第8話 同棲初夜 その2
「おおっ、なんだなんだ?」
「す、すごい人ね」
ある日、孤児院にくっ付いた教会に――正確には孤児院の方が教会に付属しているんだろうが――、大勢の兵士がやって来た。
ブルームは魔族との戦争の前線に程近い村だから元々軍の往来は少なくない。集団がこの辺りで一泊と言うことになれば教会に宿を求めることも多く、兵士がやって来ること自体は珍しいことではない。――が、それにしても今日は人数が多いし、それ以上に普段は統制が取れている彼らが妙に落ち着きなく騒がしい。
「……あっ、おーい」
前線の兵の中には顔馴染みも多い。ローザに戦場の話をしてくれたり、剣を教えてくれる者もいる。
そんな兵士の一人を見つけて軽く手を振るも、何故か無視された。いや、無視されたと言うか、思い詰めた表情でこちらの存在に本当に気が付いていないようだ。
「ああっ、ここにいましたか、リリアーヌ、ローザ」
やはり深刻な表情の院長先生が足早にこちらへやって来た。
「リリアーヌは私と一緒に教会へ。怪我人がおりますので、治療を手伝ってあげてください。ローザは兵士の皆さんに何か温かいものを振舞ってあげてくれますか?」
「あたし、治療の手伝いは良いんですか?」
「ええ、今日は結構です。さあ、リリアーヌ」
「はっ、はい」
院長先生はそれだけ言うと、リリアーヌを連れて足早に教会へと入って行った。
普段ならローザも傷口を洗ったり、止血や骨を接いだりといった手伝いに駆り出される。回復魔法の使い手は貴重で魔力にも限度があるから、簡単な負傷ならまず通常の治療で応急処置するのが普通だ。
「たいして怪我人がいないってことか? ……それとも、回復魔法以外に打つ手のないようなよっぽどの重傷者ばかりとか?」
首をひねりながらローザは孤児院の炊事場へと足を向ける。
後になって知ったことだが、この時教会では数日前に初陣を飾ったばかりの第二王子が息を引き取らんとしていた。見習いを含めかき集められた神官達が有らん限りの神聖魔法を行使するも回復には至らず、――結果、蘇生の奇跡を体現した一人の聖女が誕生することとなる。
「ねっ、今夜は一緒に寝ましょうよぅ」
奇跡の体現者、人類圏におけるぶっちぎりの最大宗教“聖心教”において崇敬の対象とされる聖女が甘えた声で誘う。
「良いのっ!? ――じゃなくて、……ばっ、馬鹿言うなっ。子供達がいなくなった途端そんなの、駄目に決まってるだろ」
「えー、何で駄目なのよ。別に良いじゃないの、眠くなるまでピロートークしましょうよぉ」
「ピロっ――。い、意味分かって言ってんのか?」
「……意味? 枕並べてお話しすることでしょう?」
「それは、まあそうなんだけどさ。……はぁ、リリィってほんとそういうとこあるよなぁ」
「?」
きょとんと小首を傾げる仕草は激烈に可愛い。
人生の大半を教会に関連した施設で生きている。そういう場所では下世話な話なんてしない、なんてことはないだろう。むしろ女子修道院なんてその手の話題で大いに盛り上がりそうなものだ。が、リリアーヌは聖女である。さすがに聖女相手にその手の話題を振る者もいないのだろう。
「ねっ、いいでしょう? ピロートークしましょうよぉ」
「ふ、二人で同じベッドなんて、狭いだろ? 寝苦しいじゃないか」
「大丈夫よ。ローザも知ってるでしょ、私の部屋のベッドが大きいの。と言うか、ハル達が小さかった頃は寝かしつけに何度も付き合ってくれたじゃないの」
「それは、そうだけどよ」
生まれる子が双子と分かると、リリアーヌは通常のものが二つ並ぶサイズの巨大な寝台を用意した。子供達が小さかった頃はアサとハルに――主にハルに――せがまれてローザも一緒に寝ることがよくあった。
だが今回はリリアーヌとローザの間を隔てる子供達の壁はない。そんな状況で同衾だなんて理性がもつ気がしない。
「せ、せっかく自分の部屋に引っ越して来たのに、ずっと用意してくれてたベッドを使わないってのも……」
「これまで何度言ってもソファーで雑魚寝をやめなかったくせに、今さら急に自分のベッドに愛着持たないでよ」
「あたし、人と一緒だと眠れないタイプだし」
「嘘。最近でもハルとたまに一緒に寝てたの知ってるんだから」
「いやっ、あれはハルのやつが勝手に毛布に潜り込んできてだなっ。ちっ、誓ってあたしの方から誘ったわけじゃないぞっ」
「そんなの分かっているわよ。慌てちゃってなぁに? 変なローザ」
「リっ、リリィが変な事言い出すからだろっ」
「そんなに変なことを言ったかしら? ほら、孤児院にいた頃は、一緒の毛布に潜り込んで遅くまでおしゃべりしたりしたじゃない。院長先生が見回りに来たのを、息を殺してやり過ごしたり。久しぶりにああいうのしたいなぁって」
「それだったら今は夜更かししたって怒られるわけじゃないんだし、堂々とこうして話せば良いだけじゃないか。よし分かった、もうちょっと付き合おう」
「それはそれで良いんだけどぉ、今日はもうピロートークの気分になってると言うかぁ。ほら、眠くなるまでずうっとローザとおしゃべりして、それで朝起きても目の前すぐにローザの顔があるだなんて、なんだかちょっと素敵じゃないの」
「~~~っ」
「ねっ、そうしましょうよ。それともハルとは寝るのに、私とは寝てくれないの?」
――あ、これ駄目だ、押し切られる。
例によってリリアーヌのお願いには弱いローザであった。




