(6)
次の日、おれはパチンコ屋に向かった。ヒカリに言われた通りの店に。
頭は自分でも驚くほどすっきりしていた。ぐっすり眠ったのもあるだろうが、何より手がかりというか、何をすべきかを迷う必要はなくなったのだから。軽い足取りで、まだ人の少ないであろう店内へと足を踏み入れる。というか、水曜日の昼間にこんなところにいる高校生が許されること自体、間違ってるとは思うけど。
店に入ると、とたんに挨拶代わりのタバコの煙がおれの鼻を刺激する。友達にもタバコを吸うやつがいるが、おれはこの匂いがどうしても好きになれない。「コミュニケーションのツールだよ」という友人もいたが、金払ってまでコミュニケーションをとるのはキャバクラだけで充分だと思う。まあ考えは人それぞれだけど、金を使って健康を害する真似をするなんて、ドMとしか思えない所行だ。
止めどなく流れ込んでくるタバコの匂いと、耳をふさいでも否応無しになだれ込んでくるパチンコ台やスロット台の音、本当に好きじゃなければ、ただの不快な音にしかすぎない。金がもったいないというのもあるけど、だからおれはパチンコとかをやらないんだ。
ブラブラと通路をうろつき、出そうな台を探すフリをしながら、おれはあの男を捜した。聞けばまだ十七歳だそうだから、パッとみればすぐに見つかるはずだ。店内は平日の、しかもまだ午前ということもあって、まだほとんど人がいなかった。そしてキョロキョロと探しまわっているうちに、おれは一人の青年を見つけた。間違いない、やつがカズヤだ。
茶髪頭でタバコをふかしてはしてはいるが、店内をみたところ、やつしか十代ではありえなかった。青のジーンズに黒のジャケットを羽織っている。顔は、横顔しかみえないが、なかなか整った顔立ちをしている。何もしなくても女は寄ってきそうだ。
おれはカズヤの真後ろの席に座ると、五千円を使ってパチンコを打ち始めた。しかし、三十分もすると飲まれた。
「マジかよー!」
おれは後ろのカズヤにも聞こえるような声で大きく呟くと、台の端をバンッと叩く。カズヤがおれの方をみるのが気配でわかった。
それからおれは後ろを振り向く、カズヤの席の横には、パチンコの玉が千両箱に詰められて嫌というほど積んであった。すぐに店員を呼ばないところをみると、コイツは面倒くさがるタイプなのか、それとも自分が出した玉を見せびらかすプライドの高い(悪い意味で)男なのだろう。おれはそれを見た後、思い切って話しかけることにした。
「いやあ、出てますねー」
最初は敬語が良い。こういやつには下手に出る方が、上手くとりいれるはずだ。
カズヤは自分に言われているのがわかったのか、おれの方を向き、足下からじっくりとみたあと、呟くようにいった。
「まあね」
手応えは上々。
「あ、おれワタルっていいます。メッチャ勝ってますよね? てかおれ、パチンコでほとんど勝ったことないんですよ。よかったら、どういう台を選べば良いとか、教えてもらえませんか? おねがいします」
おれは真剣なまなざしと、柔らかい笑みの中間の顔をつくる。
「いいよ、教えてやる。おれはカズマっていうんだ。よろしく」
カズヤはにっこりと笑うと、そこからおれにいろんな話をレクチャーしてくれた。良い台の選び方、時間帯、日にちや曜日、それらをおれはときおり頷きながら、真剣に聞いていた。
それからカズヤに台を選んでもらって打つと、玉が止まらなかった。あっという間に台は五、六万円分の玉を吐き出した。
「いやあ、さすがですね、カズヤさん。本当にありがとうございます」
おれはお礼がしたいからと、カズヤと喫茶店へと入っていった。満面の笑みでお礼をいうおれに、カズマは得意げな笑みをみせる。
「いや、あの店は楽なほうだよ。そういえばさ、ワタルって何やってんの?」
