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黄昏落花  作者: 空月


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10/11

失いたくないのは



 本当に願っていたのは、なんだっただろう。

 本当に失いたくないものは、なんだっただろう。


 願いは、望みは――祈りは。



* * *




 『奥宮』。

 それは、『玖内の次代』だけが入れる、神聖な場所。

 絶対不可侵の――『かみさま』の居場所。


 目を閉じる。

 わからない、感じ取れないと決めつけていた、私の中の『異常』を、探す。


 まどろみの気配を感じた。

 私の中で、うとうととまどろむ『何か』の――『かみさま』の気配。



「お願い――私の中の『かみさま』」


 願う。望む。

 そこに確かに在るものへと、想いを奏上する。


「私を、伶のところに、連れて行って」


 たったそれだけ。

 それだけで叶うことを、私は知っていた。……たぶん、私の中に『かみさま』が宿ったときから。

 私は宮内の人間じゃないけれど。

 伶みたいに、『かみさま』のための『器』として、育てられたのでもないけれど。

 それでも『かみさま』がそこにいるから。

 本当は、そういうことができるのだって、知っていたのだ。


 視界がぐにゃりと歪む。

 そうして、歪みが戻ったあとに広がるのは、私の住む家の中じゃなくて。

 どこまでも澄んだ空気で満たされている、広い広い空間だった。


「――『奥宮』って、地下だったんだね」


 その広大な空間の中心に立つ伶に、語りかける。

 珍しく目を見開いて――驚きをあらわにした伶が、くしゃりと顔を歪ませた。

 

「……りっか。どうして……」


 ここで、どうして、と聞いてしまうのが伶だな、と思う。

 私と出逢って、そうしてようやく、『個』を――自我を獲得した、まだ幼子のような伶だから。

 ……だから、わからないのだ。

 どうして、私がここに来たのか。

 どうして、伶を止めようとするのか。

 『かみさま』の助力を得てまで、どうして、と。


「ねえ、伶。私ね、ずっと言えなかったけど、見ないふりを、していたけど――死にたく、ないよ」

「……それなら、待ってればいい。俺が『奇跡』を起こすのを」

「でもね、『死にたくない』気持ちの先にあるのは、『失いたくない』なの」

「……?」

「今の日常を、失いたくない。私は、一度全部失ったから――家族も、続くと思ってた日常も、ぜんぶ失ったから。全部失って、そこからまた得たものを失いたくない。……その中には、伶もいるんだよ」

「俺、も?」


 思ってもみなかったことを言われたというふうに、伶が首を傾げた。

 私はそれに、少しだけ微笑んだ。


「そう。伶は『玖内の次代』で、宮内の『かみさま』の『器』で……そういうふうに育てられて、そういうものになるのは、わかってる。だけど、私のせいでそれを早めてほしくない。私の命の代わりに、伶が『いなくなる』のは、いやなの」

「でも、このままだと、りっかは……」

「うん。宮内の人間じゃないから――そういうふうに育てられたんじゃないから、春には、『かみさま』に耐えられなくて死んじゃうんだよね。……『かみさま』の力を借りたから、もうちょっと短くなっちゃったかも」

「俺、は。『俺』は――……それはいやだよ、りっか」

「うん、それもわかってる」

「だったら、どうして……」

「言ったでしょう。『失いたくない』の。私の命が――生きていられる期間が延びる代わりに、伶が消えちゃうのが、いやなだけ。それくらいなら、私が今持っているもの全部持ったまま、春に死んじゃう方がいい」


 平行線だってわかってる。

 自分がどうなっても、私を生かしたい伶と。

 それ以外のすべてが揃っていたとしても、『伶』がいない日常を……『失った』状態の日常を、生きていきたくない私と。

 どこまでも、相容れない。

 ……それも、わかっていたから。


「ねえ、伶の中の『かみさま』」


 願う。望む。奏上する。

 きっと、伶がそうしてきたように。

 そうやって、宮内の『かみさま』の力を借りてきたように。


「春まででいいの。そうしたら、私の中の『かみさま』が解放される――私が死んで、解放される。ねむって、自然に溶けて、消えていくはずだった『かみさま』は、私の中で少しだけ、消えるまでの時間を延ばしたから。その代価に、『伶』をちょうだい」

「りっか……!」

「まだ、『伶』という人格を、消さないで。私からとりあげないで」



 宮内の『かみさま』――伶の中の『かみさま』は、ずっとずっと、祀られて、だいじにだいじに『器』に籠められて、そう『在る』ように整えられた『かみさま』だ。

 『願い』に、『祈り』に応える――そういうふうにできている『かみさま』だ。


 『かみさま』に祈る。

 『伶』に願う。

 どちらも、同じ『かみさま』の宿る私の望みを、無下にはできない――そういうものだから。


「……俺は、りっかに生きて、幸せになってほしい」

「うん」

「しあわせに、ふつうのひとみたいに生きて……イレギュラーな、『かみさま』のせいで死なないで、ほしい」

「うん。……でも、私を生かしてくれたのも、『かみさま』だから」


 あの日、私が生き延びたのは、『かみさま』が私をみつけたから。

 次の春に、私が死ぬのは、『かみさま』が私の中に『在る』から。


 どちらも同じ軸にあるのだから、それが自然なこと。当然のこと。

 それを曲げるために、『伶』が犠牲になるのは、やっぱり違うと思うのだ。


 同じ『かみさま』を宿す私と出逢ったことで、『伶』という人格が生まれたのなら。

 いずれ消えるさだめの『個』が、生まれてしまったというのなら。


 あの日、死ぬはずだった私。『かみさま』に生かされた私。

 存在しないはずだった『伶』。『かみさま』によっていずれ消えてしまう『伶』。


 どちらも、もう少しだけ――最初からわかっていた期限まで、生きたって、『在った』っていいはずだから。

 春まで。次の春が来るまで――卒業、まで。

 どうかそれくらいの猶予はください、と『かみさま』たちに乞う。

 決まっていたさだめを、覆そうとしなくても。

 私はじゅうぶんに生きたし、幸せだったから。


「ああ……」


 伶が、声を零す。


「……『かみさま』は、りっかの『願い』を、叶えてしまった。――あと少し、だったのに。あと少しで、りっかがずっと生きていられたのに」

「ずっとじゃなくていいんだよ、伶。私、春が来るまでだって、幸せに生きられる」


 終わったはずのあの日から。

 生き延びた先の日常で、得たものは確かにあったから。


 ほた、ほた、と伶が涙を落とす。

 私はそれを、笑顔で拭った。


「――ねぇ、私、伶のおかげで、ちゃんと恋ができたよ。ふつうの女の子みたいに、恋ができた」


 命の終わりとともに、落ちるとしても――恋は、この心に咲いたのだ。


「ありがとう、伶」

「りっか……」


 再び、私の中で『かみさま』がまどろむのを感じながら。

 私は初めて、ちゃんと『かみさま』に感謝した。


 どうして、と詰った時もあった。

 家族と一緒に死んでしまいたかった、と思った時もあった。

 それでも、与えられた命はそこに在って。

 それでも、一歩ずつ、毎日を生きてきたから。


 これでよかったのだと、今なら思える。

 だから、だいじょうぶ。


 逃避の末の受容でも、諦観の先の選択でもなくて。


 私は、望みを選び取った。





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