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第7話 同棲初夜 その1

「それじゃあ、弟達のことを頼んだよ、リリアーヌ、ローザ」


「はい」


「ああ」


「院長先生、いってまいります」


「ええ。何かあったらいつでも戻って来るんですよ」


 今日、兄が一人孤児院を出た。

 孤児院の子供は早い者なら十二歳で、遅い者も十五歳で院を出るのが慣例だった。


「ローザ? どうしたの、中へ戻りましょう?」


「……ああ」


 リリアーヌに声を掛けられ、孤児院の建物の中へ足を向ける。兄の背中はとっくに地平の果てへと消えていた。


 ――さて、どうしたもんかね?


 ローザもリリアーヌも今年で十二歳になった。先程兄が卒院したことで孤児院に残っている子供の中では最年長と言うことになる。

 早い者ならすでに独り立ちをしている年齢であり、さすがに将来のことをそろそろ真面目に考えねばならない頃合いだ。

 以前は十二になったらすぐに孤児院を出て、兵士の見習いにでもなって“二人で”暮らして行こうと漠然と考えていた。国の正規軍には十五歳にならないと雇ってもらえないが、魔族との戦争が激化している今は傭兵の口ならいくらでも見つかるし、腕さえ立てばけっこう稼げると言う話だ。

 しかし半年ほど前にリリアーヌに神聖魔法の素質があることが分かって、教会の神官から魔法の手解きを受けるようになって状況が変わった。神聖魔法の使い手は貴重で教会は手放さないだろうし、何よりリリアーヌ自身が傷付いた人を癒す神官という職に前向きになっている。

 と言うわけで、ローザは進路を決めかねて教会のお膝元の孤児院に今も留まっている。少なくともここにいる間はリリアーヌと引き離される心配はないのだった。




「いただきまーす」


「あら、珍しい。今日はお酒飲まないの?」


 いつもなら酒杯を片手に言う台詞を今日は両手を合わせて口にすると、リリアーヌが意外そうに尋ねてくる。


「あ、ああっ、昨日はちょっと飲みすぎちまったからな」


「へえ、そうやってちゃんとお酒を飲まない日も作ってるのね、えらいえらい」


「またっ、子供扱いすんなっての」


 リリアーヌが頭へ伸ばしてきた手に口だけ反抗する。


「ふふふっ、お姉ちゃんにとって妹はいつまでたっても妹。いくつになっても子供みたいなものなんだから」


「ほんの一日先に拾われたってだけで、リリィったらお姉さんぶるんだから」


「一日だってお姉さんなことに変わりないもの」


「別にひり出したその足で孤児院に捨てに来たってわけでもあるまいし、生まれたのはあたしの方が先かもしれないじゃん」


「孤児院に拾われた日を誕生日にするって決めたじゃないの」


「そうだけどさぁ」


 この間、ずっと頭を撫でられっぱなしのローザである。

 アサとハルがいるといないとでローザもリリアーヌもやはり言動がかなり違う。意図的に変えていたつもりもなかったが、子供達の前では少なからず“大人”を演じていた部分があったのだろう。

 先刻の口付け事件もあるが、この感じならもっとずっと甘えに甘えて、その先だって――


「ほっ、ほら、いい加減食べ始めようぜ。せっかく温めたスープが冷めちまうよ」


「ああっ、そうね。ちょっとお行儀が悪かったわね」


「しっかりしてくれよな、聖女様」


「はぁい」


 ローザは良からぬ考えを振り払い食事を促した。


「せっかくローザの歓迎会なのに、出来合いの料理ばっかりで悪いんだけど」


「いやぁ、十分十分」


 貸し部屋の掃除に思ったより時間が掛かった――顔見知りの冒険者達と駄弁ったり、リリアーヌのご機嫌取りに時間を取られた――ため、夕食はギルドからの帰りがけに露店で買って帰った。

 食卓に並ぶのは焼いた肉の串や腸詰。それでも豆のスープとサラダはリリアーヌのお手製だ。


「あー、そうそう、そしたらエルのやつがいきなり泣き出してさぁ」


「あれはローザが悪いのよ。私だってびっくりして胸がドキドキしたもの」


 アサとハルがいないためか、自然と食卓の話題は孤児院時代の思い出や兄妹達の話になった。


「しばらく顔を見てないけど、あいつは今も村の商会で働いてるんだよな?」


「ええ。王都の大店との取引を任されたとかで、行ったり来たりしてるらしいわね。アサとハルの乗る馬車の手配もあの子にお願いしたのよ」


「へえっ、そうだったのか」


 辺境の村ブルーム。

 かつての魔王軍との前線近くに位置し、今も時おりその残党が姿を見せる人魔の係争地。そしてローザとリリアーヌが育った孤児院があったのもこのブルームである。王都や都会に出た兄弟姉妹も多いが、ローザ達のようにこの土地へ戻ってくる者も少なくない。今も結構な数の兄妹達がこの村には残っている。


「ローザは村を出た子達のうち、まだ連絡を取り合ってる子っているの?」


「わざわざ連絡取ってるのはいねえなぁ。冒険者になった何人かとたまに遠征任務で顔を合わすくらいだな。リリィは?」


「連絡があるのは教会に残った子達くらいかしらね」


 元々孤児院は教会が運営していたと言うのもあって、リリアーヌや院長先生に憧れて神職を志す兄妹達は少なくなかった。


「ああ、私達の三つ下だったベンジャミンだけど、あの子王都の教会でけっこう重職に就いてるみたいよ。あの子もエヴァーグリーンを名乗っているから、ご親戚ですか、みたいに聞かれることがけっこうあるのよ」


「ほぉん、あいつがねえ」


 孤児院の前に巨大なもみの木が生えていたことから、院は“常盤木(エヴァーグリーン)の家”と村では呼ばれていた。ローザやリリアーヌのように乳飲み子のうちに捨てられて自分の名前も分からない子供は院長先生に名付けられ、そして多くの者は孤児院の名を姓とした。だからローザはローザ・エヴァーグリーンでリリアーヌはリリアーヌ・エヴァーグリーン。ハルとアサは勇者の姓を間に挟んでアサ・タカツキ・エヴァーグリーンとハル・タカツキ・エヴァーグリーンだ。


「いつか王都に行く機会があったら会いに行ってあげたら? ローザ、よく遊んであげてたじゃない」


「いやぁ、あれは遊んであげてたと言うか、悪い虫を追っ払ってたと言うか……」


 リリアーヌを追って教会で登り詰めたのは感心するが。残念、リリアーヌはブルームだ。


「そうだ、あの時のこと覚えてる? ローザったら――」


「いや、それは――」


 しっかり者でいつも小さい子達の面倒を見てくれたホリー。歌がうまくておしゃれが大好きだったミモザ。ローザの次に駆けっこが速く、それでもローザには大差で負けていつも悔しそうにしていたアベル。皆、エヴァーグリーンを名乗る兄妹達だ。


「――さてと、そろそろ寝るか」


 思い出話や兄妹達の近況を語り合っていたら、すっかり夜も更けていた。


「えー、まだ全然話し足りないっ」


「おいおい、アサには注意しといて母親がいきなりの夜更かしかぁ?」


「むぅ。…………そうだっ。だったらローザ、たまには一緒に寝ない? ベッドでおしゃべりしながら寝ましょうよっ」


 この聖女はとんでもないことを言い出した。


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