表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/34

蓋をあけてみれば





日当たりの良い窓際でついつい昼寝をしたくなってしまうような、麗らかな春の休日。そんな心地の良い陽気の日に、私は追い詰められていた。


「何で避けるんだ」


斎様は苛立たしげに眉を顰める。現在の状況、壁ドン。壁ドン、再びである。しかも、ここは自宅マンションの玄関。背中には玄関の扉、顔の横には斎様の腕、正面には今日も麗しい斎様のご尊顔。わぁお、逃げ場がないにも程がある。


助けを求めようにも、頼みの綱となる兄は朝早くから外出してしまった。どうもきな臭い、と探りをいれてみればやはり愛花ちゃんとホームセンターに出掛けるらしい。本格的に花壇いじりをしても良い、と許可が下りたらしく、その用具を買いに行くと言っていた。愛花ちゃんは、そのお手伝いとの事。どう考えてもある種のデートである。しかし、恐ろしい事に兄には全くその発想がないようだった。その容姿で女性に避けられ慣れている為か、兄は恋愛に対して消極的である。ゲームでも、あっさりと友好な態度を示してもそこから恋愛に繋げるまでが異常に長いのだ。愛花ちゃんも苦労しているだろうと思う。


もう、愛花ちゃんを取らないで!とは思わない。何故なら、今やそんな余裕さえもなくなってしまったからである。未だに信じられないのだが、ええと、うーん………どうやら、斎様は私の事が好きらしい。


そんな馬鹿な、と言いたいけれど!兄にまで認められてしまうと反論が苦しくなる!その兄に詳しい話を聞いてみれば、斎様は幼少期より私と結婚する為に動いて来たとか。しかも、私と相思相愛だと思っていたとか!という事は中学のあのとき、恥ずかしがりながらも冗談だと思って流していたけれど、押し倒されたのはきっと本気で危険だったのだ!


そう悟った私は、完璧に斎様と真正面から向き合えなくなった。一緒に暮らしているので限度はあるが、可能な限りその視界から外れようと頑張り、私の方もなるべく斎様を視界に入れないようにした。だって、どんな顔をすれば良いのか分からない。

斎様は、特別な人だけれど、特別だからこそ恋愛などというある種下世話な対象として見てはいけないような気もする。だからと言ってあっさりとその気持ちを拒絶してしまうには、共に過ごした十年は長過ぎた。


そんな気まずさ故に、初めて二人きりの空間に息苦しさを覚え、兄が家を出てそう間もなく、私も買い物など適当な理由を付けて家を出ようとした。すると、斎様が付いてくると言い出してしまったので慌ててお断りをしたのだが、逃げるように家を出ようと玄関に向かった所で、残念ながら捕まってしまったのである。


「もう一度言う。何で、俺を避けるんだ」

「さ、避けてないですよ?」

「嘘付け。じゃあ、何で目を逸らす。何で隣に立っただけで奇声を上げて逃げるんだ」


恥ずかしいからですよ!どんな顔をすれば良いのか分からない!


「何か不満でもある?」

「そんなんじゃ………」

「じゃあ、何で」


ひたすら足元に視線を落とし、斎様の追求から逃れようとする。頭の上から降ってくる声が、私の心を揺り動かし、妙な緊張から顔が赤くなっていくのが分かる。どうして、私はこれまで平然と斎様と向き合う事が出来ていたのか、今となっては全く分からなくなってしまっていた。


「…………俺の事が、嫌になった?」

「なっ!そんな訳っ………!」


思わず顔を上げれば、途端に斎様と目が合った。その瞬間に羞恥が込み上げて逃げ出したくなってしまうかと思えば、むしろ斎様から目を離せなかった。

唇を引き結ぶその表情を久しぶりに見た。幼い頃のような、強がりの顔。傷付いている癖に、先に拒絶をする事で虚勢を張る、幼い自己防衛。斎様は出逢ったばかりのあの頃、そんな表情ばかりを見せていた。拒絶されて尚、求め続けるほど彼は強くも愚かでもなかった。


だから私は、この人を幸せにしてあげたいと思った。その顔が、あまりに寂しかったから。ゲームでは彼のその孤独さえも魅力の一つだと思っていた。けれど、現実に唇を噛んで孤独を払う斎様に、とてもそんな風には思えなかった。ただ、切なかった。手を伸ばさずにはいられないくらい。


