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第15話 二日ぶりの冒険者稼業

「へー、それで聖女様と一緒に暮らすことになったんすか、ローザねえさん?」


 森の中、あるか無きかの獣道を進みながら斥候の少女が振り返る。

 先日ゴブリンの巣穴の探索に出ていた女冒険者だ。昨日位置を特定したということで、ローザがギルドに顔を出すとこれで戦力は十分と即日壊滅させてしまう流れとなった。

 昨夜のリリアーヌの“頼ってもらえているうちが花”と言う有難いお言葉もあるので、ローザとしても否やはない。


「あ、ああ、まあな、メリー」


「へー、良かったじゃないっすか。これで姐さんのやもめ生活も終わりってわけですね」


「な、何を言いやがる。というか何を聞いてやがった。そういうんじゃねえよ、そういうんじゃ」


「ふぅん。まっ、そういうことにしておきますか」


 少女――小柄で細身な体格からついそう呼びたくなるが、実際にはもう二十を過ぎているはずだ――は、ちっとも分かっていない様子で口の端に笑みを浮かべた。

 彼女の名はメリー。マリーとミリーと三人でパーティを組んでいる中堅どころの冒険者だ。斥候の技には天性のものがあって、ローザでも気付かないうちに背後を取られていることがある。

 ちなみにマリーとミリーも、それに他の冒険者パーティ数組も少し離れた後方からバックアップとして付いてきている。


「しっかし、ギルドの男連中は悲しむでしょうねぇ」


「あん、なんだそりゃあ?」


「だってローザ姐さん、あの露出魔みたいな部屋着のまま普通に一階に酒飲みに出て来るじゃないですか。男連中がそれを眼福だなんだの言ってるの、もしかして知りませんでした?」


「はあ? あたしの部屋着姿なんて、いつもの鎧姿ビキニアーマーとたいして変わりねえだろ?」


「まあそれはそうなんすけど。でも鎧着てる時の姐さんは妙に迫力ありますからね、盗み見なんてとてもとても」


「そんなもんかねぇ」


「そんなもんっすよ。……ああいや、残念がるのは男連中だけじゃないか。というよりむしろ――」


「?」


「あっ、姐さん、この先にゴブリンが二頭、いや、三頭。巣穴に戻るところみたいっす。倒さないで下さいね、警戒されると面倒なんで一旦巣穴に帰らせちゃいましょう」


「はいはい、そんなご丁寧に説明されなくても分かるっての。何年冒険者やってると思ってんだ」


「いやぁ、ひょっとしたら色ボケしてんじゃないかと思いまして」


「色ボケって、お前なぁ」


 確かに自分でもこのところリリアーヌといちゃついてばかりで冒険者らしい活動なんて丸っきりしていなかった気もするが。いや、たった二日休んだだけなのだけれど。


「――っと、見えてきます。声を落として」


「ああ」


 おしゃべりに夢中になっているようで、こういうところ如才ない。だからこそローザとパーティを組みたがる大勢の冒険者の中からこの少女を相方に選ぶことが多いのだ。


「…………」


 木々の隙間から、葉のそれとは違う生々しい感じの緑色が見えた。ゴブリンだ。

 二足歩行すること、両手で武器や道具を扱えること、言語を解すること。この三つの要件を満たす魔物はヒト型魔物に分類される。ゴブリンはヒト型魔物の中でももっともありふれた一種である。人間の子供ほどの体躯に緑色の肌を持ち、魔物言語に加えて人語もある程度理解する。戦闘力はヒト型魔物の中では最も低く、単体では特に戦闘訓練も受けていない成人男性にも劣る。が、群れを成せば十分に脅威ともなり得るし、なにより好んで人間の女性を襲う習性を持つため野放しには出来ない。

 しばし三頭に付かず離れず追跡し――


「あれっす」


 メリーの指差した先は急斜面に掘られた洞窟。入り口が見える繁みに身を伏せた。


「ちっ、ブルームからこんなに近くに」


 村の中心地にあるギルドから冒険者の足で歩いて一時間とちょっと。村の外れ――つまりエヴァーグリーン邸がある辺り――からは一時間と掛からない距離だ。

 元は熊か何かの巣穴だろうか。だとすれば拡張されているにしてもそれほど深さは無さそうだ。

 二頭のゴブリンが見張り――と言うほど勤勉でもなく入り口の前でだらけている。魔物言語で一言二言交わして、三頭のゴブリンが洞窟へ入っていく。


「……数は?」


 ギルドでも話は聞いているが、最終確認だ。


「出入りしているゴブリンの数から考えて、二十はいるんじゃないかと」


「他に出口は?」


「ざっと見て回った限りでは確認できていません。見落としがあった場合のために、姐さんが突入したら他の冒険者達と周辺を取り囲みます」


「よし。ちなみに中の構造は――」


「すいません、そこまでは調べられてないっす」


「いやまあ、そりゃそうだよな」


 メリー一人で巣穴の内部まで忍び込めるくらいならそもそもローザの出る幕も無い。勇者パーティの斥候だったオリビアは“精霊に聞いた”などとうそぶいて未踏の迷宮の最奥までを見通すことがあったからつい聞いてしまったが。


