第2話 聖女様は同棲希望
「リリィ、あなたのことはあたしが命に代えても守るから」
聖女としての重責に押しつぶされそうだった自分にあの子は言った。
孤児院にたった一日違いで拾われた幼馴染。物心つく前からずっと一緒で、これからも手を取り合って隣を歩いていくと思っていた大親友。男の子よりもやんちゃでいつも膝小僧に擦り傷を作っていた同い年の姉妹。ほんの一日差だけれど、自分が守るべき最愛の妹。
肩に置かれた手は自分よりもよっぽど震えていたが、長い付き合いがゆえの無遠慮なまでの力強さがあった。だから自分も、いつも通り呆れた口調で言い返すことが出来た。
「もう、駄目よ、ローザ。気持ちは嬉しいけど、危ないことしちゃ」
「大丈夫だって。リリィはこれから聖女として神聖魔法の勉強をいっぱいするんだろ? そしたらあたしがどんなに怪我したってリリィが治してくれれば良いんだよ。リリィの練習にもなって一石二鳥ってやつだ!」
「ちょっと、そんなつもりで怪我して帰って来たら怒るわよっ。治してなんてあげないんだからっ」
まさか本当に毎日のように怪我をして帰ってくる幼馴染を治療して、いつしか国一番の回復魔法の使い手とまで言われるようになるとはその時のリリアーヌは思いもしなかった。
「はいっ、朝ごはん」
「おう、ありがと」
子供達を見送って家へ戻ると、ローザを食卓に座らせた。
「……サンドイッチか」
「アサとハルにお弁当で持たせるから一緒に作っちゃったんだけど、嫌だった?」
「いやっ、別に。ただ、このサンドイッチってやつも今やすっかり世間に広まったなぁって」
「ああ、そうね。そういえばサンドイッチをこの世界で初めて食べたのは私達だったものね」
薄切りにしたパンで肉や野菜などの具材を挟み込むという誰にでも思い浮かびそうな料理だが、十数年前までは今のように一般的ではなかった。それが軽食の定番として定着したのは、魔王を倒し世界を救った勇者が故国の料理としてパーティメンバーに振る舞い、そしてその話が世間に広まったからだ。
他にもアサとハルが向かった学園も元を糺せば勇者の発案だし、ローザが所属する冒険者ギルドだってそうだ。この世界にあの人がいた期間は三年余りと短いが、彼の足跡は意外なほどたくさん残されている。
「肉も野菜もたっぷりで美味そうだ。いただきますっ」
普段酒を飲んだ次の日の朝はちゃんと食事を取らないらしいが、うちに泊って行った日は用意さえしてやれば文句を言わずに食べるし残したりもしないローザであった。
「…………」
リリアーヌ自身は眠りこけるローザを尻目に娘達と朝食を済ませている。特にすることも無くローザの向かいの席に腰を下ろした。
普段ならハルがローザにまとわりついて、アサがそんなハルに文句を付けてと一悶着が始まるところなのだが、今日からはそんな懸念もない。手持無沙汰で正面からこの幼馴染に視線を向ける。
ごつごつと、自分にはない筋肉の盛り上がりを見せる肩や腕。記憶に残る幼少期の彼女は色白と言って良い肌をしていたのだが、年がら年中の野外活動で今では健康的に日に焼けた姿が常だ。実は背中と背中をぴったりくっ付けて比べれば自分の方が指先一つ分ほど背が高かったりするのだが、ピンと伸びた背筋のせいか自分よりずっと長身に見られることが多い。
釣目がちな双眸は勝気な印象を、やや厚めの唇は少々ぶっきらぼうな印象を人に与えるようだ。本人も意図的にそのように振舞っているきらいもある。
赤みがかった髪は腰に掛かる長さ。彼女の性格ならばっさり短髪にでもしてしまいそうなものだが、中途半端な長さよりもこれくらいあった方が兜の外で髪をまとめられて楽なんだとか。
総じて女性である自分でも惚れ惚れと見入ってしまうような美女でもあり、女同士だからこそ憧れる格好の良い女性でもある。実際、若い修道女達がキャーキャー言っているのを耳にすることが度々ある。冒険者ギルドでも後輩の女性冒険者からずいぶんと慕われているようだ。
「…………」
