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第14話 翌朝の枕語り

「…………んぅ? ――うおっ」


 目が覚めると、両腕の中にリリアーヌがいた。

 一瞬戸惑うも、昨晩も誘惑に負けて同衾を許したことをすぐに思い出した。


「……そっか、また速攻寝落ちしちまったのか」


 リリアーヌと同衾なんて興奮して眠れる気がしなかったのだが、不思議と布団に入るとすぐに睡魔が襲ってくる。子供の頃から深く慣れ親しんだ温もりと匂い、感触――は色々と豊かになっているが――のせいだろうか。


「…………」


 まったく目を覚ます気配のないリリアーヌの寝顔をじっと見つめる。

 日中は神官服の帽子とベールでほとんど露出されることのないゴールデンブロンドの髪は、まるでそれ自体が光を放つようで薄暗い室内にあっても輝いて見える。

 長い睫毛も髪と同じゴールデンブロンド。目を覚ましている時には快晴の空を濃縮したような青の瞳がこの金色こんじきの睫毛に縁取られているのだから、それはもう神々しいほど。自らの卑賤な心中を見透かされる心配がないと思えば、寝ている今の方が安心して見ていられるくらいだ。

 鼻は高く、しゅっと通った鼻筋は思わず指で――あるいは唇で――なぞりたくなる蠱惑的な線を描いている。

 どこもかしこも豪奢で華やかな造形の中、唇だけはやや薄く控え目な印象。それが顔全体を引き締め、派手過ぎない貞淑で清らかなリリアーヌの美しさを生み出している。


「…………」


 昨日の朝は早々にベッドを抜け出してリリアーヌの機嫌を損ねたが――だから今朝は抜け出すわけにもいかない――、正直彼女の顔ならいつまでだって眺めていられる。

 美貌と言うなら世間的には勇者パーティで一緒だったオリビアが世界一と言うことになるのだろうが、リリアーヌと比べてしまうと逆に整い過ぎていて味気ない。見ていて飽きないのも惹きつけられるのも、断然リリアーヌだろう。つまり世界一より上なわけだから、リリアーヌこそが真の世界一の美貌の持ち主と言えようか。


「…………っ」


 問題はいつの間にか抱き寄せていた温かな肢体と相まって、抑えが効かなくなりそうなことだ。

 腕の中でリリアーヌが身動ぎする度、胸が、二の腕が、腿が押し付けられる。冒険者稼業で固く筋張った自分の体と違いどこもかしこも柔らかく、抱きしめているこちらの方が飲み込まれていくようだった。こんなのもうっ――


「……ん、んん~っ?」


 無意識に腕に力でも入ったか。金色の睫毛が幾度かしばたたき、やがて青の瞳がローザをとらえた。


「……ん、おはよう、ローザ」


「ああ、おはよう、リリィ」


「んっ、くぅっ、……今日も早いのね、ローザ」


 リリアーヌが伸びをするのに合わせて、抱え込んでいた両腕を解いた。


「あ、ああ、昨日もすぐに眠っちまったみたいだしな」


「ほんとよ、またぜんぜんおしゃべり出来なかったわ。布団に入るとすぐにお眠になっちゃうのは、昔から変わらないんだから」


「えー、そんなことないだろう。子供の頃はけっこう遅くまでリリィのおしゃべりに付き合ってたじゃん」


「あら、それじゃあ今の方が子供ってことね」


「むぅ」


 ローザ以外に対してリリアーヌがこうしたからかいを含んだ話し方をすることはない。だから昔からちょっとした優越感を覚えたものだが、――さすがに三十を過ぎて子供扱いはきつい。


「でも、これで満足したろ? どうせあたしはすぐに寝落ちしちまうんだし、一緒に寝るのは今回で――」


「うふふー、だめぇ。ローザはすぐ寝ちゃうし寝相も寝言もひどいけど、一緒に寝るととっても温かいもの」


 リリアーヌはそう言って、まだ絡んだままだった足を擦り付けてくる。――こちらの気も知らずに。


「それに、おしゃべりは出来なくてもローザの寝顔を見ていると退屈しないし。うん、いくらでも見ていられるもの」


「あたしの寝顔ねぇ。そんなもん見て何が楽しいんだか」


 先刻までの自分を棚上げして言う。いや、リリアーヌの至上の美貌と違って自分なんて見ても何も楽しくはないはずだ。


「あら、美しいものはいくら見たって楽しいじゃない」


「美しいものって、あたしの顔がか? おいおい、何の冗談だそりゃあ?」


「何言ってるの、ローザは絶世の美女じゃないの」


「はぁ? なんだそりゃ。いやまあ、自分でもそれなりに整ってる方だとは思うけどさ。絶世の美女って、さすがに盛り過ぎ」


「そんなことないわよ。だってローザより綺麗な人なんて見たことないもの、私」


「いやいや、まずリリィがあたしよりもずっと綺麗じゃん」


「何を言ってるの? ローザの方がずっと綺麗じゃないの」


「ええー、リリィってもしかしてあんまり鏡とか見ない人だっけ?」


「それを言うならローザの方でしょ。子供の頃から全然自分で身だしなみを整えようとしないんだから。昨日だって一昨日だって髪を梳いてあげたの私じゃないの」


「いや、それはその。あ、あたしだって一人の時はちゃんと自分でやってるんだぜ? 部屋出る前に鏡前で、こうチャチャっと」


 リリアーヌがいるとつい甘えてしまうと言うか、その時間が幸せ過ぎると言うか。


「まあ、私もローザの髪を梳いてる時間は好きだから別に構わないのだけど。でも自分で身だしなみを整えてるなら分かるでしょ、ローザの方が私よりも綺麗だって」


「いやいや、分かるかよ。リリィの方が綺麗だ」


「ローザよっ」


「リリィっ!」


「ローザっ!」


 しばし不毛な言い争いが続く。


「……わかったわかった、あたしとリリィのどっちが綺麗か問題はとりあえず脇に置いておこう。それじゃあ、オリビアのやつはどうだ? さっきあたしより綺麗な人見たことないなんて言ってたけど、絶世の美女とはあれのことだろう」


 かつての仲間の名前を挙げる。


「オリビア? 確かにすごく整った顔はしてたわね。う~ん、確かに美人かも?」


「“美人かも?”って。オリビアだぞ? 美男美女揃いのエルフの中にあって、同じエルフの連中から“最も美しき者”なんて呼ばれてやがったあのオリビアだぞ? 美人に点数を付けるなら、百点満点確実なあのオリビアだぞ?」


「えー、そりゃあ美人かもしれないけど、そんな大げさに言うほどかしら? こう言ったら申し訳ないけど、オリビアよりローザの方が綺麗でしょ」


「オリビアよりもあたしが上なのかよっ! そんなのもう、あたしが世界一じゃねえかよっ」


「あら、言われてみるとそうなるのかもしれないわね。考えてみると、王都にいた頃は美人と有名な貴族の御令嬢だとか、有名な舞台役者さんとかと会う機会も度々あったけれど。うん、ローザよりも綺麗な人っていなかったわね」


「いやいやっ、そんなわけあるかっ」


 つい先刻までの自分を棚に上げてローザは叫んだ。


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