(8)
カズヤの部屋は、なかなかのモノだった。駅に近いマンションの一室、ドアを開けて中に入ると、左手にトイレと風呂がセパレートであり、奥には部屋が三つある。都心でこのような部屋なのだから、三十万はくだらないようなところのはずだ。まずおれたちは左の部屋に入っていった。そこはキッチンのあるリビングだった。テレビもかなり大きく、ソファもかなりふかふかで、金のかかった部屋に違いなかった。カーテンを開けてベランダに出てみると、宝石のように光り輝いている町並みが眼下に広がる。思わず吐息を漏らしてしまうような、見事な景色だった。
カズヤはリモコンでエアコンをつけると、冷蔵庫からつまみを取り出してきて、ソファに並べた。
「この部屋すごいですね」
おれはキョロキョロと部屋を見渡し、感心したようにいった。それは本心からだった。特に、この景色が羨ましい。
「まあ、な。三十五万くらいかな、確か……。もちろん、親は頼ってないしね」
カズヤは缶ビールを開けると、ぐいっと喉の奥にすべらしていく。おれの記憶が間違いでなければ、コイツは高校生だったはずだが……。その飲み方をみれば、飲み慣れていることがわかる。
「まあとりあえず飲みますか。今日の大勝ちを肴にでも」
おれも喉を鳴らしてビールを飲み始めた。
三時間ほど飲んだ後、カズヤは顔が真っ赤になっていた。少しだけ呂律もまわらなくなっており、いつもは言わないような下ネタもポンポンと口から飛び出すようになってきている。おれは飲んでるとみせかけていただけだったから、まだまだ余裕だった。もっとも、普通に飲んだとしてもまあまあ強い方だから、問題はなかったと思うが、それでも、少しでも頭の働きが鈍ってしまうのが嫌だった。
「そろそろ教えてくださいよ、カズヤさん。どうやってこんな部屋を借りれているのかを」
カズヤは含みをもたせた笑いを浮かべると、深くうなずいた。
「まあ、そろそろいいかな。ワタルのおかげで、今日は儲かったし、言っとくが、この秘密を教えるのは、お前が初めてだぞ?」
「なんかコウエイですね」
おれの言葉に笑顔で答えると、カズヤはソファから腰を上げた。そしてついて来いとおれに手で合図する。
カズヤが向かったのは、玄関から向かって右側の部屋だった。ドアをゆっくり開けると、中は暗闇だった。カズヤがニィっとおれに笑顔をみせてから、電灯のスイッチをいれた。
とたん、パッと目の前に広がった光景で、おれは今回の事件がすべてみえたような気がした。
部屋の広さは十畳ほどだろうか、左奥には少し大きめのベッドがあり、それを取り囲むように三台のビデオカメラが設置してあった。いずれも、ベッドに向けられている。右奥にはDVDプレーヤーと大きなテレビ、そして最新のノートパソコンが設置してある。傍らにはDVDが山のように積まれてあった。あきらかに、“何か”を撮影し、そしてそれを編集するための設備だった。それが何を撮影しているのか、それはもはや、おれには考える必要もないように思われた。
「すげえ設備だろ? 簡単なことさ。ここで女とヤッて、それをビデオにおさめる。あとは高校生とかが好きなマニアの奴らに売っぱらっちまえば、元のDVD代の数百円だけで、どんどん儲かっていくわけだ。シンプルで、なおかつ利益が大きい。売る相手は完全会員制にしてるし、サイトも見た目は普通にしてあるから問題ないしな。こんなDVD一枚に何万も出す奴らが、この国には大勢いるんだよ。馬鹿だよな」
そういってカズヤは得意げな表情を浮かべる。まるで自慢をする子供のように、自分の行いが正しいことであると言わんばかりの、一寸の曇りもない笑顔。
おれは胸の奥から熱いものが盛り上がってくるのを感じていた。とても抑えきれそうにない、深く、そしてどす黒い怒りのみが、体中を埋め尽くしていく感覚がある。この場でコイツを殴り倒してやったら、どれほど心の中がスカッとするだろうか。震える身体を抑えて、おれは平静を装った。まだだ。完全な証拠を手に入れるまで、それはおさえておかなければならない。直人の顔を思い出し、何度も何度も自分に言い聞かせた。
