してやろうと深夜に紫緒の部屋に侵入したのだが、紫緒に抵抗された。そこまではいつも通りである。すると、俺の気を逸らそうとした紫緒がトランプをしましょう!と言い出した。強引にカードを配り始める紫緒に対し始めは渋々カードを手に取ったのだが、途中から白熱してしまい、トランプに飽きればボードゲームを出してきて、かなりやり込んでしまった。最後に時計を確認した記憶では、午前二時半を回っていたはずである。どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
ベッドのそばにある置時計を確認すれば、現在時刻は午前六時半。いくら土曜日とはいえ、紫緒がこの時間まで眠っているのは珍しい。彼女は毎日早寝早起きを心掛けており、俺の方が先に起きる日は随分希少だった。
「ふひひひ」
先程から、紫緒は眠りながらも怪しげな笑い声を漏らしている。あまりにもだらしなく、締りの無い顔だった。
「バカ面」
呟いて、顔に掛かる長い髪を払ってやれば、紫緒はますます頬を緩める。眠っている癖に忙しない表情筋である。
「ぃつき、さまぁ……」
すると、紫緒は再度寝言で俺を呼ぶ。こういう所が憎めない。高校入学して以来、中学生の頃までとは打って変わって俺の方が振り回されるようになった。しかし、それでも変わらず紫緒が俺の事を第一に考えてくれている事はよく伝わっていて、どんなに上げて落とされても、思わせぶりに振る舞われて腹が立っても、俺の気持ちは変わらなかった。最早意地になっていた所もあるかもしれないが。
紫緒はずるい。そういう彼女だから、結局折れるのはいつも俺の方だ。
「せめてこのくらいの悪戯は……」
悔し紛れに紫緒の着ているパジャマのボタンを全て外す。下にインナー代わりのキャミソールを着ていたので、問題は無いだろう。ただ、目を覚ませば俺が隣に寝ていて、自分のパジャマのボタンが全開になっている事に気付いたときの紫緒の混乱は想像に難くない。彼女の目覚めが実に楽しみである。
俺は思わず笑みを浮かべて、二度寝をする為に再度布団をかぶり直す。全く目の覚める様子のない紫緒を引き寄せれば、彼女は自らすり寄って来た。良い夢が見られそうだった。
次に俺の目を覚ましたものは、紫緒の悲鳴だった。
現状に混乱しつつも記憶になく、必死に事実確認しようと起こした紫緒に、俺はせっかくなので惜しみない笑顔で答えた。
「ご馳走様」
そのとき、首筋まで真っ赤になって固まった紫緒に、せっかくなのでキスをしてみた。すると、おののき過ぎて勢い余り、ベッドから転がり落ちた紫緒を見てほんの少し溜飲が下がったのは、俺だけの秘密である。
読んで頂きありがとうございます。
短いですが、斎に幸せを、とか斎可哀想、とか朝チュンを、というお言葉をいくつか頂いたので彼の幸せを模索してみました。
これは朝チュンです!
けれど私は信じているのです。このお話を楽しんで下さる方々は斎が幸せになると『あれ、何か物足りない?』ってなるのだと!信じているのです!
斎に関して真剣に考えてみた結果、彼はきちんと口に出して好きと伝えない所がダメだなぁ、とお母ちゃん(私)は思う訳です。