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黄昏落花  作者: 空月
9/11

『変化』がもたらすもの




 変わってしまった。

 変えてしまった。

 変えられて、しまった。

 

 すべては巡って、かえってくる。



* * *



 しばらく呆然としていた。

 けれど、そうしているわけにもいかないと、我に返って。

 ブラックアウトしていたスマホを再び点灯させて、ある人の電話番号を表示した。


 ……答えて、くれるだろうか。


 浮かんだ不安を振り切って、私は通話ボタンを押した。

 電子音が鳴った瞬間、待っていたかのように即座にそれは繋がって。

 機械処理された不機嫌そうな声が、耳朶を打った。


『……ようやく、か? 思ったより遅かったな』

「夕さん……」

『まあ、予想はついてるが――何が訊きたい?』


 何もかもをわかったような声で――否、実際わかっているのだろう様子で、電話の向こう、夕さんが低く問う。


「伶が――伶が、『変わって』しまった……」

『それこそ今更だな。おまえに出逢ってから、ずっとアレは『変わり続けている』。あるはずのない『変化』を、し続けている。そんなの、今更取り沙汰するほどのことじゃない。そうだろう?』

「でも――でも、あの変化は……あんな、急激な変化は。おかしい、でしょう……?」

『おまえのせいだろう』


 その声は、やさしくすらあった。

 さっきの伶の――私を愕然とさせたそれに似ていて、けれどどこか、幼子をなだめるような声だった。


『おまえのせいで、おまえのために――アレは『変わった』。それが後にどう響こうが、それは問題じゃないと振り切った。おまえはその『変化』を急だと思ったろうが、あんなのはただの蓄積の結果で、……おまえとアレが出逢ったときから、決まってたんだろうさ』

「だけど……」

『アレの『変化』は、おまえに都合がいいだろう? 戸惑う必要も、心配する必要もない。そんなのはアレは望んでいない。――おまえはただ、享受すればいい』


 夕さんの低くうたうような声が、頭にもやをかける。


(そうなの、かな……)


 思考を、鈍らせる。


(私は、ただ、待っていれば、いい……?)


 伶と、夕さんのいいように、――誘導される。


(待つ、だけ。どこかで、ずっと諦められなかった、望みが叶うのを――)


 『それ』が『私の思考』として、馴染もうとした瞬間。

 ぱちん、と目の前で手を叩かれたような心地がした。


(それで、いい――なんて。そんなわけ、ない)


 そっと、息を吐く。

 私の中の『異常』が、それを為したのだとわかる。わかってしまう。

 きっと、伶や夕さんが望まない方向に向かっていることも。


『……チッ。やっぱり、俺程度じゃダメか』

「――夕さんと伶が、私のことを想ってくれてるのは、わかってます。きっと、二人の思惑に流された方が楽なのも……何もかもうまくいく、かもしれないのも」

『…………』

「でも、ダメです。私の中の『かみさま』が、ダメだっていうから」

『――本当に、おまえは何から何まで、イレギュラーだな』

「ごめんなさい、夕さん。ずっと、ずっと足掻いてくれてたのに――」

『謝るな。末期の別れみたいに言うな。俺も――アレも、おまえにただ、普通に生きてほしいだけだ。それだけの、『当たり前』を。おまえにかえしてやりたいだけだ』


 わかってる。

 ずっとずっと、わかってた。


 こうして、私の終わりが見えても。

 それがずっと変わらなくても。

 夕さんと――『変わった』伶が望むのは、それだけだってこと。


「――ねぇ、夕さん。私、ちゃんと幸せでした。『死ぬはずだった』あの日から今日まで、ちゃんと『生きて』ました。諦めも、もちろんあったけど……それだけじゃ、なかった」


 『死ぬはずだった』あの日。

 家族で乗っていた車が、崖から落ちたあの日。

 私だけが、『かみさま』にみつけられて、生き延びたあの日から。


 自暴自棄になったときもあった。

 何もかもどうでもよくなったときもあった。

 それでも、『生きて』きた。

 終わりが見えてしまった生を、それでも生きてきた。


私を大事に思ってくれる人――伶や夕さんみたいな人がいて。

 夢想のような恋も、質感を持った、ちゃんとした恋になって。


 それが、幸せなことだって――そういうことに、ちゃんと気づけたから。


『――アレは、譲らないと思うぞ』

「わかってます。私の分が悪いのも、伶が頑固なのも」

『それなら、もう好きにしろ。俺は知らん。――俺の手の出せる領域じゃなくなるからな』

「夕さん……」

『アレは『宮内』の奥宮にいる。……おまえなら、入れるだろうよ』


 その言葉を最後に、通話は切れた。

 私はまた、スマホの電話帳から、ある人の電話番号を呼び出す。


『……如月? どうした? 電話なんて、珍しいな』


 耳をくすぐる声が、心地いい。好きだな、と思う。

 それは、私が『奇跡』の末に獲得した、恋のたまものだ。


「急に、ごめんね。――今日は、ありがとう」

『? いや、礼を言うのはこっちじゃないか? さくらに会ってやってくれて、ありがとうな。なんか相談にのってやってくれたって聞いた。最近、考え込みがちだったのが、如月のおかげで解決したみたいで……今度、改めてお礼させてもらいたいくらいだ』

「ふふ、いいよ、そんなの。……でも、そうだな。冬休みが明けて、もし会えたら。聞いてほしいことがあるの」


 もし。

 もし、私に、『続き』があったら。


 聞いてもらえたらいい。

 私の、初恋のこと。

 遠矢くんを、好きだってこと。


『別に、今でもいいけど……?』

「ううん、今度会えたら、でいいの。……あと、ひとつ、お願いがあるんだけど」

『何?』

「『がんばれ』って言ってほしい」

『……なんか気合い入れないとならないことでもあるのか……?』

「そんな感じ」

『そっか。……うん、がんばれ、如月』


 そんな一言で。

 なんだってできるような気がする。

 それこそが、この『恋』の――伶が『変化』をもたらして、そうして育った、この恋心の効果だから。

 きっと、大丈夫。


「ありがとう、遠矢くん」

『もういいのか?』

「うん、大丈夫。――本当に、ありがとう」


 万感の思いを込めて伝える。

 そうして、通話を切った。

 ぎゅっと、スマホを握る。


 大丈夫。だいじょうぶ。――まだ、何も、終わってない。




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