第13話 同棲二日目も暮れて
「ふうっ、ただいまぁ」
「おかえりなさい。私も、ただいま」
「あー、……おかえりなさい」
「はいっ、ただいま」
何となく待たれている気がして“おかえりなさい”を言い返すと、リリアーヌは上機嫌にもう一度“ただいま”を繰り返した。
一緒にリリアーヌ邸、いやさエヴァーグリーン邸に帰宅したところだった。
結局お昼休憩を挟んで夕方まで買い物に時間が掛かった。最初はリリアーヌとのお買い物デートにウッキウキだったローザであるがさすがに少々食傷気味だ。対するリリアーヌはと言うと、満足行く買い物が出来たのかホクホク顔である。
「……さすがに食器棚まで買うことは無かったんじゃないか?」
「もう、それは散々話し合ったじゃないの。アサとハルの食器を減らすわけにもいかないんだから、新しい棚は絶対に必要よっ。あ、明日までにどこに置くか決めておかないとっ」
すぐに使う食器類等を除いて、今日買った品々は明日家まで運んでもらう手筈となっている。
“う~ん、ここかな?”、“やっぱりこっち?”などと呟きつつリビングを行ったり来たりしてはしゃぐリリアーヌが実に可愛いらしい。
「もうっ、ニヤニヤ笑ってないでちょっとは相談に乗ってよっ」
「ああ。――ってもまあ、そこしかないんじゃねえか?」
リリアーヌが最初に“ここかな”と指定した場所を指差す。
元々あった食器棚の隣りのスペース。台所からもすぐで家事の動線的にも家具の収まり的にもそこ以外ない。
「てっきりリリィもそこに置くつもりで見繕ってるんだと思ったけどな。幅や高さもぴったりだし」
「もうっ、それはそうなんだけどっ。そんな簡単に答えを出したら面白くないじゃない!」
「お、おう。そういや昔っからそういうの好きだったよな、リリィ。理想のお部屋作り、みたいなの」
「もうもうっ、一緒に“ここかな”、“あそこかな”ってやるのが楽しいのにぃっ」
“もう”はリリアーヌの口癖――主にローザに対してだけ発する――だが、“もうもう”まで出るのは絶好調の証である。
まあ孤児院育ちの性か、ローザにもその気持ちは分かる。
「え、えっと、じゃあ……、元々あった食器棚を空いてる方に移動させて、それで出来たスペースに置くってのは?」
「食器棚の位置を入れ替えるってことねっ! それっ、良いかもっ!」
子供の頃よろしく、リリアーヌの趣向に乗ることにした。
想像するだけで金も掛からない安上がりな趣味だ。いや、当時はまったくの空想であったり指で地面に描いた架空の間取りであったりお人形のお家であったりしたものだが、今となっては現実に家を建てて家具を買ってだ。安上がりだなんてとても言えないか。
「あ、だったらこんなのはどうかしら――」
それからたっぷりと時間を掛け食器棚を置く位置を決め――結局当初の予定通り元からある食器棚の隣りに並べることになった――、交代で湯を使ってようやくの夕食となった。
「そうだローザ、明日の予定は? 明日はお仕事行くの?」
買ったばかりの酒杯を満たした麦酒で喉を潤していると、リリアーヌが尋ねてくる。
彼女の手にはローザの酒杯より一回り小さな同じ柄のカップ。中に入っているのは一応赤ワインだが、滅茶苦茶に薄められてもはやほんのり赤いただの水だ。
「……そうだな、ギルドに一回は顔を出しときたいかな。ゴブリンの巣穴の話がどうなったか、聞いときたいし」
ギルドの貸し部屋を引き払う時に後輩冒険者から聞いた話だ。
もしブルームの近くに巣穴が出来ているならさっさと潰してしまいたい。一体一体は雑魚と言って差し支えないが、放置すると馬鹿ほど繁殖するのがゴブリンと言う魔物の特徴だ。そして数が増えるとその中から強力な個体も時折り生まれてくる。
「あー、でも食器棚が来るならあたしも家にいた方が良いか。ま、ゴブリン程度、他の連中に任せても――」
「駄目よ、お仕事はちゃんとしないと。せっかく後輩さんがローザを頼ってくれているんだから」
「いや、それを言うならリリィこそ教会と救護院の方は良いのかよ?」
「私の方は平気よ。元々あの子達に付いて王都まで行くつもりだったから、ちゃんと教会にはお休みの申請をしてあるもの。ローザの方は、どうせ誰にも休むなんて伝えていないんでしょう?」
「そりゃあパーティも組んでない単独の冒険者に、報告しないといけない相手なんていないし」
「もうっ、ギルドの皆さんだって後輩の冒険者さん達だってローザのこと頼りにしてるんだから、そういうのはちゃんと連絡しとかないと駄目よっ。頼ってもらえているうちが花なんだから」
「むむ」
一応ローザはローザで王都まで同行することも考えて――片道五日で入学式にも出席するなら全部でだいたい半月くらいの旅程か――、自分抜きでは苦労しそうな依頼を率先して片付けるようにはしていた。そうしてこそこそ準備をする一方で、わざわざギルドに不在の報告まであげるのは冒険者稼業の気楽さを自ら放棄するようでちょっぴり抵抗があるのだった。
「と言うことで、明日はローザはお仕事へ行ってきて。食器棚なら私がちゃんと受け取っておくから」
「ああ、分かった」
「私の方は、……そうね。食器棚は昼までには届けてくれるって話だったから、午後は食材の買い出しにでも行きましょうか。せっかくローザが越してきたのに、この二日はバタバタしてて大したもの作れてなかったし」
昨日も今日も引っ越しに買い物にで日暮れ近くまで出ていたから、夕食は買って帰った出来合いの物が中心だ。それでもリリアーヌが手早く仕上げたスープとサラダだけは添えられており、普段のローザの食事と比べると彩りがまったく違う。
「あ、早く帰れるようなら買い物に付き合ってね、ローザ」
「ああ、荷物持ちならいくらでも引き受けるぜ」
「もうっ、荷物持ちだけじゃなく、なにが食べたいとかあれを作って欲しいとかも言ってよね。ローザったらいっつも“なんでも良い”ばっかりなんだから」
「リリィの作る料理は何でも美味いからなぁ」
「それはっ、……嬉しいけどぉ。でもメニュー考えるのだって大変なんだから、ちょっとは協力してよ」
「あー、じゃあ、昔よく作ってたフライパンで焼くパンみたいなやつ。あの、ちょっと甘い豆が入ってるの」
「昔って、それって孤児院の頃の話じゃないの」
「そうそう。最近ぜんぜん食べてないから久しぶりにあれ食べたい」
「だってあれは、今と違って自由になるお金も食材もない中で、何とか皆が喜んでくれてお腹も膨れるお菓子を作ろうとでっち上げた私の創作料理だもの。何も今さらあんなものを作らなくたって」
「えー、リリィが何食べたいか聞いたのにぃ」
「うっ。……はいはい、分かったわよ。う~ん、豆の代わりに濃いめに味付けたお肉でも入れれば食事として満足出来るものになるかしら? それとも生地にバターとかミルクとか足して、味付けももっと甘くしてちゃんとしたお菓子にしてみる?」
「いやいや、そんな気合い入れないで当時そのままのもので良いよ。と言うか、そのままが良い」
「もうっ、作り甲斐がな~い」
明日の予定や夕飯の献立。そんな何気ない会話がまるで新こ――、いやいや、だから浮かれるなって、あたし。




