江戸時代に転生したコンサルタント、最果ての地で『カニ』を売って幕府を買収する 〜天明の大飢饉が来るらしいが、備蓄も利権も独占してるので俺だけ余裕で北の王として君臨する〜
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江戸時代、特に北の果てである「宗谷」を舞台にした内政無双ものです。
当時、現代では高級食材であるカニがどのような扱いを受けていたのか。
そして、令和のコンサルタントがその知識をどう「武器」に変えるのか。
史実をベースにしつつ、徹底的にロジカルに、圧倒的な格差でスカッとする展開を目指します。
それでは、幕府買収劇、開幕です。
頭が割れるように痛い。 波にさらわれ、宗谷の冷たい海に叩きつけられた衝撃が、錆びついていた脳の回路を強引につなぎ合わせた。
「……一七七五年。安永、四年か」
口から漏れたのは、自分でも驚くほど流暢な「未来の言語」だった。
俺の名はイチ。 この最果ての地、宗谷場所で松前藩の請負商人に使われている、しがない「雇い漁師」だ。
だが、今の俺にはもう一つの名前と記憶がある。 令和の日本で、数字と法律を武器に企業を再生させてきたコンサルタントとしての記憶だ。
俺は震える手で、自分の顔を洗った。水は氷のように冷たい。 周囲を見渡せば、荒れ狂う冬のオホーツク海。 防寒具とは名ばかりのボロを纏った男たちが、根性論だけで網を引いている。
「最悪だ」
俺は冷静に現状を分析する。
場所は蝦夷地の最北端。 米は一粒も獲れず、物流は松前藩に独占されている。 さらに、俺の脳内にある歴史データベースが最悪の警報を鳴らしていた。
一七八二年(天明二年)。
あとわずか七年で、日本史上最大級の災厄「天明の大飢饉」が始まる。 浅間山が噴火し、冷害が続き、東北から江戸にかけて、数えきれないほどの人間が飢えて死ぬ。
だが、逆に言えば。
「……チャンスだ。それも、空前絶後の」
俺は、足元に転がっていた巨大なタラバガニを蹴飛ばした。 今の時代、カニなど「腹は膨れるが金にならない雑魚」だ。 保存もきかず、江戸に運ぶ術もないゴミ扱いだ。
だが、俺は知っている。 あと七年以内に、この「ゴミ」を「金」に、そして「日本を救う戦略物資」に変える論理的な方法を。
「おい、イチ! 何をボケっとしてやがる。死にたいのか!」
親方の怒声が飛ぶ。 俺はゆっくりと立ち上がり、冷徹な笑みを浮かべた。
「親方。根性で網を引くのはもうやめましょう。非効率すぎて、見ていて虫唾が走る」
「あぁ!? 何を抜かしてやがる!」
「あと七年で、日本中の米が消えます。その時、この宗谷を日本一の富裕地にするための『投資』を始めたい。まずは、そのカニを捨てるのをやめることから始めましょうか」
一七七五年。 世界が産業革命に沸き、江戸が田沼意次の重商主義に揺れる中。
日本の北の果て、宗谷岬で一人の漁師が「歴史の買収」を開始した。
「カニを……捨てないだと?」
親方の嘉兵衛が、凍りついた鼻水を拭いもせず、呆れたように俺を見た。 周囲の漁師たちも、網を引く手を止めて失笑している。
「イチ、お前、頭を打って狂ったか。こんな殻ばかりで食うところの少ないハサミ虫、江戸まで運ぶ間に腐っちまう。運賃の無駄だ。それとも何か、お前が全部食うってのか?」
笑い声が吹雪に混じる。だが、俺は表情を変えない。 コンサルタントの基本は、相手の土俵に乗らず、常に「数字」で語ることだ。
「親方、質問です。今、私たちが松前藩の商人に納めている干し鮭、一石いくらになります?」
「……安永の相場で言えば、銀六十匁程度だろう。それがどうした」