「たしかに、スゴいですね。最近撮ったものってどういうのがあるんです?」
カズヤは一枚のDVDをケースから取り出して、DVDプレーヤーにセットした。テレビがパッと明るくなった。
「二週間前ぐらいかな。コイツが一番最新だ。名前は……なんて言ったっけ、忘れちまったけど、けっこう可愛い子だったな……。まだ面倒くさくてダビングしてないから、これ一枚分しかデータがないんだ」
テレビに映ったのは、二人の男女だった。女は全裸で、その手には手錠がかけられており、それはベッドに結ばれていて、逃げられないようになっている。さらに声も出せないようボールギャグをつけられている。そしてその女に馬乗りになっているのは、今おれの隣にいる男、まぎれもなくカズヤだった。おそらく慣れていて、そして計算しつくされているのだろう。カズヤはカメラの中央で映り続けている。女の顔には激しい抵抗の色が浮かんでいたが、カズヤの執拗な行為に、その顔にもだんだんとあきらめの表情が表れていった。
そのレイプ映像は三十分以上にも及んだ。おれは吐き気を覚えるようなその映像をただただ見続けていた。その横で、カズヤがニヤニヤしながらおれの顔を覗き込んでいるのが気配でわかる。
女の顔ははっきりと映っていた。涙でぐしゃぐしゃになっているその顔には、おれが直人から受け取った写真の中で微笑んでいる、美和の面影が微かに残っている。
それは、あまりにもむごすぎる光景だった。身動きできない娘を、男が嬉しそうに犯し続ける。何度も、何度も。
おれの中で決意は固まった。コイツに同情の余地はない。人の痛みというものが、根本的に分かっていないのだ。だからこのようなことが平気でできる。正義だの悪だの、そんな言葉を使うつもりはない。しかし、コイツは、何よりも許せない。
「他に何人分くらいあるんですか」
少し震えた声で、おれがそういうと、カズヤは指折り数え始めた。
「忘れたけど、けっこうあるな。何本か貸してやろうか?」
「じゃあこの映ってるやつ、貸してもらえませんか? 気に入っちゃったんで、お願いしますよ」
カズヤは酔っているせいか、快諾してくれた。もちろん、すぐに返せよ、とは言ってきたが。
そしてその後、おれは用があるといって、カズヤの部屋をあとにした。カジノに行く約束をとりつけてから。
イライラしているせいか、おれは足早にその場を離れた。さっき借りたDVDのケースを、ポケットの中で何度も確認する。それと同時に、自分の心を幾度となく確認する。
おれは外に出て携帯を抜くと、三島に電話をかける。
「三島さん、ワタルです。ちょっとお願いがあるんですけど……」
「今日二度目のお願いだな。どうした?」
おれはごくりと唾を飲み込むと、呟くように懇願した。三島に迷惑がかかるかもしれないと思いながら。
「ハメてやりたい奴がいます。徹底的に」
おれは自分でも背筋が冷たくなるほど冷静にそういった。
「今日連れてきた奴か?」
三島はほとんど状況を理解してくれたようだ。声を潜めたのがわかる。
「はい。またカジノに連れて行くんで、その時にお願いします。今から計画を話したいんで、店に行きます」
「おう、待ってる。できる限り協力はしてやるよ。一つ貸しだけどな」
そういって三島は低く笑い、電話を切った。
次におれは直人の方に電話をかける。
「直人さん? ワタルだけど、今度、来て欲しいところがあるんだけど。会社休める?」
「分かったのか!」
直人は興奮したように大きな声を出した。
「ああ。今度会ったときにすべて話すよ。これだけは言っておく。娘さんは、自殺に追い込まれたんだ」
「そうか……、そうか……! 誰だ、そいつは……!」
また電話する、といっておれは電話を切った。直人はおれの番号が分からないから、おれに電話をかけてくることはなかった。
そして、おれは計画を胸に秘め、三島の元へと向かった。