おれはある程度答えを用意していたから、困ることはなかった。
「いやあの、大したことない末端のチンピラですよ。カズヤさんは? 大学生?」
へえ、とカズヤは言ってみせる。興味を持ってくれたのかどうかは、おれにはわからなかった。
「学生だよ。てか一応ヤクザなんだ。へー……。それなら俺に声かけたのはラッキーかもね」
「どういうことですか?」
「俺の親父ケイサツなんだよねえ。しかもかなり偉い方」
そしてカズヤはまたニッと笑った。
「マジすか? うわあ、すっげえなあ!」
おれはオーバーに驚いてみせる。その表情にまたカズヤは笑顔を強める。
「だからさ、まあ何かあったら俺に言ってくれればなんとかできるかもよ」
「すっげえなあカズヤさんは。おれ、尊敬しちゃいますよ」
カズヤがタバコをくわえる。おれはポケットからライターを取り出すと、そのタバコに火をつけた。これはタバコを吸わなくても使える技術だから覚えておいた方がいい。「サンキュ」と短くいうと、カズヤは白い煙を思い切り吐き出す。
「よくあの店には行くんですか?」
おれをちらりとみると、カズヤはもったいつけた後に、軽くいう。
「一週間に一回行くか行かないかぐらいかな。ワタルは?」
「おれは、月に一回ぐらいですかね。でも毎回負けるんですよ。今日はカズヤさんと会えてマジでラッキーでしたよ。毎回負けるもんだからいっつも金もなくて……」
少し上から目線を送ってくる感じがして、おれはカズマの方をみた。
「おれは金なんて困ったことないけどね」
「へえ、羨ましいなあ。なんでですか?」
うーん、と一言いうと、そのままカズヤは押し黙った。出会ったばかりのおれに言うかどうかを迷っているようだ。
「聞きたいですけど、言いたくないならいいですよ。おれたちまだ会ったばかりだし」
おれの言葉に、とカズヤは軽く頷いた。そして続ける。
「そうだな、もう少し仲良くなったら教えてやるよ」
「うわー、楽しみだなあ。そういえば、明日またあの店に行きませんか? おれまだまだ教えてもらいたいことあるんですけど」
いいよ、とカズヤは爽やかに笑っていった。少し話をしただけだが、今のところカズヤはフツウの高校生となんら変わらないような気がする。本当にヒカリの言っていたような男なのか、少しだけおれの中に疑問が生まれた。
「わりい、じゃあ俺用事あるから行くわ。今日はワタルのおごりな」
そういって、おれに向けて片手をあげると、カズヤは席を立って店をでていった。
おれも三十分くらいした後に、店を出る。まだ夕方になったばかりだが、もう身震いするほど寒い。
電車やバスを使うのがもったいなかったので歩いて帰っていると、そのうち辺りが闇に包まれていった。街にはぽつぽつとカップルや会社帰りのサラリーマンなんかが姿をみせはじめ、皆どこか忙しそうに夜風を受けながら歩いている。おれは思いついたように携帯を抜くと、直人の家に電話をかけた。直人は最近携帯電話をなくしてしまったらしく、おれに家の番号を教えてくれた。幸い、仕事用の携帯はあるが、そちらは本当に仕事だけにしたいらしい。呼び出し音が二回鳴り、ガチャっという音がする。
「あ、ワタルだけど、直人さん?」
「ああ、ワタル君か。何かわかったのか?」
直人の声はあれからまだ細くなったような印象を受ける。
「まあ、少しは。多分、娘さんの死と繋がってる奴は見つけることができた。明日からはまたそいつについて調べることにするから。また連絡するよ」
「ありがとう。良い報せを待ってるよ」
その声を聞き、おれは電話を切った。
直人は気づいているのだろうか。自分の言葉の矛盾に。
おれはダウンジャケットに首をうずめると、家までの暗い夜道を歩き出した。