「では、その鮭を作るのにどれだけの労力がかかっていますか? 獲って、捌いて、塩を振って、何日も干す。歩留まりも悪い。対して、このカニはどうです。網を入れれば嫌というほど掛かるのに、今は海に帰している。原価はゼロ。人件費もゼロだ」
「だから、売れねえっつってんだろうが!」
嘉兵衛が怒鳴る。 俺は一歩踏み出し、足元のタラバガニを指差した。
「腐るから売れない。なら、腐らないようにすればいい。……『俵物』をご存知ですね?」
その言葉に、嘉兵衛の目がわずかに動いた。 俵物とは、幕府が中国(清)への支払いのために輸出している乾燥海産物だ。 干しアワビやナマコがその代表。これらは金と同じ価値を持つ。
「カニの身を茹で、殻から外し、徹底的に乾燥させて粉末にする。あるいは、特定の塩分濃度で煮詰めて保存性を高める。私が知っている製法なら、一年は保つ」
俺は一拍置き、あえて声を低めた。
「これを『新しい俵物』として、長崎経由で清に売るルートを構築すればどうなるか」
「……清の国が、こんな虫の粉を買うとでも言うのか」
「買います。彼らにとって、これは『薬』であり『滋養強壮の珍味』だ。そう思わせるためのプロパガンダ……いえ、噂の流し方も心得ている。鮭の十倍の利益率を叩き出してみせましょう」
俺は懐から、雪で濡れた手帳(記憶を取り戻した際に書き留めた代用品)を取り出すふりをして、指を立てた。
「さらに、七年後。日本から米が消えます。その時、この『乾燥カニ』は国内でも金より重宝される。保存が利き、タンパク質が豊富で、運搬しやすい」
「……」
「空腹で死にかけている大名たちに、一袋、金一両で売りつける。……親方、あんたはこの宗谷の主どころか、松前藩を買い取ることだってできる」
嘉兵衛は黙り込んだ。 俺が話しているのは、単なる夢物語ではない。 **「需要の創出」と「供給の独占」**という、極めてシンプルな経済の論理だ。
「……イチ。お前、本当にあのイチか? まるで、どこかの大店の主と話している気分だぜ」
「ただの漁師ですよ。……未来の計算ができるだけのね」
俺は薄く笑い、再び冷たい網を掴んだ。 まずはこの頑固な親方を「株主」として取り込む。
一七七五年。冬。 宗谷の浜に、本来存在しないはずの「カニを茹でる大釜」が設置されるまで、あと三日。
宗谷の浜に、異様な光景が広がっていた。
数百、数千というカニの殻がうずたかく積まれ、巨大な釜からは濃厚な潮の香りと湯気が立ち上っている。 俺が考案した「カニの塩煮乾燥法」は、驚くほど順調だった。
嘉兵衛をはじめとする漁師たちは、最初こそ半信半疑だったが、出来上がった「真っ赤な保存食」の美しさと凝縮された旨味に、今や熱狂していた。
だが、成功の煙には必ず「蝿」が寄ってくる。
「……何だ、この騒ぎは。許可なくこのような大掛かりな仕込みをすることは、場所の法度に触れるぞ」
雪を蹴散らして現れたのは、松前藩から派遣されている運上所の役人、田中与平だった。 腰の刀をこれ見よがしに鳴らし、鼻を突くカニの匂いに眉をひそめている。
嘉兵衛たちは一瞬で顔をこわばらせ、雪の上に平伏した。
「申し上げます、田中様! これは、ただの漁師のまかないでして……」
「黙れ、嘉兵衛。これほどの量をまかないで済ますわけがなかろう。貴様ら、藩に隠れて横流しを企んでいるな? この設備、すべて没収の上、打ち壊しとする!」
嘉兵衛が絶望に顔を歪めた瞬間、俺は一歩前に出た。 頭は下げない。ただ、冷徹に数字の書かれた板を突きつけた。
「田中様。没収されるのは勝手ですが、それは藩にとって『重大な背任行為』となりますが、よろしいですか?」
役人の動きが止まる。
「……何だと? 背任だと?」
