第12話 お買い物デート
「ローザローザ、これ、どう思う?」
村一番の商店に来ていた。
ブルームは辺境の村だが、それだけに魔物狙いの冒険者が多く滞在している。加えて町や村としては最北辺に位置するがさらに北方に魔族の動向を見張る軍の駐屯地がいくつかあるため、兵士の往来も多い。
そんなわけでブルーム一番の商店ともなると敷地面積も広ければ建物も五階建てと言う王都でも珍しいほどの規模を誇っていた。品揃えも食料品は元より雑貨、日用品から魔物の素材を使ったお土産品まで何でも取り揃えられている。
「あー、まあ悪くはないんじゃないか?」
「もうっ、もっと真剣に考えてよ。じゃないといつまでもお客様用のカップやお皿を使うことになるわよ」
深めのスープ皿を両手に一枚ずつ持って、リリアーヌはぷりぷりと言う。
「いやぁ、それならそれであたしは構わねえんだけどな」
「もーう、つれないんだから。せっかくお揃いにするんだから、ちょっとは相談に乗ってよね」
「相談と言われても、あたしはこういうのよく分かんねぇからなぁ」
「あーもうっ、テンション低いっ」
「いやぁ、どっちかと言うとリリィが高過ぎるんだろう」
「だってぇ、いつもアサとハルのはペアで選んでたけど、今思うと私だけ仲間外れみたいでちょっと寂しい気もしてたのよね。だからローザとお揃いに出来るの、すっごく楽しみなんだもん」
「おー、なるほどなるほど」
――などと気だるげに応じながらも、実は内心ウッキウキのローザである。
孤児院ではお揃いもへったくれもなく食器の類いは兄妹達全員で共用だったから、“自分とリリィだけのものが欲しい”と言う当時の気持ちが自然と蘇ってくる。
「あっ、これなんか良くないかしら? ほら、カップをくっつけて並べると、一つの絵になるのよ」
そう言ってリリアーヌが手に取ったのはペアのカップ。
そっくり同じ形、同じ大きさのそれらにはやはりそっくり同じ図柄が描かれている。一つ一つでも図柄は完成されているが、隣同士の二つをうまく重ね合わせることでも一つの図柄として完成させることが出来る。柄の種類は星に剣、それにリリアーヌが手にしているハートマークだ。
「まっ、まあ、良いんじゃないか」
「もうっ、反応にぶいんだからぁ。少しは意見を言ってくれないと、全部私の好みで揃えちゃうわよ」
「別にそれならそれで構わないんだけどな」
「駄目よ、こういうのはちゃんと二人で選ばないと。もう、そういうところローザったら昔から変わらないんだから」
リリアーヌが唇を尖らせる。
とはいえこの手のセンスに自信が無いのもまた事実。ギルドの貸し部屋には自前のカップや皿は一通りそろえていたが、安くて大きくて頑丈そうと言うだけの理由で見繕った。それでも案外気に入っていたのだが、部屋に招いたことのある後輩冒険者からは“天下のローザ・エヴァーグリーンなんだからもうちょっとマシな物を使ってくださいよ、夢が壊れるなぁ”と散々な評価を頂いている。
もしリリアーヌにまで“ダサい”なんて言われたらと思うと、あれでもないこれでもないと頭を悩ませる彼女の横顔を見ていることしか出来ないローザであった。それはそれで楽しいが。
「――ローザ姉ちゃん、ひさしぶり」
「おう、エルか。ごぶさた」
手持無沙汰な――ていを装う――ローザに声を掛けてきたのはエルウッド・エヴァーグリーン。エヴァーグリーン姓が示す通り、孤児院出身でローザとリリアーヌの弟分だ。
「本日は当店によくぞお越しくださいました」
「リリィから聞いたけど、お前けっこう商会で偉くなったって話じゃないか、エル。店舗の方に顔出したりもすんだな」
エルウッドは孤児院を卒院すると同時にこの商店を経営する商会に雇われている。初めのうちは店の売り子などもしていて仲間や兄妹達と応援に来たりもしたものだが、今は王都の大店との取り引きの責任者だと昨夜リリアーヌから聞かされたばかりだ。
「そりゃあ姉ちゃん達が買い物に来てるって聞けば顔くらいは出すさ。というか、ローザ姉ちゃんこそ全然うちの店に顔を出さないで。どうせ食事はギルドの酒場に入り浸るかリリィ姉さんに頼りっぱなしなんだろう。服なんかも適当なもの着て」