それでも、どこかで私はこの手が届く訳が無いと思っていた。ある意味この世の誰より遠い存在に思えた。彼はゲームの中の人、本来触れられるはずのない人。私が幸せにはしてあげられない人。

私だって、強くない。憶病で卑怯者。届かない手を伸ばし続ける勇気なんてなかった。だから、他人に願った。まだ出逢わぬヒロインが、きっと彼を救ってくれる、と。叶うなら私が幸せにしたい、というその願いに蓋をして。


いつしか、そうして蓋をした事すら忘れて、ただヒロインとの出逢いを盲信していたけれど、いつだって私が、彼の幸せを願っていた。斎様の幸せが、私の幸せだった。その幸せを、もしも私がもたらせたならそれはなんて幸福なのだろう、と思っていた。


盲目的に彼の事だけを考えていたかった。前世と今世があやふやになり、今世がゲームの中の架空の世界なのではないか、という恐怖に見舞われても、斎様が私に触れてくれるから現実を信じる事が出来た。彼の存在が私の喜びで、幸福で、安寧でさえあった。

それに気付いてしまえば、もうダメだった。もう私には誤魔化せない。

そうだ、私はずっと―――――――――――


「……………きです」


今更何を言い出すのだろう、と思う。ずっと目を逸らして、芽生えかけたそれに蓋をしていた事も忘れたままで。私が斎様を幸せにしてあげる、結局その傲慢な言葉に私の全てが入っていた。私は斎様にとって、幸福な存在になりたかったのだ。


「好きです……私、斎様が。大好きです」


顔の赤みがどんどん増していくのが、鏡で見ずとも分かる。頬から熱が広がり、耳までもがじんわりと熱い。生まれて初めての告白は、穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。


このときの私は、恥ずかしながら自惚れていた。兄が保証してくれていたので、この告白は間違いなく届くだろう、という確信もあった。だからこそ口に出来たのだ。恋愛未経験者のヘタレっぷりを舐めてはいけない。当たって砕けられるほど、恋愛に関して強気になれないのだ。

だからこそ、頭を割れそうなほどの力で鷲掴まれたとき、混乱の極致に陥った。


「…………もう、もう騙されるか。そうやって俺を持ち上げといてどん底に突き落とすんだろう。期待してはいけないと分かっていながら期待する自分に腹が立つ」

「え!ちょっ、何の……って痛い痛い痛い!?」


ミシミシミシ、と私の頭が非常に危険な音を鳴らす。あれ、これ確実に鳴っちゃダメな音では?というか、頭蓋骨って音が鳴るのものでしたっけ?


徐々に力を加えられていきながらも何とか混乱を振り払い、私は必死に現状の把握に努めた。

斎様のお言葉から、現在の心境を察する。更にはここに至るまでの経緯。どうやら、私が気持ちに蓋をしている間中、斎様は私と相思相愛だと思っていたらしい。それが、高校入学時に誤解であったと斎様に伝わった。それを前提として先程の斎様のお言葉である。


え………あれ、もしかして…告白を信じてくれて、ない…?


斎様は薄暗い目で、私の頭を掴む手に力を込めていく。そ、そんな馬鹿な!私の一世一代の告白が、一欠片も信じてもらえないなんて、そんな事があるか!少なくとも、乙女ゲームや少女漫画では有り得ない状況である。


「そっ、そそそそそそんなー!!」


真っ赤になっていた顔が一気に青褪めるのが感覚で分かる。告白以前の話し合いが必要であると、気付いた私は痛みか貧血が原因か、思わず気を失いそうになってしまった。









読んで頂きありがとうございます。

男女平等の時代ですからね。紫緒にも少しくらい不憫があっても良いよね!正直自業自得だしね!物凄い思わせぶりだったからね!


感情なんて些細に揺れ動くものだと思っています。こうだ!と自分に言い聞かせ続ければ自分に都合よく変化する事もあるかと。


前回ラストまであと三~四話と申しておりましたが、余程長くならない限り、どうもあと一話で終われそうです。

最後までお付き合い頂けますよう、どうぞよろしくお願い致します。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