「左様です。計算してください。現在、この場所が藩に納めている運上金は年間でこれっぽっち。ですが、この『カニの加工品』を幕府の俵物として組み込むことができれば、来期の収益は最低でも三・五倍に跳ね上がります」
「……三倍だと? 出鱈目を言うな!」
「出鱈目ではありません。長崎の出島における乾燥海産物の取引相場、そして清の国での需要予測に基づいた試算です。田中様、あなたが今ここでこの釜を壊せば、藩に入るはずだった数千両の金が露と消える。その損失、あなたの首一つで償える額ではありませんよね?」
田中が絶句する。 江戸時代の役人は「前例」と「上からの評価」に最も弱い。俺は畳み掛けた。
「これを『田中様のご指導による新事業』として藩に報告すれば、あなたの手柄は絶大なものになる。出世の道は確実です。……釜を壊して無能の烙印を押されるか、釜を守って藩の英雄になるか。どちらが論理的か、お分かりですよね?」
吹雪の中、沈黙が支配する。 田中の目は、怒りから戸惑い、そして強欲へと変わっていった。
コンサルタントの基本だ。相手に「逃げ道」と「利益」を同時に提示すれば、どんな理不尽な権力者もこちらの「株主」に変えられる。
「……ふん。面白い。そこまで言うなら、一度その『カニ』とやらを検分してやらんこともない」
勝負ありだ。 嘉兵衛たちが震えながら俺を見る中、俺は静かに笑った。
一七七六年。春。 松前藩の役人を「共犯者」に引き込んだ俺のビジネスは、宗谷という狭い浜を飛び出し、北の大地を揺るがし始めていた。
一七八〇年(安永九年)。 俺が記憶を取り戻してから五年が経過した。
宗谷の浜は、もはやかつての寂れた漁村ではない。 田中役人を抱き込み、松前藩の「公認事業」となったカニ加工事業は、莫大な利益を叩き出していた。
浜には巨大な倉庫が立ち並び、俺が設計した「雪氷室」――天然の冷蔵庫には、大量の乾燥カニと塩漬けの魚介が積み上がっている。
「イチ、また家を建てるのか? もう十分だろう。これ以上の金を持ってどうする」
すっかり身なりが良くなった嘉兵衛が、不思議そうに俺に尋ねる。 俺が今、私財を投じているのは自分の屋敷ではない。
行き場のない流民やアイヌの人々を雇い入れ、彼らのための「暖房効率を極限まで高めた長屋」と、巨大な「雑穀倉庫」の建設だ。
「嘉兵衛さん、これは浪費じゃありません。最大のリスクヘッジ……『保険』ですよ」
「保険? またお前の難しい理屈か」
「空を見てください。去年から夏が短くなっている。北風が止まず、海の色が暗い。……ロジカルに考えれば、答えは一つです。来年、あるいは再来年。太陽が隠れ、大地が凍りつく日が来る」
嘉兵衛は鼻で笑ったが、俺の目は笑っていなかった。 歴史データによれば、天明の大飢饉の前触れである冷害は、すでに始まっている。
俺はこの五年間で得た富の八割を、食料の備蓄と「人の囲い込み」に回していた。
「いいですか。米が獲れなくなれば、人は金など食べません。最後に物を言うのは『現物』と、それを守るための『組織』だ」
その数ヶ月後。 俺の予測は、最悪の形で現実となり始めた。
一七八二年(天明二年)。 夏になっても気温が上がらず、冷たい雨が降り続いた。東北の田畑は全滅。米の価格は一晩で跳ね上がり、江戸の町からは食料が消えた。
だが、宗谷だけは違った。
「イチ様! 松前の本藩から、緊急の使いが来ております! 『備蓄しているカニを、言い値で買い取る。至急、一万斤を送り出せ』と!」
報告に来た若い衆の声を、俺は冷ややかに聞き流した。
「断りなさい。……いえ、訂正します。こう伝えてください。『買い取りは拒否する。ただし、藩の持つ交易権と土地の所有権を担保に差し出すなら、無償で貸し付けてやる』と」
