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レクイエム・フォー・ア・ガール  作者: 久里ワタル
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(5)

 海から際限なく吹いてくる夜風になびく長い髪を、ヒカリはゆっくりとかき上げた。おれはただそれを見つめていた。

 デスティニーランド。それが今いる場所。ヒカリの希望により、おれたちはこの日本最大のテーマパークで力一杯遊びきった。そして今、テーマパークのはずれにある公園で、ゆっくりと海を眺めている。黒く恐ろしいはずの海は、なぜか魅力的でもあった。

「久しぶりだなあ、ここに来るのも」

 ベンチに座るおれの方を振り向くと、ヒカリはそういって白い歯をみせた。

「それってどれくらい?」

 ヒカリはゆっくりと歩くと、おれの横にちょこっと座った。はずれにあるだけの小さい公園だから、おれたちの他にほとんど人はいない。おれたちの声は大きすぎるように聞こえていた。

「たしか……八歳のときに一度だけ来た気がする」

 ふーん、と一言だけ呟くと、おれは再び海の方を見つめた。いつ切り出そうか、タイミングを計っていた。いくらヒカリが可愛いからって、当初の目的を忘れるほど馬鹿じゃない。

「でも本当に楽しかったな。まさかワタルが高所恐怖症なんて似合わなすぎて笑っちゃったよ」

 ヒカリがそういってけらけらと笑う。

 そうして一瞬の沈黙が流れた。

「なあヒカリ……」

「分かってるよ。わかってる……。少しだけ、少しの間だけでも自由になりたかっただけだから……」

 おれの言葉を、ヒカリは弱々しい声で断ち切った。そしてヒカリは大きく息を吐く。

「うちの学校、おかしいでしょ?」

 おれは何も言わずに頷いた。

「学校の中がなんて呼ばれてるか知ってる……わけないよね。……ノールール、って言われてるの」

「ノールール?」

「うん。うちの学校の中はね、前に言ったみたいに、この日本のトップにいる人たちの子供が入ってくる。その子供も、入学の時点で権力を持っているってわけ。ほら、取り入ってれば、先々で役に立つって、そう思う人もたくさんいるのよ」

 おれにはまだ言っている意味が分からなかった。それが美和の自殺と、どのような関係があるのかが、まるでわからなかった。

「それが、なんで美和の自殺と関係があるんだ?」

「この日本で一番強い人って、わかる?」

「なんだそれ? なぞなぞか?」

「違う違う。そのままの意味。この法治国家で一番強い人」

 一度首をひねると、おれは思いついたまま答えを出す。

「例えば……警察?」

 ヒカリはこちらをちらっとみると、海の方へと視線を歩かせた。

「当たり。たまにさあ、政治家とかの汚職がバレたりするじゃない? あれって大半が、警察を敵に回しちゃったからなの。もしくは警察が味方にいる人を敵にしちゃったとか。まあほとんどの政治家が裏でイロイロしてるけどさ、それがバレちゃうのは、そういう理由があるの」

 ヒカリは大きく息を吸うと、また続ける。

「仮にやってなくても、警察がやったって言っちゃえば、事実がどうであれ、本当になっちゃう。そしてその人は、……終わり。彼らは事件を作れるんだもの。そしてその警察のトップは……わかるよね?」

「警視、総監? ……まさかそいつの子供が、あの学校にいるのか?」

 ヒカリは海の方へ顔を向けながら、小さく頷いた。しかしそれを聞いてもまだ、真相はわからない。

「次男なんだけどね。長男の方は優秀で、いずれ警察のトップになるって言われてる。でも次男、カズヤの方は……」

 ヒカリは顔をしかめると、首を横に振った。

「最低なやつよ……。あらゆる犯罪を犯したとしても、彼だけはすべて許される。忘れられる。なかったことになるから……。アイツを守っているのは、法律そのものと言ってもいいのかもしれない。アイツを裁くことは誰にもできないから……」

「そいつが、美和と付き合ってたのか?」

 ヒカリは、ふふっと口元を緩めた。おれをあざ笑っているような笑い方だった。

「付き合う必要なんてないわよ。アイツはすべて許されてる。男と女が付き合うのはなぜ? 結局はその相手とセックスがしたいからでしょ? でもアイツにそんな手順は必要ない……」

 まさか、とおれは思った。そんなことが、この国で許されるのだろうか。

「美和は変わった子だった……。可愛くて、よく笑って……。でも、それがいけなかったのよ……。あの子には、何の後ろ盾もないし……」

「知ってたのか?」

 もちろん、というように、ヒカリは大きく頷く。

「そんなことが、この国であっていいのか……?」

「良いわけないわ。でも、実際には存在してる」

 ヒカリはベンチから立ち上がると、腕を伸ばして伸びをした。

「もう、いいでしょ。アイツは法律では裁けない。美和を、あの子を『殺した』犯人が分かったところで、どうしようもないのよ。それともワタル、アイツを、殺してみる? 少なくとも、百人単位の女の子にはお礼を言われるかもしれないわよ? あとで必ず殺されるでしょうけどね……。明日なら多分、ルーンっていうパチンコ屋に一日中いるはずよ」

 ヒカリはおれに別れを言った後、つかつかと歩いて去っていった。また会おうね、という言葉を残して。

 おれはその後もベンチに座り続けていた。

 いったいどうすればいいのか、考えても考えても、答えはでなかった。

 でもこういう時の手っ取り早い解決策をおれは知ってる。


 頭より、脚を使うことだ。おれは問題のカズヤってやつに会ってみることに決めた。他人から得た情報だけだと、時には間違いが起こる。でも、本当にヒカリが言った通りのやつだったら、おれは……。

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