「ど、どうかしたのか、リリィ? なんだかちょっと怖い顔してるけど」
「えっ、そ、そんな顔してたかしら?」
「……やっぱり二人が心配か?」
「え? ……あ、ああ、そうね、二人ともほとんど村から出ることなく育ってきたから、いきなり王都で生活なんて大丈夫かしら」
「大丈夫だって。アサは年の割にしっかりしてるし。ハルは、……鼻が利くから本当にヤバい目には合わないだろう。そもそも住むのだって学園の用意した寮なんだし、いざとなったらむこうにはダリア達もいるわけだしさ」
「……そう、そうよね。心配することなんて何もないわよね」
――となると、むしろ問題なのは。
「…………はぁ~っ、一人きりになっちゃったなぁ」
「なんだなんだ、でっかいため息なんてついて。やっと子育てから解放されて、これから楽しい楽しい自由な時間の始まりだってのによ」
「だってぇ、一人暮らしなんて私、初めてだし」
「ああ、言われてみるとそうなるのか」
ローザや他の兄妹達と過ごした孤児院での幼少期。その後は神聖魔法の修行のために修道院で住み込みの数年間。勇者パーティでの冒険者生活。そして子育てに追われたこの十数年。その間、ローザの方は幾度も一人暮らしを経験しているが――常にリリアーヌの住居の徒歩圏内に宿を定めていたが――、リリアーヌの方は常に人と共にいる生活を続けてきた。この年になって一人きりでの生活と言うのはちょっと想像が付かない。
「……ねねっ、ローザ。良かったらうちへ来ない?」
「いっ、いきなり何だ、リリィ? “うちへ来ない”って同せ――、いや、同居ってことか?」
「ええ、そうよ。うんっ、そうするべきよっ。あなた今だってギルドの貸し部屋暮らしなんだし、うちに引っ越してきたら良いじゃないの。それが良いわっ、そうしましょうっ」
「いや、そんな急な話……」
「これまでだって二日と開けずにうちに泊って行ってるじゃないの。今だってこうして朝食まで食べてるんだし」
「それはその、……い、今まではアサとハルもいたし」
「なによ、私一人じゃ不満だって言うの? もうっ、失礼しちゃうわね」
「いや、そういうわけじゃないけど。あいつらがいないと、…………その、歯止めが」
「歯止めぇ? これまでだってひとの家で良いだけ大酒呑んで、ハルと一緒になって深夜まで大騒ぎやらかしてくれたものじゃないの」
「いや、あたしが言ってるのはそういう意味での歯止めじゃなくってだなぁ。なんつーか、その」
ローザは珍しくゴニョゴニョと歯切れが悪い。
「良いじゃない、引っ越してきなさいよ。そもそもこの家だって元々私達の家として建てたんだしっ」
「私達の家、……ってなんだ?」
「ひっどーい、忘れちゃったの? 孤児院を出て、いつか自分達だけの家を持とうって話してたじゃないの」
「いやっ、忘れちゃいないけど。っていうかむしろ、リリィの方こそそんなことすっかり忘れてるもんかと」
「もう、そんなはずないでしょっ。だったらわざわざローザの部屋なんて作らないわよ」
「あたしの部屋ぁ?」
「そうよっ。あなた何故かいっつも居間に居座ってるけど、二階の部屋を自由に使ってくれて良いっていつも言ってるじゃないの」
「へっ、あれってあたしの部屋って意味だったのか? てっきり客間ってことなのかと」
「あんなところに客間なんて作るはずないでしょうっ」
「……ああまあ、言われてみるとそうか」
勇者パーティとしての報奨金を惜しみなく注ぎ込んで建てられたリリアーヌの家は辺境には珍しいレンガ造りの二階建てだ。客間――と思っていたローザの部屋――は二階で、リリアーヌの寝室と子供達の部屋と同じ並びに並んでいる。
「ねっ、だからいい加減に越してきましょうよ、あなたのお部屋に。ねっ」
がさつで気が強いと思われがちなローザだが、ことリリアーヌのお願いには昔から弱い。まして二十数年前の約束を持ち出して、実は十数年前から部屋を用意していただなんて言われれば――
「……分かった、ご厄介になります」
「やった」
断れるはずがないのであった。




