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第5話 同棲準備 その3

「リリィ、今日も修行おつかれさまっ」


「ローザ、いらしゃ――、って、またそんな怪我をしてっ」


 リリアーヌは楽しそうに談笑していた同年代の修道女達を置き去りに、こちらへ駆け寄ってくる。


「傷口はちゃんと洗った? それじゃあ神聖魔法を掛けるわよっ。――――――。――――。―――――」


 ここへ来たばかりの頃はひどく緊張していたリリアーヌだが、今は一度詠唱を開始すれば淀みなく静かに呪文が紡がれる。

 王都の聖心教せいしんきょう本部教会。そこに併設された女子修道院の中庭である。聖女の認定を受けたリリアーヌの今の修行の場であり、住居でもある。国教聖心教の本部だけあって王都の一等地に建てられているが、荘厳な造りの教会と違って修道院の方は簡素な建物だ。さすがにローザが寝起きする安宿と比べるとずいぶんマシだが。

 初めのうちはリリアーヌに会いに来ても前もって面会の申請をしろだとか治療を受けるのなら寄付金を払えだとかうるさく言われたが、ほとんど毎日通い詰めているうちに何も言われなくなった。聖女リリアーヌの特別な身内と認識されたのと呆れられたのと両方だろう。


「―――――。“回復”」


 リリアーヌから暖かな光が発せられローザを包み込む。膝小僧に出来ていた擦り傷が見る間にふさがっていく。

 リリアーヌは大袈裟に騒ぎ立てるが、この程度の傷は本来回復魔法を掛けてもらうほどのものでもない。もっと言えばこんな“ほとんど半裸みたいな珍妙な鎧”ではなく普通の皮鎧でも着用していれば負うこともない傷だ。

 それでも毎日のように修道院に来て治療してもらうのは単にリリアーヌに会うためが半分。もう半分は――


「…………」


 遠巻きにしている修道女達に軽く手を振った。

 もう半分は、現在リリアーヌと寝食を共にする彼女達に、“自分こそがリリアーヌの特別だ”と主張せずにはいられないからだ。

 ローザも今や若手冒険者の有望株として王都では知られた存在となっている。手を振られた修道女達はこちらの思惑など知らずにきゃーきゃーと無邪気に歓声を上げた。




「わっ、何してんですか、ローザさん? こんな朝っぱらから大荷物引っ張り出して」


「朝から大掃除ですかぁ、ローザさん」


「おーう、お前らか。ってか、もう朝っぱらなんて言う時間じゃねえぞ。だらけてんなぁ」


 リリアーヌに言われるがまま私物を廊下へ引っ張り出していると、ギルドの二階を定宿としている顔見知り二人が起き出してきた。

 いずれもまだ二十を過ぎたかどうかという若い女だが、十二歳から登録できるギルドでもう七、八年も冒険者をしている。ベテランとは言わないまでもすでに中堅の部類だ。


「いやぁ、昨日の依頼が遅くまでかかったもんですから。それで、こんなところでお店広げてどうしたんです?」


「ああ、今日でこの部屋を引き払うことになってな。それで掃除と引っ越しを――」


「えっ、引き払うって、ローザさんどこかへ移籍するんですかぁ?」


「ええっ、ローザさんがっ? それじゃあ今度から誰がわたしらの尻拭いをっ」


「いや、その流れさっき受付でやったからもう良いわ。村からは出てかねえよ、ちょっと近所に引っ越すだけだ」


「なあんだ、よかったぁ」


「……ローザ、誰かお客さん?」


 開け放たれていた部屋の扉から顔を覗かせたのは言うまでもなくリリアーヌだ。


「えっ、もしかして聖女様っ?」


「わわっ、私、初めてこんなお近くで見たぁっ」


「……え~と、ローザ、紹介してくれるかしら?」


「ああ、たまに一緒に組むことがある連中でな。名前は、……えっと、どっちがどっちだったっけか?」


「ちょっとっ、ローザさん毎回それ言うんですからっ。マリーですっ」


「ミリーです。ローザさんにはいつもお世話になってますぅ」


「えっ、ちょっと待って。それってローザがパーティを組んでるってこと? ローザってずっと単独ソロでやってるんじゃなかったの?」


 定番のやり取りはスルーしてリリアーヌは別のところに食い付いてくる。


「いや、基本は単独だぜ。ただ一人じゃ受け難い依頼もあるからな。例えば護衛任務とか、あたしだけで魔物も倒して対象も守ってじゃちょっとしんどいだろ? そういう時にこいつらとか他の連中と臨時でパーティを組む感じだな」


