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第3話 同棲準備 その1

「リリィお姉ちゃん、おしっこぉ」


「はいはい、付いていらっしゃい」


「リリィ姉ちゃん、僕もぉ」


「俺もっ」


「こらこら、お前ら、リリィにばっかり引っ付いてくんじゃない。男子どもはあたしに付いてこいっ。あっ、ちょっと、こんなところでズボン脱ごうとすんなっ!」


 孤児院では小さい弟妹達の面倒を見るのが日常だった。自分だって兄や姉の世話になったのだから当然だ。

 にぎやかな暮らしは嫌いではなかったが、下の子達から誰よりも慕われるリリィとなかなか二人きりになれないのだけが不満だった。




「たのもーっ! ――って、あら? 案外人が少ないのね?」


「勤勉なやつらはとっくに冒険に出て、不真面目な連中はこれから起き出してくる時間だからな」


 拍子抜けした様子でギルド内を見回すリリアーヌに答える。

 のんびり朝食を食べ、普通に身支度をして家を出てきた。少しでも割りの良い依頼を受けようと駆け出しが列をなす時間には遅く、といって深酒をしたベテラン共が活動を始めるにはまだ早い。


「こっ、これはこれはっ、聖女様っ。――あっ、ローザさんも」


「おう」


 ギルドの受付嬢は威勢良く乗り込んできたリリアーヌに狼狽え、背後にローザの姿を認めていくらかほっとした顔をした。

 冒険者ギルド、辺境の村ブルーム支部。見た目の印象はバーカウンターにテーブル席がいくつか並んだ酒場と言うのが近いだろうか。

 実際酒や食事も提供しているのだが、バーカウンターに見えるのはあくまでギルドの受付であり、飲食物はテーブルに着いて給仕に注文する形式だ。受付では冒険依頼の受注や報告、各種手続きが行われる。

 ギルドと酒場が一体化しているのは冒険者同士での情報共有を促進するためとか、パーティのメンバー集めの場を提供するためとか色々と理由付けはされているが、結局のところ“勇者がそういうものだと言ったから”という理由に帰結する。


「そっ、それで聖女様、本日はどのようなご用件でしょうか? ――まっ、まさかっ、うちの冒険者が救護院で何か悪さでもしでかしましたかっ? たっ、大変申し訳ございませんでしたっ!」


 受付嬢はカウンターに頭突きでもかます勢いでがばっと頭を下げる。


「そういうんじゃないから、ちょっと落ち着け」


「いやいやだって、リリアーヌ様がギルドに乗り込んで来るだなんて初めてですからっ。もしうちの馬鹿どもが何かしでかして、それで今後はギルドの構成員は治療しませんなんてことになったらと思うとっ。ああっ、恐ろしいっ!」


 村の教会に併設された救護院はリリアーヌの職場であり、いくばくかの寄付金と引き換えに神聖魔法による治療を受けられる施設だ。冒険に負傷は付きものだから、冒険者ギルドと救護院は互いに上客同士と言うことになる。


「……こほんっ。ここへは教会と関係無く私用で立ち寄らせてもらっただけです。誤解させてしまったならごめんなさい」


「娘との別れでちょっとテンション馬鹿になってるだけだから、気にしないでやってくれ」


「ちょっとローザ、その言い方はひどいっ」


「いやぁ、だって“たのもー”はないだろう、“たのもー”は」


「ギルドなんて久しぶりに来るから、ちょっと気合を入れただけじゃないっ」


「それにしたって道場破りじゃないんだからさぁ」


「もっ、もうっ、意地悪っ」


「…………あのぉ、リリアーヌ様、ローザさん。夫婦漫才はそれくらいにしてもらって、そろそろご用件の方をお伺いしても?」


「めおっ、――お、おかしなことを言うんじゃねえっ」


 すっかり当初の緊張も薄れた様子で受付嬢がしれっとした目を向けてくる。


「ええと、ローザが二階に借りているお部屋ですけど、本日で引き払わせて頂こうと思いまして。今から荷物を運び出しますけど、まずはその前に料金の精算をと」


「えっ、ローザさん、部屋を出るんですかっ? いったいどちらへ? まさか村を出るだなんて言いませんよねっ? 他の支部へ移籍する気じゃないですよねっ!?」


 受付嬢がまた大仰に慌てふためく。


「いや、リリィの家に引っ越すだけだ。村を出るつもりはねえよ」


「……ほっ、焦ったぁ」


「さっきからせわしないな」


 受付嬢と言うがギルドの正職員であり、ギルド長を含めた三人でこのブルーム支部を回すうちの一人だ。辺境の村とは裏を返せば魔物との戦闘の最前線であり、冒険者ギルドが担う役割は大きい。すなわちギルドの受付嬢と言うのは村の顔役の一人であり、普段はどんな荒くれ者を相手にも一歩も引かず笑顔で言いくるめる出来る女なのだが。


「そりゃあせわしなくもなりますよっ。ローザさんもリリアーヌ様も、ご自身のお立場を軽くお考え過ぎです。お二人でこのブルームはもってると言っても過言ではないんですからねっ」


「わかったわかった、心配しなくてもここから移籍するつもりはねえよ」


「ええ、むしろこれからは宿暮らしを止めて、ちゃんと我が家に定住するんですものっ」


「はあ、なるほどなるほど。そう言えば先程ちょっと仰られてましたけど、ハルちゃん達、王都へ出立したんですよね? ……それで、これを機に同棲を開始するというわけですか」


「どうせっ、――ど、同居だ、同居っ」


「あら、同棲と同居と何か違いがある? どちらも一緒に暮らすってことでしょう? ああでも、家族の場合は普通は同居と言うのかしら?」


「家族っ。もうそういう段階なんですね、お二人って」


「ん? ええ、昔からそうだけど?」


「へえ、やっぱり。怪しいとは思っていたんですよね――」


「――あー、雑談はそれくらいにして、そろそろ宿代の話をしようじゃねえか」


 受付嬢とリリアーヌの明らかに噛み合っていない会話を止め、話を先に進める。


「部屋の宿泊料の清算でしたらそもそも必要ありませんよ。お預かりしているローザさんの貯蓄の方からその都度引かせてもらっていますから」


「そういえば払った覚えねえとは思っていたけど、そういうことだったのか。ああ、そうすると飯代や酒代なんかも? 考えてみるとギルドの飲み食いで金を払ったことねえや」


「ええ、全て引かせてもらっています」


「なるほど、そういう仕組みだったのか」


「ちょっとローザっ、そんな適当なことでどうするのっ。自分のお金なんだからしっかり把握しとかないと」


「いっそこれからは家計は一つにまとめてリリアーヌ様が管理されるのも良いかもしれませんね、――ご家族なんですから」


「うう~ん、そうね、そうした方が良いかもしれないわねっ」


「ちなみに、ギルドの方でお預かりしているローザさんの資産が現在これくらいで。先月分の宿代と飲食代がこちらで」


「ええっ、そんなに飲み食いで使っているのっ!?」


「ローザさん、後輩の冒険者に気前よくお酒をふるまったりされますからね」


「……むぅ、後輩冒険者。もうちょっとそこ詳しく。どんな子達かしら? 女の子? もしかすると若い男性の方とかもいるのかしら?」


「ローザさんは男女問わず慕われていますけど、お酒を奢るのはやはり女性冒険者が多い印象が――」


「――リリィっ、さっさと荷物をまとめようぜっ。引っ越しが今日中に終わらねえぞっ」


「あっ、ちょっとローザっ、まだ話の途中っ」


 リリアーヌの身体を強引に抱え上げると、ローザは階段を駆け上がった。


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