「うっ。……べっ、別にあたしが何食って何着ようが勝手だろうが」
「そんなこと言って、口籠るってことは後ろめたい気持ちがあるからじゃないか」
「ぬぬっ、相変わらず口が回る」
五つ年下だからローザ達が孤児院に暮らしていた時にはまだ七つか八つというところだが、それでもローザも含め年嵩の子をよく言い負かしたりしていた。
「まあでもちょっと安心したよ。さっきから会話が聞こえていたけど、ローザ姉ちゃんとリリィ姉さん、一緒に暮らすことにしたんだろ?」
「あ、ああ、まあな」
「リリィ姉さんが面倒見てくれるなら、ローザ姉ちゃんのその日暮らしももうお終いってわけだ。他の兄妹達も安心すると思うよ」
「なんだなんだ、そんなにあたしはお前らを心配させてたか?」
「そりゃあそうだよ。せっかく魔王を倒して帰ってきたと思ったら、その後もギルドに住み込みで魔物を狩り続けてもう十三年だよ? 心配しない方がどうかしてる」
「そ、そんなのリリィだって似たようなもんだろう」
「ぜんっぜん違うよっ。リリィ姉さんは勇者様とはお別れせざるを得なかったとはいえ、子供二人をしっかり育て上げて、神官としてもちゃんと教会で地位を築いてっ。独り者でその日暮らしのローザ姉ちゃんと違って何の心配もないよっ」
「うぐぅっ。な、なかなか言ってくれるじゃねえか、エル」
「事実を並べてるだけだよ。だからリリィ姉さんがローザ姉ちゃんと暮らしてくれるなら、僕も皆も安心だよ」
「ぬぬぬぬぬ」
このローザ・エヴァーグリーン、まさか弟妹達にそんな心配を掛けていたとは。
「……ああでも、ベンジャミンやアベル兄みたいな熱心なリリィ姉さん派やローザ姉ちゃん派は逆に悲しむかもなぁ」
「なんだそりゃ。そんなこと言うなら、お前だってリリィにずいぶん懐いてたじゃないかよ、エル」
「いやぁ、僕はいわゆる箱推しってやつだから」
「“箱推し”?」
「勇者様風に言うならね」
「ああん? 勇者だぁ? いったいどういう意味なんだ、そりゃあ?」
「う~ん、内緒。男同士の会話を漏らすわけにはいかないからね」
「ちっ」
ブルームは勇者パーティによる魔族領侵攻の際にも前線の拠点の一つとなった。パーティが村に泊る時には孤児院のある教会を利用していたから、弟妹達は勇者とも面識がある。というかリリアーヌのご機嫌取りのつもりか、勇者はけっこう弟たちの面倒を見てくれた。
「あっ、ローザ、こんなところにいたっ。もうっ、お買い物の最中にいなくならないでよっ」
「おお、すまんすまん、ちょっとエルのやつと話し込んでた」
正確には足を止めたこちらに気付かずリリアーヌの方がぶつぶつ言いながら離れていったのだが、言い訳はしないでおく。
「あっ、エル君。アサとハルの馬車の手配、ありがとう」
「お気になさらず、リリィ姉さん。ローザ姉ちゃんじゃないけど、僕達にだってあの二人は姪っ子みたいなものなんだから。ローザ姉ちゃんばっかり可愛がっててズルいと思ってたんだ」
「ズルいってお前なぁ」
「はははっ、とにかく気にしないで良いってこと」
「ありがとう、エル君。――それでローザ、これちょっと見て欲しいんだけどっ。このお皿、良いと思わない? 赤いのがローザで白が私ね」
「ええー、あたしが赤かぁ? なんかあたしにはちょっと女っぽすぎない?」
「女っぽすぎて何が悪いのよ。それにローザは髪だって赤いし、鎧だって赤じゃないの。ローザと言ったら赤でしょ。それで、私と言ったらやっぱり白でしょう?」
「確かにリリィと言えば白の印象はあるけど。神官服にしても部屋着にしても。……でもだからこそ、あたしも白の方が」
「なるほど、私の色をローザが、ローザの色を私がもつのねっ。それも良いかもしれないわねっ。ああ、そうするとさっき選んだフォークなんかも話がちょっと違ってくるわねっ。ローザ、付いてきてっ、こうなったら一から回り直しよっ」
「はいはい」
リリアーヌに引きずられていくローザを、エルウッドが妙に微笑ましい目で見送っていた。