「えへへっ、ローザさん強いから、一緒に組んだ時は色々と楽させてもらってますぅ」


「まっ、あたしにも苦手なことはあるし、持ちつ持たれつってやつだな。メリーのやつなんか、……あれ、そういや今日はあいついないのか?」


「ギルドからの指名依頼で朝から出てます。ここのところゴブリンの目撃情報が増えてるとかで、どこかに巣穴でも出来たかもしれないから調査して欲しいって」


「おお、そっか。――こいつらとパーティ組んでるメリーってやつが斥候やら追跡が上手くてさ。勇者パーティだとその辺はオリビアに任せっきりであたしも全然だから、助かってるんだ」


「……へぇ」


「あ、ローザさん、巣穴が見つかったらうちらに討伐依頼も出ると思いますので、良かったらご一緒に」


「あー、まあお前らだけで手に負えそうにない規模なら手伝ってやるよ」


「やった! ありがとうございますっ」


「というかもう、うちのパーティ入っちゃってくださいよぅ。ローザさんに寄生させてくださいっ」


「ったく、馬鹿なこと言ってんじゃねえ」


「ふぅん、てっきりローザはずっと単独でやっているのかと思ってたけど、ずいぶんと仲の良い子達がいるのね」


 他の冒険者に寄生する、と言うのは冒険者仲間の間ではもっとも嫌われる行為だ。つまりはそれを冗談として言い合える程度には親交のある連中である。


「それじゃあ、次は私のことも彼女達に紹介してくれないかしら?」


「紹介って、そんなん必要あるか?」


「…………」


「――おっ、お前ら、彼女が勇者パーティの神官、聖女リリアーヌ・エヴァ―グリーンだ」


 何となく不満げな空気を察し、大人しく紹介役に回る。


「お二人共、はじめまして。ローザと同じ勇者パーティの一員のリリアーヌです」


「は、はいっ、はじめまして、聖女様」


「あら、そんなに緊張しないで。ああ、そうだ、私も一応ギルドに登録していて、ローザと同じA級冒険者でもあるのよ」


「えっ、そうなんですかぁ?」


「ああ、ブルームにギルドが出来た時にあたしと一緒に登録してな。二人とも支部の権限で与えられる一番上のA級にしてもらったんだ」


 後輩達二人の視線はリリアーヌではなくローザに向けられていたから、代わりに答える。

 ギルドの冒険者はGから上がっていってA、そしてその上のSまでの八等級に分類される。よほど特別な功績や特異な才能でも持っていない限り基本的にはG級からスタートして一つずつ等級を上げて行く。そしてそのよほど特別な功績――魔王討伐――があってもS級への昇格には支部ではなく王都にある本部で審査を受けるという決まりだ。そのためローザとリリアーヌは揃ってA級冒険者である。

 ちなみにAの上がSになるのは勇者がそういうものだと伝え残していったからで、理由は明確ではない。


「ああっ、言われてみればその話、私聞いたことありますっ。確かローザさん、ほんとはギルドの支部長になるように頼まれたんですよねっ?」


「あー、私も聞いた覚えありますぅ。それでその話を突っぱねたもんだから、せめてA級の等級くらいは受け取ってくれって言われたんですよね?」


「まあな。勇者パーティのあたしやリリィが平の冒険者じゃギルドとしても格好が付かない、なんて言われてな」


 せっかくだしG級から一つ一つ登り詰めて行くのも面白いか、なんて当人としては考えていたのだが。


「ふっふっふっ、甘いわねっ、二人共。元を糺せば支部長だなんてそんなもんじゃないのよ、ローザはっ。国王陛下からギルドの長官にならないかって誘われてたぐらいなんだからっ」


「えー、そうだったんですかぁ、ローザさんっ?」


「確かに勇者パーティの中では唯一の生粋の冒険者だし、適任と言えば適任ですよね」


「いやぁ、別にちょろっと声を掛けられただけで、陛下も本気じゃなかったと思うぜ。あたしに組織のトップなんて似合わねえだろ」


「わぁっ、陛下にちょろっと声を掛けられただけって、英雄っぽ~い! でも似合わないのも分かるぅ」


「そうよねっ。ローザさんはやっぱり現場で剣を振るってこその人材ですっ。書類仕事とか金勘定に追われてるところなんて想像付かないっ」


「そんなことないわよっ。ローザ、孤児院では読み書きだって計算だってすっごく得意だったんだから。小さい子に教えるのだって私より上手だったしっ」


「ええ~、ほんとですかぁ、聖女様?」


「本当よっ。ねっ、ローザ?」


「い、いやぁ、どうだったかなぁ?」


 この後、何故かむきになってしまったリリアーヌを宥めるのに悪戦苦闘することになるローザだった。


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