直人がみた光景
武田直人が自らの一人娘の死体を発見したのは、朝のことだった。死因は、首つり。現場の状況を見ればだれにでも分かる、自殺だった。壁に取り付けられていた、服を引っ掛けるためのフックに紐を掛け、そこにもたれかかるようにして首を吊っていた。女の子らしい、かわいらしい部屋は、彼女から死後に排出された体液や糞尿などで見るかげもない程に汚されていた。
美しかった顔は無惨なほどに醜く引きつっていて、よほど彼女の顔を見慣れているものでないかぎり、彼女だと断定できる者は少ないだろう。
直人は娘が前日に家に帰ってきたときから不審に思っていた。いつもよりもうんと遅い、十時に帰ってきた娘は、いつも明るく「ただいま」と言うはずなのだが、その日の表情はいつになく暗く、ほとんど何もしゃべらず、ホームセンターの袋を手に下げたまま、二階にある自室へと入って行った。そして少しすると一階へと降りてきて、風呂場に二時間もこもった。いつもは三十分ぐらいしか風呂場にはいないはずなのに、その日はいやに長かった。
これには直人も驚き、ようやく風呂場から出てきた娘に何があったのかを問うたが、娘は俯いたまま、何も言わずに二階の自室へと再び戻って行った。
妻の早苗とも、今日のあいつはおかしいな、と話していたが、「きっと彼氏とか部活とか、何かのことで悩んでるのよ。難しい年頃だし、しばらくそっとしておいてあげましょう」そう妻は笑いながら言った。
そうして、言いようのない不安を心中に抱きながら、直人はゆっくりと眼を閉じた。明日は土曜日だし、学校もない。明日になって聞いてみれば良い、そう思いながら、直人は眠りについた。
次の日の朝、直人は胸騒ぎとともに目が覚めた。一階の寝室で妻と一緒に寝ていた直人は、目が覚めるとともに、二階の娘の部屋へと向かった。時間はまだ七時だったが、そのようなことはおかまいなく、娘の部屋をノックする。
部屋の中から返事はない。おかしい。娘はいつも朝六時には起きて勉強をしているはずだ。音楽を聴いているからだろうか。
もう一度、今度は強くノックしてみる。しかし返事はない。
扉をゆっくりと開けてみる。
思わず直人は息を飲んだ。娘が、自分の愛娘が、壁にもたれかかったまま、ぴくりとも動いていない。そして鼻に伝わる異臭。窓は完全にカーテンがかかっていたため部屋は暗かったが、確かに娘の姿が確認できた。
直人は娘の方へ駆け寄る。首に掛かっている紐を取り外し、首を支えた。そして頭の中ではうすうす分かっていながら、それを意識しないまま、ただただ娘の名前を呼び続けた。
急いで救急車を呼ぶと、直人は娘の顔を見つめる。そこには普段見ていた面影はどこにもなく、どこか別人のような、そんな顔だった。
たまらず直人は嘔吐した。あらゆる体液が、目から鼻から、体中から噴き出してくる。
獣のような叫び声が、体の奥底からわき出してきた。うおーっ、と荒々しく声を張り上げる。そんなことには何の意味もないと知りながら。
なぜだ、なぜ俺の娘が、美和が自殺なんかを。なぜだ、なぜだ、なぜだ——。
考えても考えても、頭の中に答えはでなかった。
ふと、机の上を見ると、娘の携帯電話が開かれたまま置かれていた。女の子らしく、何かのキャラクターのストラップがいくつも付けられている。
直人はそれを手に取った。もしかしたら、美和が何かメッセージを残しているかもしれない。画面が暗かったため、震える手で、直人は携帯電話のボタンを押してみた。
ぱっと画面が明るくなり、メールの画面が映った。
直人はそこに書いてある文字を読み、そして、絶望した。