「えっ……そ、それは実質的に、藩を買い取るということでは……」
「そうです。彼らにはもう、選択肢はない。餓死するか、僕の軍門に降るか。……さて、論理的な決断を期待しましょうか」
暗雲垂れ込めるオホーツクの海を背に、俺は手にしたカニの粉末を風に散らした。
日本中が飢えに苦しむ中。 最北の地、宗谷だけが、圧倒的な「食」を武器に中央政府への逆襲を開始しようとしていた。
一七八三年(天明三年)。
浅間山が大噴火を起こし、空は灰に覆われた。太陽は力を失い、日本全土が「地獄」と化した。 そんな中、宗谷の港に、場違いなほど立盤な千石船が着岸した。
現れたのは、ボロボロの松前藩士に守られた、江戸からの使者。 幕府老中・田沼意次の腹心、佐藤数馬であった。
彼は宗谷の浜に降り立った瞬間、絶句した。 江戸や東北では死体が転がっているというのに、ここには丸々と太った漁師たちが、湯気を立てるカニ汁を啜り、活気に満ちて働いているからだ。
「……貴様が、宗谷の『カニの王』か」
佐藤は、俺の簡素だが機能的な執務室に足を踏み入れるなり、傲慢に言い放った。
「幕府の命である。此度の飢饉、国家の危機につき、宗谷にある備蓄食糧のすべてを無償で提供せよ。これは公儀への忠義を示す好機であるぞ」
俺は書類から目を上げず、冷たく言い返した。
「『無償』。……ビジネスの世界では最も嫌われる言葉ですね。佐藤様、あなたは今、市場原理を無視しただけでなく、自分たちの唯一の救い手を侮辱しました」
「何だと……! 幕府の命に背くというのか!」
俺はゆっくりと立ち上がり、壁に貼った「日本地図」を指差した。
「佐藤様、ロジカルに考えましょう。今、幕府が持っているのは『権威』という名の紙切れだけだ。対して、僕が持っているのは、今日、一万人の人間を腹一杯にする『タンパク質』と、それを運ぶための独自の流通網だ。権威で腹は膨れますか?」
「くっ……」
「現在、江戸の米相場は一石で金二両を超えている。だが、金を出しても米がない。僕の『乾燥カニ粉末』は、一袋で大の大人が三日生き延びられる。それを今、僕は十万袋持っている。……これが何を意味するか分かりますか?」
俺は佐藤の目の前まで歩み寄り、声を低めた。
「僕が『ノー』と言えば、来月には江戸城の前で暴動が起き、幕府は崩壊する。逆に僕が『イエス』と言えば、幕府は命脈を保てる。……さて、この状況で『無償』などという寝言が、交渉のテーブルに乗ると思いますか?」
佐藤の額から脂汗が流れる。 彼はようやく理解したのだ。目の前にいるのはただの漁師ではない。 「国家の生存権」を握る、巨大な債権者なのだと。
「……条件は何だ」
「簡単です。宗谷の『永代統治権』。そして、北方の貿易に関する全権を僕に譲渡すること。それと引き換えに、幕府を飢えから救って差し上げましょう」
「そんなこと、認められるわけが……!」
「認めざるを得ないはずだ。田沼様なら、プライドより実利を取るでしょう? 何しろ、彼は僕と同じ『重商主義者』ですからね」
俺はカニの粉末が入った小袋を、佐藤の手に握らせた。
「これはサンプルです。どうぞ、上様に『北の神からの贈り物』だと伝えてください。……ただし、契約書にサインするまでは、次の一袋はありませんよ」
一七八三年。 日本の政治の中心が、江戸から北の果てへと移動し始めた瞬間だった。
ご一読ありがとうございます。
宗谷から始まる「江戸時代の経済買収」というテーマで書いてみました。
もし「続き(田沼意次との頂上決戦や、ロシアとの外交編など)が見たい!」と思っていただけましたら、評価やブックマークをいただけますと幸いです。
反応が多ければ、連載化を検討します。