「それじゃ、行ってくる」


「はい。姐さん一人に任せちゃってすいません」


「適材適所ってやつだ、気にすんなっ」


 ここまでくれば後は殲滅あるのみだ。繁みから飛び出し、洞窟の入り口目指して駆ける。

 すぐに見張りのゴブリン達はローザに気が付いた。魔物言語で何事か叫びながら洞窟の中へ引っ込もうとしている。常の剣士の間合いにはまだほんのわずかに遠いが――、


 ――ローザ・エヴァーグリーンは元勇者パーティの戦士である。


 凡百の冒険者や兵士と違い、彼ら彼女らが相手取ったのはミノタウロスであり、単眼の巨人キュクロプスであり、ドラゴンだ。並の剣では胸を突いても心の臓までは届かず、頭蓋を断とうと脳髄まで達するには至らない。――ではどうしたか。

 勇者トキオ・タカツキは剣士であると同時に優れた魔法使いでもあった。その剣は斬ると同時に肉を焼き尽くし、突くと同時に稲妻を走らせる。

 ドワーフの女鍛冶師ヘーゼルは剛力無双の重戦士だ。その斧の一撃は斬るのではなく急所を選ばず叩き潰す。

 引き比べるにローザ・エヴァーグリーン。人並み程度の魔力に、人並み以上だがドワーフほどではない膂力。そんなローザがぶ厚い筋骨に守られた怪物の命に剣先を届かせるため、出した答えは――


「――逃がすかよっ!」


 抜き打ちの一撃がゴブリン二頭をまとめて斬り捨てた。

 通常の剣士の間合いならわずかに届かない距離だが――ローザの剣は一般的なそれよりも刀身が長い。

 そう、巨大な怪物たちと戦うために勇者パーティの女戦士ローザ・エヴァ―グリーンが出した答えは至って単純、“剣が急所まで届かないなら届く分だけ長くすればいい”である。

 勇者パーティの重戦士兼鍛冶師であるヘーゼルに打ってもらった長剣は常の物と比べて拳二つ分も刀身が長い。その長さを支えるために厚みも二倍近くあり、両手でも扱えるように柄も長めに誂えてある。必然並の剣二本から三本分の重さがあるが、そこはドワーフほどではないが人並み以上の膂力で何とでもなる。


「はえー、相変わらずすごいっすねぇ、ローザ姐さん」


「行ってくる」


 言い置き、洞窟へ突入する。――普段なら後進の育成のためにも何人か連れて行くところだが、今日はこの後リリアーヌと予定もある。


「…………」


 門番のゴブリンが声を上げたから襲撃には気が付いているはずだが、洞窟内は静かなものだった。つまりは――


「そこだっ」


 壁面のくぼみに身を伏せるようにしていた一頭を壁ごと削るようにして斬り払い、次の瞬間上方から飛び掛かって来たもう一頭を――天井にでも張り付いていたか――返す剣で斬り飛ばす。

 そのまま物陰に潜むゴブリンを見つけては剣を振るい前進する。

 ローザの愛剣は洞窟内で振るうには本来いささか長過ぎる代物だが、――天井を削ろうが壁をえぐろうが気にせず強引に振り抜ける膂力があるなら、ゴブリンたちにとって逃げ場のない死地が生み出されることとなる。

 どこからか盗んできた木樽の影に隠れたゴブリンを樽ごと斬り捨て、飛び掛かってくるゴブリンを斬り落とし、逃げ去るゴブリンを斬り飛ばし、反転攻勢に出たゴブリンを斬り伏せる。転がした死骸の数がメリーから聞いた二十にちょうど届いたところで、


「でかいのが出てきやがったな」


 洞窟の最奥か、開けた空間に出た。

 そしてせいぜいローザの胸の高さまでしかない短躯のゴブリンたちとは違い、見上げるような巨体が三つ。

 ホブゴブリンと呼ばれるゴブリンの亜種。かつては年経たゴブリンの古強者ベテランとも考えられていたが、実際には数百体に一体の割合で生まれる突然変異種だとか。何にせよ、中堅どころの冒険者でも手を焼く難敵。それが三体だ。


「――――ッッ」


 “グギャー”とか“キキャー”とか聞こえる甲高い叫び声を上げて威嚇してくるも、すぐには襲ってこない。二十近いゴブリンを瞬く間に斬り伏せて最奥に辿り着いたローザを警戒しているのだろう。身体が大きいということは頭蓋も中に入った脳味噌も大きいということで、通常のゴブリンよりはいくらか知恵も働く連中だ。


「……はぁ、面倒くせえな」


 ホブゴブリン相手に駆け引きなんてしてもはじまらない。広間の真ん中まで足を進めた。三頭は不細工な面でうなずき合うと、じりじりとローザを取り囲むようにそれぞれ移動し、


「――――ッッ!」


「――ふっ、はぁっ、とっ!」


 三方から襲い来る三頭をきっかり三刀で仕留めた。

 斜め後方から真っ先に飛び掛かって来た一頭には剣を跳ね上げるようにして下顎から頭蓋を両断し、勢いそのまま大上段から振り下ろして正面にいた二頭目を、及び腰になった三頭目は喉元から突き入れて首の骨まで断ち割った。


「…………」


 油断せず、ここからが本番と周囲を探るも、――他に敵の気配はなかった。


「……あら? ホブが三体いただけか? 珍しいな」


 ホブゴブリンと言うのはたいてい手下のゴブリン達を従えてお山の大将を気取っているもので、自分と同格のホブゴブリンとの共存をよしとはしない。だから一つの巣穴に三体と言うのは通常ならあり得ない。そういう場合はたいがいもっと上位種――同じく突然変異だがもっと確率の低いゴブリンメイジだとかゴブリンロードだとか――に従わされているものなのだが。


「仲良しホブゴブリン兄弟だとか? それとも――」


 腑に落ちないものを感じながらも、ローザは長剣に付いたゴブリンの血を払うと鞘へ納めた。本日の依頼完了だ。


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